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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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黒糖プリンは食べ残され、文化財は海を渡りかけた ――県警の自称エース、空き皿と邪魔なウェイターから密輸ルートを読む

南ぬ島では、潮風が時計代わりだった。


朝は港から魚を積んだ軽トラックが走り、昼には観光客がのんびりと島を歩き、夕方になると海は黄金色に染まる。


事件という言葉とは、あまり縁のない島である。


だからこそ、「しおかぜ」の窓際席には、いつものように県警の将来のエース候補――本人談――大城誠司警部が腰を下ろしていた。


「玲奈さん。今日の島野菜パスタも素晴らしいですね」


「ありがとうございます。」


玲奈は柔らかく微笑み、コーヒーを運ぶ。


その横で亮介がぼそりと呟いた。


「警部さん、最近もう巡回じゃなくて常連ですよね。」


大城はカップを口元へ運びながら答える。


「違う。」


「何がです?」


「私は治安維持のため、この店を重点観察している。」


「重点観察って、週三回来てますよ。」


「偶然だ。」


「偶然で黒糖プリンまで毎回食べます?」


「偶然だ。」


玲奈は苦笑する。


奈央はカウンター席で吹き出した。


「警部さん、その偶然、甘いもの好きなだけですよ。」


店内に笑いが広がる。


その時だった。


大城の携帯電話が鳴る。


画面を見た瞬間、いつもの穏やかな表情が引き締まる。


「……失礼。」


短く応答し、数十秒で通話を終える。


そして玲奈へ向き直った。


「愛媛県警から協力捜査要請が入りました。」


店内の空気が少しだけ変わる。


「文化財窃盗事件です。」


大城は封筒から数枚の写真を取り出した。


江戸後期に作られた木彫仏。


古文書。


そして、それらを運搬したとみられる男。


「窃盗グループは文化財を民芸品へ偽装し、この島を経由して国外へ持ち出そうとしている可能性があります。」


「運搬役とみられる男が数日前に島へ入った形跡があります。」


写真を見た玲奈は、すぐには何も言わなかった。


だが数秒後、静かに目を細める。


「……あ。」


大城が顔を上げる。


「何か。」


「この方でしたら、三日前に来店されています。」


亮介も写真を覗き込む。


「あ、本当だ。」


「プリン残した人。」


玲奈がゆっくり思い出し始める。


「午後三時頃でした。」


「黒糖プリンとアイスコーヒーをご注文になりました。」


「でもプリンにはほとんど手を付けず、店内の木工細工ばかり見ていらっしゃいました。」


「特に木箱をご覧になっていました。」


大城はメモを取る。


「他には。」


「帰り際に、古い倉庫や使われていない建物はないか、と尋ねられました。」


亮介も思い出す。


「ああ!」


「席の下に木くずが落ちてた。」


大城が振り向く。


「木くず?」


「掃除した時に見つけました。」


「なぜ今まで言わない。」


「木くずですよ?」


「文化財事件と結び付くと思わないじゃないですか。」


「……それもそうだ。」


珍しく大城も納得する。


「玲奈さん、防犯カメラは。」


「残っています。」


ノートパソコンを開き、三日前の映像を再生する。


画面には午後の店内。


男が窓際へ座る。


玲奈が黒糖プリンを運ぶ。


そして――


突然、亮介が画面いっぱいに現れた。


トレーを頭へ載せ、おどけた顔で歩いている。


奈央が思わず吹き出す。


「リョウさん、何してるんですか。」


「お子さんが笑ってくれたから。」


映像は続く。


男が何かを椅子の下へ置く。


その瞬間。


また亮介。


今度は常連のおじいと腕相撲を始めている。


男の手元が完全に隠れた。


大城は額へ手を当てた。


「ウェイター君。」


「はい。」


「君は事件が起こるたびに、なぜ一番重要な場所へ映り込むんだ。」


「仕事です。」


「どこが。」


「接客です。」


「ウェイター君。」


大城は深く息を吐く。


「キミ、本当に邪魔!!」


奈央が笑いを堪えきれない。


亮介は納得がいかない。


「真面目に働いてただけですよ!」


「真面目なウェイターは、お客様の前で腕相撲しない。」


「盛り上がってたんです。」


「証拠映像まで盛り上げなくていい!」


映像を少し戻す。


玲奈は二人のやり取りを聞き流しながら、じっと画面を見続けていた。


「ここです。」


男のズボンの裾。


赤茶色の土が付着している。


さらに木箱の角には、白い粉。


玲奈は静かに説明する。


「この赤土は島の北側、旧製糖所跡周辺でよく見られる色です。」


「白い粉は。」


「古い倉庫の壁材だと思います。」


「以前、奈央さんと歩いた時、同じものが靴についていました。」


大城の目が鋭くなる。


玲奈は続けた。


「それと。」


映像を一時停止する。


男が椅子の下へ木箱を置く直前。


木箱の角から、黒い木片がわずかに欠けていた。


「亮介さん。」


「はい。」


「木くずは。」


「ゴミ袋です。」


「昨日は定休日だったので、まだ回収されていません。」


ゴミ袋を確認すると、小さな黒い木片が見つかる。


愛媛県警へ画像を送る。


返信は早かった。


「盗まれた木箱と同じ黒檀材の可能性が高い。」


決め手だった。


赤土。


白い壁材。


黒檀の木片。


男の移動方向。


八重山署は旧製糖所跡を一斉捜索する。


そして、人目につかない倉庫の奥から木箱が見つかった。


中には木彫仏と古文書。


さらに運搬役の男も現場近くで身柄を確保される。


文化財は国外へ持ち出される寸前で守られた。


事件解決から数日後。


「しおかぜ」はいつもの穏やかな午後へ戻っていた。


大城警部は珍しく手ぶらではなく、一通の礼状を持って現れる。


「愛媛県警からです。」


「今回の協力へ正式なお礼が届きました。」


玲奈は丁寧に受け取る。


「皆さんのお力です。」


「いいえ。」


大城は首を横へ振る。


「決め手は玲奈さんでした。」


「防犯映像から赤土と白い壁材を見抜き、木箱の木片まで結び付けた。」


「現役でも、ここまで観察できる警察官は多くありません。」


玲奈は少し照れたように笑う。


「偶然覚えていただけです。」


「偶然ではありません。」


大城は真剣だった。


「うちの若いのを指導してほしいくらいですよ。」


玲奈はコーヒーカップを置き、穏やかな表情のまま答える。


「もう警察は卒業していますから。」


「復帰されるお気持ちは。」


「ありません。」


「あっさりですね。」


「今は、この店が私の職場です。」


その横顔は凛としていた。


警察官だった頃の芯の強さ。


店主としての穏やかさ。


その両方が自然に溶け合っている。


大城は思わず見入ってしまう。


(やはり……強くて、美しい。)


その胸は静かに高鳴っていた。


その空気を壊したのは、もちろん亮介だった。


「警部さん。」


「何だね、ウェイター君。」


「俺の木くずも役に立ちましたよね。」


大城は腕を組む。


「認めよう。」


「おお!」


「木くずは役に立った。」


「やった!」


「だが。」


亮介の笑顔が止まる。


「防犯映像を八割邪魔した事実は消えない。」


奈央が吹き出す。


「リョウさん、八割なんですか。」


「そんなに映ってた?」


大城は真顔で答える。


「正確には七割八分だ。」


「数えてたんですか!」


常連のおじいも笑う。


「リョウちゃんは事件解決にも賑やかさを添える係さー。」


「それ褒めてます?」


「たぶん。」


店内に笑いが戻る。


玲奈は新しく焼き上がった黒糖プリンを三人の前へ並べた。


「今日は、皆さん最後まで召し上がってくださいね。」


「もちろんです。」


大城は微笑み、亮介も胸を張る。


「今回は俺も食べ残しません!」


「あなたは最初から残していません。」


玲奈が静かにツッコミを入れると、また店いっぱいに笑い声が広がった。


海の向こうから流れ着いた文化財窃盗事件は、こうして静かに幕を閉じる。


決め手は、食べ残された黒糖プリン。


そして、防犯映像の片隅で誰よりも目立っていた、少し邪魔なウェイターと、誰よりも静かに真実を見抜く元敏腕警部補だった。

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