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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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潮風より強いのは、土の匂いでした ――エリート警部、家庭菜園に敗れる。恋敵対決の勝敗は、島トマトが知っている

八重山署へ赴任してからというもの、大城誠司警部は「しおかぜ」の常連になっていた。


勤務の合間、時間ができるとふらりと現れる。


曜日も時間も決まっていない。


それでも週に二、三回は必ず窓際の席に座り、玲奈の淹れるコーヒーとランチを楽しんで帰っていく。


店の前に県警の車が止まるたび、常連のおじいやおばあは笑う。


「県警本部のお偉いさん、また来たさー。」


「玲奈ちゃん目当てだね。」


本人は聞こえていても知らん顔だ。


ニヒルな笑みを浮かべながら店へ入り、


「玲奈さん、今日のランチをお願いします。」


それだけを静かに告げる。


玲奈も自然な笑顔で迎える。


「今日は島野菜パスタです。」


「楽しみにしていました。」


この日のパスタは、大城警部が特に気に入っている一皿だった。


島トマト、島オクラ、島バジル。


彩り豊かな野菜を口へ運ぶたび、大城は満足そうに頷く。


「素晴らしい。」


「野菜そのものが料理になっています。」


玲奈は少し照れながら答える。


「ありがとうございます。」


「実は今日の野菜、一部は家庭菜園で採れたものなんです。」


「朝、収穫しました。」


その言葉に、大城はフォークを止めた。


「家庭菜園まで。」


「料理だけでなく、素材まで育てているとは。」


「やはり玲奈さんは素敵な方ですね。」


「丁寧な暮らしそのものが料理に表れています。」


玲奈は少し頬を赤らめる。


「そんなに褒められると恥ずかしいです。」


すると大城は真顔のまま言った。


「今度の非番の日、その収穫を手伝わせていただけませんか。」


「ぜひ勉強したい。」


玲奈は少し驚いたあと、柔らかく微笑む。


「本当に来てくださるなら助かります。」


その会話を厨房から聞いていた亮介は、面白くない。


(畑まで来るのか……。)


(本当に玲奈さんが好きなんだな。)


数日後。


約束どおり、大城は長靴に軍手という作業姿で現れた。


警察手帳より軍手の方が似合わない男だった。


しかし本人はいたって真剣である。


「今日はよろしくお願いします。」


「こちらこそ。」


玲奈が笑う。


その様子を見ていた亮介は、急に悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「警部さん。」


「せっかくだから勝負しません?」


「勝負?」


「どっちがたくさん収穫できるか。」


玲奈は苦笑する。


「勝負することではありませんよ。」


ところが大城は腕まくりをして答えた。


「望むところです。」


「勝負事に手加減はしません。」


その一言が、いかにも大城らしかった。


ちょうどその時、通りかかった常連のおじいが事情を聞いて吹き出す。


「何ね?」


「県警のお偉いさんとリョウちゃんが畑勝負?」


おばあもやって来る。


「面白そうさー。」


さらに休日だった奈央も駆け付けた。


「何してるんですか、皆さん。」


「収穫対決。」


「えっ?」


気が付けば、小さな家庭菜園の周りには島の観客席ができていた。


「リョウちゃん頑張れー!」


「警部さんも負けるなー!」


まるで地区運動会だった。


玲奈だけが少し恥ずかしそうに笑っている。


「皆さん、本当に暇なんですね。」


「島だからさー。」


おじいの一言で笑いが起きる。


勝負開始。


大城は実に理論的だった。


トマトの熟し具合を見極め、枝を傷めないよう慎重に収穫する。


「収穫後の株への負担を考えると、この角度が合理的ですね。」


一方の亮介。


「よし。」


「お前は食べ頃。」


「はい、次。」


動きに迷いがない。


速い。


そして正確だった。


奈央は目を丸くする。


「リョウさん、すごい……。」


玲奈も感心する。


「昔、おばあちゃんの畑を毎日手伝っていたそうです。」


亮介は少し照れくさそうに笑う。


「四国の山奥育ちですから。」


おじいが笑う。


「畑は理屈じゃないさー。」


「土と友達にならんと。」


勝負はあっという間に決着した。


収穫かごを並べる。


亮介の方が明らかに多い。


「勝者!」


子どもたちまで拍手する。


亮介は珍しく胸を張った。


「勝ちました!」


「警部さん!」


「今日は俺の勝ちですね。」


大城は収穫かごを見つめ、静かに帽子を脱いだ。


「完敗です。」


「……。」


「まさか。」


「ウェイターさんに負けるとは。」


亮介はすかさず返す。


「今日は"ウェイターさん"じゃありません。」


「勝者です。」


「警部さん。」


周囲は大爆笑。


玲奈まで吹き出してしまう。


「亮介さん。」


「調子に乗りすぎです。」


「いやぁ、気持ちいい!」


「玲奈さん聞きました?」


「勝ちました!」


子どものようにはしゃぐ亮介。


一方、大城は最後まで落ち着いていた。


「今日は負けました。」


「ですが、勉強になりました。」


「現場経験というものは、やはり侮れません。」


その潔さに、奈央は思わず見とれてしまう。


(負けても格好いい……。)


(やっぱり素敵。)


亮介はそんな奈央を見て、


「え?」


「そこ胸キュンするとこ?」


と小声でつぶやく。


奈央は笑いながら答える。


「リョウさんは勝って喜びすぎです。」


「警部さんは負けても大人です。」


「そこが格好いいんですよ。」


「なんだよ、それぇ……。」


勝ったのに負けた気分になる亮介。


それを見て玲奈は肩を震わせる。


「亮介さん。」


「はい。」


「勝負には勝ちましたけど。」


「少し落ち着いてください。」


「はい……。」


その返事に、また笑いが起こった。


収穫した野菜は、そのまま「しおかぜ」の厨房へ運ばれる。


玲奈は大きなフライパンを振り、採れたての島野菜を惜しげもなく使った特製パスタを作り始めた。


店いっぱいにオリーブオイルとバジルの香りが広がる。


「できました。」


大皿いっぱいの島野菜パスタ。


常連のおじい、おばあ。


奈央。


亮介。


大城。


みんなでテーブルを囲む。


「いただきます。」


一口食べたおじいが頷く。


「うまいさー。」


「今日のトマトは甘いねぇ。」


おばあも笑う。


「勝負した野菜だから余計に美味しいさー。」


大城はフォークを置き、玲奈へ静かに微笑む。


「やはり。」


「玲奈さんの料理は最高ですね。」


亮介はすぐに言う。


「野菜は俺の勝ちですけどね。」


玲奈は笑いながら返す。


「半分は警部さんですよ。」


「そうでした。」


大城も珍しく小さく笑った。


島の午後は、ゆっくり流れていく。


勝った人も。


負けた人も。


最後には同じ皿を囲んで笑っている。


それが「しおかぜ」だった。


恋敵がいても、肩書きが違っても、収穫した野菜を分け合えば、みんな少しだけ優しくなれる。


潮風より強く人をつないでいたのは、土の匂いと、一皿の温かな島野菜パスタだった。

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