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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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チーズケーキで仲直りする夜 ――冷蔵庫の一日違いは、恋人には大事件でした

閉店後の「しおかぜ」は、昼間より少しだけ几帳面な顔をする。


テーブルを拭き、椅子を上げ、レジを締め、黒糖プリンの数を確認する。

玲奈は毎晩、まるで小さな警察署の会計課のように、店の隅々まで確認していた。


「在庫確認します」


「はい、警部補」


「もう辞めています」


「でも厳しさは現役です」


玲奈は冷蔵庫を開け、食材の賞味期限を一つずつ確認していく。


島野菜。

卵。

牛乳。

クリームチーズ。

明日のまかない用に亮介が楽しみにしていた、ちょっと高めのチーズ。


「これは……昨日までですね」


玲奈は何の迷いもなく処分用の袋へ入れた。


その数分後、亮介が冷蔵庫を開ける。


「あれ?」


「どうしました」


「俺のチーズは?」


玲奈は淡々と答えた。


「賞味期限が昨日まででしたので、処分しました」


亮介は固まる。


「今日までじゃなかった?」


「昨日です」


「本当に?」


「確認しました」


元警部補の確認。

通常なら反論の余地はない。


しかし亮介は、どうにも納得できなかった。


「いや、絶対今日だった気がする」


「気のせいです」


「玲奈さん」


「はい」


「今回は俺の勘が当たってる気がする」


玲奈は静かにパッケージを拾い上げた。


そして日付を見る。


沈黙。


もう一度見る。


さらに角度を変えて見る。


亮介が覗き込む。


そこには、はっきりと今日の日付が印字されていた。


「……」


「玲奈さん」


「……」


「今日ですね」


「……今日です」


その瞬間、亮介の顔がぱっと明るくなった。


「しおかぜ史上初!」


「元警部補、賞味期限を一日誤認!」


玲奈の耳が少しずつ赤くなる。


「亮介さん」


「はい」


「声が大きいです」


「だって珍しい!」


「珍しくありません」


「いや、珍しいです。天然記念物級です」


「食品表示を見間違えただけです」


「いやいや、玲奈さんが見間違えたんですよ?」


亮介は楽しそうに続ける。


「交通違反は見逃さないのに、チーズは見逃した」


「……」


「賞味期限の取り締まり、失敗」


「……」


「これは供述調書取ります?」


玲奈の耳は完全に赤くなっていた。


「亮介さん」


「はい」


「今日は非常にうるさいです」


「だって今回は俺が正しい」


「……それは認めます」


亮介は一瞬止まった。


玲奈が認めた。


しかも、亮介が正しいと。


事件だった。


玲奈は小さく息を吐き、亮介の方へ向き直る。


「亮介さん」


「はい」


「私の確認不足でした」


さらに少しだけ目を伏せて言う。


「ごめんなさい」


亮介は固まった。


しおかぜが始まって以来、玲奈が亮介に正面から「ごめんなさい」と言ったのは初めてかもしれない。


「……もう一回言って」


「言いません」


「録音したかった」


「しなくて結構です」


「いや、今のは歴史的瞬間ですよ」


玲奈はますます赤くなる。


「からかわないでください」


「ごめん。でも嬉しい」


「私が間違えたことがですか」


「違う」


亮介は少しだけ優しい声になった。


「玲奈さんが、ちゃんと謝ってくれたこと」


玲奈は黙った。


真面目で、完璧で、間違いを嫌う彼女にとって、小さなミスでも自分の非を認めるのは簡単ではない。

それでも、彼女は逃げなかった。


亮介はそれが嬉しかった。


翌朝。


「しおかぜ」には、開店前から甘い香りが漂っていた。


亮介が店へ降りてくると、カウンターには焼き上がったばかりのチーズケーキが置かれていた。


淡い焼き色。

島の黒糖を少しだけ使った優しい香り。

冷蔵庫事件で消えたチーズの代わりに、玲奈が朝早くから焼いたものだった。


「これ……」


玲奈は少し照れたように言う。


「昨日のお詫びです」


「俺のため?」


「はい」


亮介はフォークを入れ、一口食べる。


「うまい」


玲奈の表情が少しだけ柔らかくなる。


「良かったです」


亮介は笑う。


「昨日のミス、もう許しました」


「軽いですね」


「チーズケーキ一個で許す男です」


「安い人ですね」


「玲奈さんの手作りなら高級です」


玲奈は少しだけ視線を逸らした。


「そういうことを言うから、すぐ調子に乗るんです」


「今日は乗ります」


「昨日も乗っていました」


「だって玲奈さんが謝ったから」


「忘れてください」


「忘れません」


玲奈は困ったように、でも少し嬉しそうに笑った。


完璧な店主が、賞味期限を一日間違えた夜。

元詐欺師のウェイターが、それを面白おかしく茶化した夜。

そして翌朝、チーズケーキで仲直りした朝。


それは「しおかぜ」にとって、小さくて、甘くて、少しだけ特別な事件だった。

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