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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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リョウちゃん、手芸部から戦力外通告される ――しおかぜ放課後クラフト部、玲奈先生と奈央の小さな成長物語

「しおかぜ」の定休日は、日曜日とは限らない。


観光客の流れ、天気、地域行事、玲奈の仕込み予定。

そうしたものを見ながら、店はときどき不規則に休む。


だから、島の人たちはその日をこう呼ぶようになっていた。


しおかぜの放課後。


店の灯りは落ちている。

けれど、カウンターには柔らかな照明が残り、黒糖プリンの甘い香りがまだ少し漂っている。


その夜、閉店後の「しおかぜ」に、小川奈央が大きな紙袋を抱えてやって来た。


「玲奈さん……ちょっと見てもらっていいですか」


千葉県松戸市から移住してきた保育士。

子供は好きだが、手先は器用ではない。歌も運動も得意ではない。都内の保育園時代は保護者対応に疲れ、南ぬ島へ逃げるように来た。


そんな奈央が、最近ずっと気にしていたものがある。


「しおかぜ」に飾られている、玲奈のハンドメイド雑貨だった。


貝殻を使った小さな壁飾り。

ハイビスカス柄の布小物。

島猫の形をした木製プレート。

風鈴の隣で揺れる、手作りの小さな飾り。


どれも派手ではない。

けれど、温かくて、丁寧で、玲奈らしい。


奈央は保育園で使う季節の壁面飾りを取り出した。


「これ、作れますか」


六月用の飾りだった。

紫陽花、カエル、てるてる坊主。奈央なりに頑張ったものだが、どこか歪んでいる。カエルの顔は少し困っていて、紫陽花は丸ではなく謎の多角形になっていた。


玲奈は三秒見た。


「作れます」


「やっぱり」


「五分ください」


「五分!?」


玲奈は色紙を取り、ハサミを入れ、折り目をつけ、糊を少しだけ使い、黙々と手を動かした。


五分後。


同じ材料から、まるで別物の飾りが出来上がっていた。


紫陽花はふんわり丸く、カエルは愛嬌があり、てるてる坊主は少し笑っている。


奈央は絶句した。


「魔法ですか」


「練習です」


「絶対魔法です」


「違います」


奈央は即座に頭を下げた。


「弟子にしてください」


玲奈は少し考えた。


「弟子という表現は大げさです」


「じゃあ生徒で」


「まあ、それなら」


こうして、閉店後の「しおかぜ」で小さな手芸教室が始まった。


名前は亮介が勝手につけた。


しおかぜ放課後クラフト部。


本来の部員は、玲奈と奈央だけだった。


しかし、そこへ当然のように亮介がやって来る。


「俺も入れてください」


玲奈は即答した。


「不許可です」


「早い」


「邪魔になる予感がします」


「まだ何もしてないのに」


「経験則です」


亮介はそれでも帰らない。


楽しそうに並んで作業する玲奈と奈央が羨ましかったのだ。


「俺も何か作ります」


「では、これを切ってください」


玲奈が色紙を渡す。


亮介は真剣にハサミを入れた。


結果。


直線が曲がった。


円は楕円になり、楕円は謎の雲になった。

糊は紙ではなく指に付いた。

リボンは結ぶ前に絡まり、針に糸を通す作業では五分以上沈黙した。


奈央が小声で言う。


「リョウさん、私より……」


玲奈が頷く。


「不器用です」


亮介は胸を張る。


「勝ちました?」


「負けています」


「何に?」


「手芸にです」


玲奈は静かに色紙を取り上げた。


「亮介さん」


「はい」


「見学してください」


「戦力外通告ですね」


「はい」


「せめてお茶係は?」


「それなら可能です」


こうして亮介は、しおかぜ放課後クラフト部の正式なお茶係兼拍手係兼お邪魔虫になった。


しかし彼は妙に哀愁を漂わせていた。


玲奈と奈央が真剣に作業している横で、チーズを切ったり、さんぴん茶を淹れたり、完成品に拍手したりする。時々寂しそうに覗き込むが、そのたび玲奈に注意される。


「亮介さん、影が入っています」


「俺の存在が邪魔ですか」


「作業上は」


「心に来るなぁ」


奈央は笑ってしまう。


「リョウさん、ちょっと可哀想」


「ですよね」


「でも邪魔です」


「奈央ちゃんまで」


それでも亮介は来る。

手芸がしたいのではない。楽しそうな玲奈と奈央の輪の中に、少しだけ混ざりたいのだ。


そんな亮介を、玲奈も本気で追い出しはしない。


「お茶、お願いします」


「はい」


「糊ではなくお茶です」


「信用ないなぁ」


「ありません」


奈央は、そのやり取りを見ながら少しずつ緊張がほぐれていった。


玲奈の指導は厳しい。

だが分かりやすい。


「線は一気に切らないでください」


「はい」


「紙を動かします。ハサミを無理に曲げない」


「なるほど」


「糊は少量で十分です」


「つけすぎてました」


「乾く前に位置を整えます」


「はい」


怒鳴らない。

馬鹿にしない。

一つずつ教える。


奈央は自分が不器用だと思っていた。

保育園でも、壁面飾りがうまく作れず、他の先生と比べて落ち込むことが多かった。


でも玲奈は言う。


「下手なのではありません」


「え?」


「手順を知らないだけです」


その言葉は、奈央の胸に残った。


数週間後。


奈央の作る飾りは明らかに変わった。


カエルの表情が柔らかくなった。

紫陽花の形が整った。

七夕飾りの短冊は風に揺れるように軽やかで、夏祭りの提灯は小さな灯りが入っているように見えた。


保育園の子供たちが喜んだ。


「奈央先生、これかわいい!」


「また作って!」


その言葉を聞いた奈央は、帰り道に少し泣きそうになった。


その夜、奈央は「しおかぜ」に写真を持ってきた。


「見てください」


写真には、園児たちと壁いっぱいの飾りが写っていた。


玲奈は静かに見た。


「良いですね」


それだけだった。


でも奈央には分かった。


かなり褒めている。


亮介が横から言う。


「先生のおかげですね」


玲奈は首を振る。


「違います。奈央さんが練習した結果です」


奈央は少し照れた。


「でも、玲奈さんが教えてくれたから」


「私は手順を伝えただけです」


亮介が拍手する。


「いい師弟関係ですね」


玲奈は振り返る。


「亮介さんはお茶係です」


「まだ部員ではないんですね」


「はい」


「厳しい」


その日も三人で笑った。


閉店後の「しおかぜ」は、もうただのカフェではなかった。


黒糖プリンの店。

移住者の相談所。

猫の集会所。

そして今は、小さなクラフト部。


奈央にとって、そこは島で息をつける場所になっていた。


できないことが、少しずつできるようになる。

苦手なことが、少しだけ楽しくなる。

自分は何も得意じゃないと思っていたのに、子供たちが笑ってくれるものを作れるようになる。


それは、奈央にとって大きなことだった。


帰り際、奈央が言う。


「次も来ていいですか」


玲奈は材料箱を整理しながら答える。


「もちろんです」


亮介も手を挙げる。


「俺も来ていいですか」


玲奈は即答する。


「お茶係としてなら」


「昇格の見込みは?」


「未定です」


「哀しい」


奈央はまた笑った。


南ぬ島の夜風が、軒先の風鈴を揺らす。


不器用な保育士と、器用すぎる元警部補。

そして戦力外通告を受けてもなぜか毎回現れる陽気なウェイター。


「しおかぜ放課後クラフト部」は、今日も明るく、少し不器用に、誰かの居場所を作っていた。

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