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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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元警部補、QRコードに敗れる ――しおかぜ、文明の利器に振り回される

南ぬ島の風は、今日ものんびり吹いていた。


昼下がりの「しおかぜ」。


観光客の女性二人組が会計を済ませようとしていた。


「すみません、Pay使えますか?」


玲奈は申し訳なさそうに頭を下げる。


「現金のみになります」


「えー!」


「最近珍しいですね」


女性たちは笑いながら財布を探した。


そんな光景が最近増えていた。


東京から来た観光客。


大阪から来た大学生。


外国人旅行者。


皆が口を揃えて言う。


「QR決済ないんですか?」


閉店後。


亮介がレジを閉めながら言った。


「玲奈さん」


「はい」


「そろそろ導入した方がいいんじゃないですか?」


玲奈も頷く。


「そうですね」


「最近よく聞かれますし」


「観光客向けには必要かもしれません」


こうして「しおかぜ」でもQRコード決済を導入することになった。


ところが。


ここで問題が発生する。


玲奈は万能だった。


料理。


接客。


経営。


家庭菜園。


DIY。


防犯。


運転。


元警部補としての捜査能力。


だいたい何でも出来る。


しかし。


デジタル機器だけは苦手だった。


定休日の朝。


玲奈はカウンターにノートパソコンを置き、分厚い説明書を広げた。


「まず利用規約を確認します」


真面目である。


とても真面目である。


一時間後。


まだ読んでいる。


二時間後。


まだ読んでいる。


三時間後。


まだ利用規約を読んでいる。


「長い……」


玲奈が初めて弱音を吐いた。


昼。


ようやく設定開始。


しかし。


「管理者認証コード?」


「本人確認コード?」


「店舗登録?」


「なぜこんなに項目があるんですか……」


元警部補。


完全敗北。


夕方。


まだ終わらない。


「あと少しです」


あと少しになって三時間経過していた。


そこへ。


「ただいまですー」


亮介が帰ってくる。


手にはパチンコの景品のお菓子。


「今日は勝ちました」


上機嫌だった。


玲奈は疲れ切った顔で振り返る。


「まだ終わりません」


「何がです?」


「QR決済です」


亮介が画面を覗き込む。


数秒。


「これですか?」


「はい」


「ちょっと触りますよ」


「どうぞ」


亮介は説明書を読まない。


ポチポチ。


カチカチ。


ピッ。


十五分後。


「終わりました」


玲奈。


固まる。


「……はい?」


「設定終わりました」


「終わりました?」


「終わりました」


実際にテスト決済。


成功。


完璧だった。


玲奈は画面を見る。


亮介を見る。


また画面を見る。


「なぜですか」


「説明書読まなかったからです」


「読まないんですか?」


「触れば分かります」


「分かりません」


「分かります」


「分かりません」


そして。


亮介が調子に乗った。


「へぇ〜」


「なんですか」


「玲奈さんにも出来ないことあるんだね〜」


「あります」


「初めて見たな〜」


「あります」


「アハハ」


玲奈。


無言。


ゆっくり立ち上がる。


亮介。


危険を察知。


しかし時すでに遅し。


玲奈は景品のお菓子を一袋持つ。


「没収です」


「えぇ!?」


そして。


プイッ。


そっぽを向く。


そのままお菓子を開封。


もぐもぐ。


亮介は驚いた。


「拗ねてる」


「拗ねていません」


もぐもぐ。


「絶対拗ねてる」


もぐもぐ。


「そのお菓子、俺が取ったやつ」


「慰謝料です」


「何の!?」


翌日。


玲奈は少し不機嫌だった。


本人は隠しているつもりだった。


しかし全然隠れていない。


常連のおばあが来る。


「玲奈ちゃん機嫌悪いさぁ」


「普通です」


「嘘さぁ」


そこへ亮介が現れる。


「そうそう、このQR決済ね」


玲奈。


嫌な予感。


「ボクが設定したんですよ」


常連。


「えぇ〜!」


「リョウちゃん凄いさぁ!」


「意外さぁ!」


亮介。


得意げ。


玲奈。


無言。


怖い。


さらに亮介は調子に乗る。


「玲奈さん半日かかったんですけどね〜」


「リョウさん」


「はい」


「黙ってください」


店内大爆笑。


おばあたちは面白がる。


「玲奈ちゃん負けたさぁ」


「珍しいさぁ」


「可愛いさぁ」


玲奈はますます悔しくなる。


そして。


その日の夜。


閉店後。


「リョウさん」


「はい?」


「パソコン貸してください」


「え?」


「覚えます」


そこから始まった猛勉強。


翌日。


売上管理。


決済管理。


予約管理。


全部理解。


三日後。


亮介より詳しくなる。


一週間後。


完全制覇。


亮介は感心した。


「もう全部覚えたんですか」


「当然です」


「俺説明できません」


「でしょうね」


玲奈は少し得意そうだった。


夕方。


テラス席。


海風。


風鈴の音。


亮介が言う。


「でも良かったです」


「何がですか」


「玲奈さんにも苦手なものがあるって分かって」


玲奈は少し考える。


「私にもあります」


「安心しました」


「リョウさんも苦手なものがあります」


「何です?」


「家庭菜園」


「それは言わない約束で」


玲奈は少し笑った。


その顔を見て亮介も笑う。


南ぬ島の夕暮れ。


QRコード決済は無事に導入された。


ただし常連のおじい、おばあたちは相変わらず現金払いだった。


そして今でも時々、


「この決済システム、ボクが設定したんですよ」


と亮介が言うたび、


玲奈は無言で景品のお菓子を没収するのである。


それが最近の「しおかぜ」の、ちょっとした名物になっていた。

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