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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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朝採れ野菜と釣れた魚のまかない定食 ――しおかぜ、まかないだけが豪華になる日

「しおかぜ」の看板メニューといえば、黒糖プリンだった。


それに最近は、玲奈が家庭菜園で育てた野菜を使う島野菜サンドも加わった。


けれど、常連たちの間には、もうひとつ密かな噂がある。


表のメニューには絶対に載らない、幻のまかない定食。


その日は、朝から条件がそろっていた。


玲奈は夜明け前から畑に出ていた。

島オクラ、ハンダマ、ゴーヤー、島にんじん、ミニトマト、長命草、島らっきょう。朝露をまとった野菜たちは、南ぬ島の光を吸って、つやつやと輝いていた。


「今日は豊作ですね」


玲奈は淡々と言ったが、収穫かごを見つめる目は少し嬉しそうだった。


一方、亮介は海釣りの師匠のおじいと防波堤にいた。


この日の釣果は見事だった。


グルクン、ミーバイ、カーエー。

そして小ぶりながら美しいアカジンまで釣れた。


「リョウちゃん、今日は上等さぁ」


師匠に褒められ、亮介は完全に上機嫌だった。


昼前、「しおかぜ」の厨房には、畑の野菜と海の魚がずらりと並んだ。


玲奈はそれを見て、静かに腕まくりをした。


「今日は、まかないにします」


その一言を、常連のおばあは聞き逃さなかった。


「玲奈ちゃん、今日は豪華なやつねぇ?」


「まかないです」


「知ってるさぁ。だから食べに来るさぁ」


気づけば、店には人が集まり始めた。


いつものおじい、おばあ。

若い漁港スタッフ。

本土から移住してきた夫婦。

スマホゆんたく会に来る高校生。

保育士の奈央まで顔を出す。


「匂いにつられました」


「正直でよろしい」


亮介は大喜びだった。


「賑やかでいいですねぇ」


玲奈は包丁を動かしながら答える。


「調理人数の想定を超えています」


「でも嫌じゃないでしょう?」


「……作業効率は下がります」


「否定はしないんですね」


玲奈は返事をしなかった。


けれど、その横顔はどこか柔らかかった。


まかない定食は、まかないというには豪華すぎた。


アカジンの刺身。

ミーバイの煮付け。

グルクンの唐揚げ。

カーエーの塩焼き。

魚のあら汁。


そこへ、玲奈の畑から来た島野菜が並ぶ。


島オクラの黒糖味噌和え。

ハンダマのおひたし。

ゴーヤーと島にんじんの炒め物。

長命草の天ぷら。

ミニトマトと島らっきょうのマリネ。

青パパイヤのサラダ。


さらに、ご飯は少しだけジューシー風に炊き込まれている。


常連のおじいが目を丸くした。


「玲奈ちゃん、これ店で出したら高いさぁ」


玲奈は即答する。


「出しません」


おばあが笑う。


「また幻のまかないさぁ」


若い移住者の夫婦は、写真を撮りながら感動していた。


「これ、移住してよかったって思う味ですね」


亮介は胸を張る。


「魚は俺です」


玲奈がすぐ言う。


「野菜と調理は私です」


おばあがにやりと笑う。


「夫婦共同作業さぁ」


玲奈の手が止まる。


亮介は咳き込む。


店内は大爆笑だった。


食卓はにぎやかだった。


おじいはアカジンを褒め、若者はグルクンの唐揚げに歓声を上げ、移住者の夫婦はハンダマの味を初めて知って驚き、おばあたちは島野菜の出来を細かく評価する。


「島オクラ、上等さぁ」


「ハンダマはもう少し日陰でもいいかもねぇ」


「ゴーヤーは苦味がいいね」


玲奈はその助言を真剣に聞いている。


亮介は隣で笑う。


「食事会なのに農業指導ですね」


「重要情報です」


「玲奈さんらしい」


賑やかな店内で、亮介は心底楽しそうだった。

人が集まり、笑い、皿が空になっていく。そういう場所が、彼は好きだった。


玲奈は相変わらず涼しい顔をしていた。

けれど、誰かが「おいしい」と言うたび、ほんの少し目元が緩む。


クールな玲奈も、本当はこういう賑やかさが嫌いではない。

いや、たぶん好きだった。


ただ、それを認めるのが少し苦手なだけだった。


食後には、当然のように黒糖プリンが出た。


「まかない定食のあとに黒糖プリンまであるの?」


奈央が驚く。


亮介が笑う。


「しおかぜですから」


玲奈は淡々と補足する。


「余剰分の有効活用です」


「玲奈ちゃん、それはサービスって言うさぁ」


おばあが笑う。


夕方、皆が満腹で帰っていったあと、店内は急に静かになった。


空いた皿を片づけながら、亮介が言う。


「今日、良かったですね」


玲奈はカウンターを拭きながら頷く。


「はい」


「畑で採れた野菜と、俺が釣った魚で、みんなが喜んでくれる。なんか、すごく島っぽいです」


「そうですね」


「メニューにしません?」


玲奈は即答した。


「しません」


「やっぱり」


「毎回同じ魚は釣れません。野菜も季節で変わります。安定供給できません」


「正論ですね」


「だから、まかないです」


亮介は少し笑った。


「幻だからいいんですね」


玲奈は窓の外を見る。


夕暮れの南ぬ島。

畑から来た野菜。

海から来た魚。

それを囲んで笑った人たち。


「そうかもしれません」


玲奈は静かに言った。


その日の「しおかぜ」は、黒糖プリンの店であり、島野菜サンドの店であり、少しだけ島の食堂だった。


表のメニューには載らない。

値段もつかない。

釣れた日と採れた日にだけ現れる。


幻のまかない定食。


それは、玲奈と亮介が南ぬ島に根を下ろしていることを、いちばん美味しく教えてくれる一皿だった。

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