朝採れ野菜と釣れた魚のまかない定食 ――しおかぜ、まかないだけが豪華になる日
「しおかぜ」の看板メニューといえば、黒糖プリンだった。
それに最近は、玲奈が家庭菜園で育てた野菜を使う島野菜サンドも加わった。
けれど、常連たちの間には、もうひとつ密かな噂がある。
表のメニューには絶対に載らない、幻のまかない定食。
その日は、朝から条件がそろっていた。
玲奈は夜明け前から畑に出ていた。
島オクラ、ハンダマ、ゴーヤー、島にんじん、ミニトマト、長命草、島らっきょう。朝露をまとった野菜たちは、南ぬ島の光を吸って、つやつやと輝いていた。
「今日は豊作ですね」
玲奈は淡々と言ったが、収穫かごを見つめる目は少し嬉しそうだった。
一方、亮介は海釣りの師匠のおじいと防波堤にいた。
この日の釣果は見事だった。
グルクン、ミーバイ、カーエー。
そして小ぶりながら美しいアカジンまで釣れた。
「リョウちゃん、今日は上等さぁ」
師匠に褒められ、亮介は完全に上機嫌だった。
昼前、「しおかぜ」の厨房には、畑の野菜と海の魚がずらりと並んだ。
玲奈はそれを見て、静かに腕まくりをした。
「今日は、まかないにします」
その一言を、常連のおばあは聞き逃さなかった。
「玲奈ちゃん、今日は豪華なやつねぇ?」
「まかないです」
「知ってるさぁ。だから食べに来るさぁ」
気づけば、店には人が集まり始めた。
いつものおじい、おばあ。
若い漁港スタッフ。
本土から移住してきた夫婦。
スマホゆんたく会に来る高校生。
保育士の奈央まで顔を出す。
「匂いにつられました」
「正直でよろしい」
亮介は大喜びだった。
「賑やかでいいですねぇ」
玲奈は包丁を動かしながら答える。
「調理人数の想定を超えています」
「でも嫌じゃないでしょう?」
「……作業効率は下がります」
「否定はしないんですね」
玲奈は返事をしなかった。
けれど、その横顔はどこか柔らかかった。
まかない定食は、まかないというには豪華すぎた。
アカジンの刺身。
ミーバイの煮付け。
グルクンの唐揚げ。
カーエーの塩焼き。
魚のあら汁。
そこへ、玲奈の畑から来た島野菜が並ぶ。
島オクラの黒糖味噌和え。
ハンダマのおひたし。
ゴーヤーと島にんじんの炒め物。
長命草の天ぷら。
ミニトマトと島らっきょうのマリネ。
青パパイヤのサラダ。
さらに、ご飯は少しだけジューシー風に炊き込まれている。
常連のおじいが目を丸くした。
「玲奈ちゃん、これ店で出したら高いさぁ」
玲奈は即答する。
「出しません」
おばあが笑う。
「また幻のまかないさぁ」
若い移住者の夫婦は、写真を撮りながら感動していた。
「これ、移住してよかったって思う味ですね」
亮介は胸を張る。
「魚は俺です」
玲奈がすぐ言う。
「野菜と調理は私です」
おばあがにやりと笑う。
「夫婦共同作業さぁ」
玲奈の手が止まる。
亮介は咳き込む。
店内は大爆笑だった。
食卓はにぎやかだった。
おじいはアカジンを褒め、若者はグルクンの唐揚げに歓声を上げ、移住者の夫婦はハンダマの味を初めて知って驚き、おばあたちは島野菜の出来を細かく評価する。
「島オクラ、上等さぁ」
「ハンダマはもう少し日陰でもいいかもねぇ」
「ゴーヤーは苦味がいいね」
玲奈はその助言を真剣に聞いている。
亮介は隣で笑う。
「食事会なのに農業指導ですね」
「重要情報です」
「玲奈さんらしい」
賑やかな店内で、亮介は心底楽しそうだった。
人が集まり、笑い、皿が空になっていく。そういう場所が、彼は好きだった。
玲奈は相変わらず涼しい顔をしていた。
けれど、誰かが「おいしい」と言うたび、ほんの少し目元が緩む。
クールな玲奈も、本当はこういう賑やかさが嫌いではない。
いや、たぶん好きだった。
ただ、それを認めるのが少し苦手なだけだった。
食後には、当然のように黒糖プリンが出た。
「まかない定食のあとに黒糖プリンまであるの?」
奈央が驚く。
亮介が笑う。
「しおかぜですから」
玲奈は淡々と補足する。
「余剰分の有効活用です」
「玲奈ちゃん、それはサービスって言うさぁ」
おばあが笑う。
夕方、皆が満腹で帰っていったあと、店内は急に静かになった。
空いた皿を片づけながら、亮介が言う。
「今日、良かったですね」
玲奈はカウンターを拭きながら頷く。
「はい」
「畑で採れた野菜と、俺が釣った魚で、みんなが喜んでくれる。なんか、すごく島っぽいです」
「そうですね」
「メニューにしません?」
玲奈は即答した。
「しません」
「やっぱり」
「毎回同じ魚は釣れません。野菜も季節で変わります。安定供給できません」
「正論ですね」
「だから、まかないです」
亮介は少し笑った。
「幻だからいいんですね」
玲奈は窓の外を見る。
夕暮れの南ぬ島。
畑から来た野菜。
海から来た魚。
それを囲んで笑った人たち。
「そうかもしれません」
玲奈は静かに言った。
その日の「しおかぜ」は、黒糖プリンの店であり、島野菜サンドの店であり、少しだけ島の食堂だった。
表のメニューには載らない。
値段もつかない。
釣れた日と採れた日にだけ現れる。
幻のまかない定食。
それは、玲奈と亮介が南ぬ島に根を下ろしていることを、いちばん美味しく教えてくれる一皿だった。




