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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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台風明けの朝、折れたハイビスカスを植え直す ――しおかぜ、島の再生を手伝う

南ぬ島の美しさは、いつも穏やかな海と青い空だけで語られる。


白い砂浜。

エメラルド色の海。

ゆっくり流れる時間。


「楽園ですね」


観光客はよくそう言う。


玲奈も最初はそう思った。


だが、この島で暮らしてみて分かったことがある。


この島は美しい。


そして同じくらい厳しい。


数年に一度やって来る大型台風は、そのことを必ず思い出させてくれるのだった。


その年の台風は大きかった。


数日前からテレビもスマホも台風情報ばかりになる。


玲奈と亮介も「しおかぜ」の営業を切り上げ、準備に追われていた。


テラスの椅子を片付ける。


看板を外す。


植木鉢を店内へ避難させる。


窓を補強する。


そして近所のおじい、おばあの家も回る。


「おばあ、この植木は中へ」


「玲奈ちゃん、悪いねぇ」


「当然です」


「リョウちゃん、そのロープ引っ張って」


「はいはい!」


亮介は汗だくになりながら走り回る。


島では台風前になると誰もが忙しい。


漁師も。


商店の人も。


移住してきた若者も。


民宿の人も。


みんなで備える。


それが島の当たり前だった。


そして台風が来た。


夜通し風が唸る。


窓を叩く雨。


時折聞こえる何かが飛ばされる音。


玲奈と亮介は店内で静かに過ごしていた。


「眠れます?」


亮介が聞く。


「警察官時代に台風警戒勤務を経験しています」


「つまり?」


「慣れています」


そう言いながらも、玲奈も何度か外を気にしていた。


風は明け方まで続いた。


翌朝。


島は静かだった。


まるで何事もなかったかのような青空。


だが外へ出ると、台風が残した傷跡があった。


店先のハイビスカス。


鮮やかな赤い花を咲かせていたお気に入りの株。


枝が何本も折れている。


近所の庭木も傾いていた。


若い移住者夫婦が育てていたブーゲンビリアも折れている。


亮介がしゃがみ込む。


「結構やられましたね……」


玲奈も折れた枝を拾い上げる。


少しだけ寂しそうだった。


「仕方ありません」


そう言った時だった。


常連のおばあがやって来る。


「玲奈ちゃん」


「はい」


「まだ生きとるさぁ」


玲奈は首を傾げた。


「折れています」


「挿し木するさぁ」


その一言から、その日の「しおかぜ」は営業どころではなくなった。


いつの間にか人が集まる。


常連のおじい。


おばあたち。


漁師さん。


若い移住者。


近所の高校生。


観光業の若者。


みんな軍手姿だ。


「リョウちゃん、枝運ぶさぁ!」


「はい!」


「玲奈ちゃん、土持ってくるさぁ!」


「了解です」


気付けば店先は復旧作業場になっていた。


おばあたちは手際が良かった。


折れた枝の切り口を整える。


余分な葉を落とす。


土を準備する。


そして挿し木をする。


玲奈は真剣に教わる。


「こうですか?」


「もう少し斜めさぁ」


「なるほど」


「植物も人も同じさぁ」


「?」


「急に立たせたら倒れるさぁ」


玲奈は少し考える。


その言葉が妙に胸に残った。


一方。


亮介は相変わらずだった。


「玲奈さん、これ植えます」


「雑草です」


「またですか」


「またです」


近くのおじいが笑う。


「リョウちゃん、畑でも同じことやっとったさぁ」


周囲が大爆笑する。


亮介は肩を落とす。


「俺、植物に向いてないんですかね」


玲奈が即答する。


「判定保留です」


「優しさを感じない」


午後になる頃には、折れた枝たちが整然と並んでいた。


ハイビスカス。


ブーゲンビリア。


月桃。


近所の庭木。


本来なら捨てられるはずだったものたち。


だが今は違う。


新しい命として育て直そうとしている。


作業の合間。


若い移住者の女性がぽつりと言う。


「島に来たばかりの頃は、台風が怖かったです」


隣のおじいが笑う。


「みんな最初はそうさぁ」


「今でも怖いです」


「それでいいさぁ」


別の移住者も頷く。


「でも台風の後って、みんな集まりますよね」


「そうさぁ」


「それが島さぁ」


玲奈はその会話を聞きながら思う。


確かにそうだった。


台風は壊す。


でも島の人たちは、その後必ず集まる。


直す。


助ける。


笑う。


それを何度も繰り返してきたのだ。


夕方。


「しおかぜ」は自然と臨時休憩所になった。


さんぴん茶。


黒糖プリン。


島野菜サンド。


みんな汗だくだ。


でも誰も暗い顔をしていない。


おじいが言う。


「玲奈ちゃん」


「はい」


「今年も乗り切ったさぁ」


「そうですね」


「来年も乗り切るさぁ」


「はい」


おばあも笑う。


「リョウちゃんも、もう立派な島の男さぁ」


亮介は嬉しそうだった。


「正式認定ですか?」


「まだ仮です」


玲奈が即答する。


店内が笑いに包まれる。


閉店後。


夕暮れの「しおかぜ」。


風はもう穏やかだった。


店先には新しい鉢が並んでいる。


折れたハイビスカスの枝。


小さな命。


亮介が眺めながら言う。


「玲奈さん」


「はい」


「全部育つといいですね」


玲奈は首を振る。


「全部は無理でしょう」


「でも何本かは残る」


「そうですね」


亮介は少し笑った。


「なんか、人間みたいですね」


玲奈も小さく笑う。


「経験者の言葉ですか」


「お互いです」


しばらく二人は風に吹かれていた。


遠回りをして。


傷ついて。


折れて。


それでももう一度根を張った。


玲奈も。


亮介も。


そしてこの島で暮らす人たちも。


南ぬ島の夕暮れ。


挿し木されたハイビスカスは、まだ花を咲かせていない。


けれど、その枝は確かに生きている。


また根を張り。


また花を咲かせるだろう。


台風明けの朝とは、失ったものを数える日ではない。


もう一度育て始める日なのだ。


その日、「しおかぜ」は黒糖プリンの店ではなく、島の再生を手伝う場所になっていた。


そして玲奈と亮介は、これからもこの場所で、その小さな再生を見守り続けていくのだった。

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