旧盆の夜、しおかぜの灯り ――島の祈りに、二人も少しだけ混ざる
南ぬ島の旧盆は、観光客が見る祭りとは少し違う。
にぎやかで、温かくて、どこか静かだ。
三線の音が流れ、家々には灯りがともり、集落には人の声が戻ってくる。亡くなった人を迎え、送り、今を生きる人たちが顔を合わせる。
玲奈は、島に来て何年も経っていた。
集落清掃にも出る。
台風前の準備も手伝う。
おばあたちの頼みごとも断らない。
「しおかぜ」は、もうすっかり島の店になっている。
それでも旧盆だけは、少しだけ距離を置いていた。
「私は、よそ者ですから」
玲奈はそう思っていた。
神戸で生まれ、丹波篠山で青春時代を過ごし、兵庫県警で働き、戦隊ヒロインとして表舞台にも立った。
南ぬ島が好きでも、この祈りの輪に入るには、少し遠慮があった。
亮介も同じだった。
四国の山奥で育ち、ちょっと言えない経歴をあり、門司港を経て、石垣へ来た男。
島の人たちは受け入れてくれている。けれど、旧盆の夜に輪の外から眺めると、自分はまだ客席側の人間ではないかと思ってしまう。
そんな年の旧盆前。
集落会館の準備を手伝っていた玲奈に、常連のおばあが言った。
「玲奈ちゃん、何年ここにおると思っとるね」
玲奈は手を止めた。
「……まだ、勉強中です」
「畑やっとる。清掃来る。台風の時も手伝う。黒糖プリンも島野菜サンドも作る。もう島の人さぁ」
亮介も横で照れたように笑う。
「俺もですか?」
「リョウちゃんもさぁ。おじいに釣り教わって、畑で土運んで、もう十分」
「玲奈さんからは仮認定なんですけど」
「却下さぁ」
周囲が笑った。
玲奈も、少しだけ笑った。
その夜、二人はいつもより近く、旧盆の輪の中にいた。
三線が流れる。
子どもたちが走る。
おばあたちは昔話をして、おじいたちは泡盛を少しだけ飲む。
しおかぜの灯りは消えているのに、玲奈には不思議と、自分の店のカウンターがこの場所まで伸びてきたように感じられた。
そんな時、常連のおじいが言った。
「玲奈ちゃんの地元の踊り、見てみたいさぁ」
玲奈は固まった。
「私の、ですか」
「そうさぁ。神戸でも兵庫でも、何でもええさぁ」
亮介が少し楽しそうに見る。
「俺も見たいです」
玲奈は一度、静かに息を吐いた。
「……デカンショ節なら」
丹波篠山の夏。
デカンショ祭。
玲奈が青春時代を過ごした町の盆踊り。
玲奈は立ち上がった。
最初は、場を和ませる程度のつもりだった。
けれど、始めた瞬間、身体が昔を思い出した。
「デカンショ、デカンショ」
声が伸びた。
想像以上に綺麗な歌声だった。
玲奈は歌いながら、ゆっくりと手を上げる。
指先までまっすぐ伸びている。
足の運びは丁寧で、身体のひねりは上品だった。
元カラーガード隊員として叩き込まれた姿勢。
警察音楽隊の舞台で覚えた見せ方。
そして生真面目な玲奈らしい、一切手を抜かない所作。
「デカンショ、デカンショ」
掛け声まできちんと入れる。
島の人たちは、最初こそ笑っていた。
だが、すぐに静かになった。
おじいも、おばあも、若い人たちも、子どもたちも。
そして亮介も。
全員が、見とれていた。
派手ではない。
南国の踊りとも違う。
けれど、涼やかで、凛としていて、どこか懐かしい。
玲奈の手が夜気をなぞるたび、丹波篠山の夏の風が、南ぬ島の旧盆の夜へ少しだけ混ざるようだった。
踊り終えた玲奈は、静かに一礼した。
しばらく沈黙。
それから、おばあがぽつりと言った。
「玲奈ちゃん……綺麗さぁ」
おじいも頷く。
「リョウちゃんが見とれるわけさぁ」
亮介は素直に言った。
「本当に綺麗でした」
玲奈の耳が赤くなる。
「……ただの盆踊りです」
「ただの盆踊りではありませんでした」
「評価は不要です」
「百点です」
「減点します」
店ではないのに、いつものやり取りになって、周囲がどっと笑った。
玲奈は恥ずかしさに耐えきれず、少し離れた物陰へ逃げた。
「毎回逃げるさぁ!」
「玲奈ちゃん、可愛いねぇ!」
亮介があとを追う。
「玲奈さん」
「なんですか」
「本当に、見られてよかったです」
玲奈は夜空を見上げた。
「……少し、緊張しました」
「そうは見えませんでした」
「見せないのは得意です」
亮介は笑った。
夜が更ける。
送り火の灯りが揺れ、三線の音がまた流れ始める。
島の人たちは笑い、語り、亡くなった人の名前を口にする。
玲奈と亮介も、その輪の中にいた。
客としてではない。
手伝いとしてでもない。
少しだけ、島の人として。
帰り道、亮介が言った。
「来年も来ましょう」
玲奈は頷いた。
「はい。来年も、ここで」
しおかぜの灯りは、その夜は消えていた。
けれど二人の中には、別の灯りがともっていた。
神戸の記憶。
丹波篠山の歌。
四国の山。
門司港の汗。
そして、南ぬ島の祈り。
それらが少しずつ混ざって、今の二人の暮らしになっていく。
玲奈は思った。
もう、自分はただ待つためだけにここにいるのではない。
ここで暮らしている。
ここで祈りに混ざっている。
ここで、来年もまた同じ夜を迎えたいと思っている。
南ぬ島の旧盆の夜。
しおかぜの灯りは消えていても、二人の居場所は確かにそこにあった。




