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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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旧盆の夜、しおかぜの灯り ――島の祈りに、二人も少しだけ混ざる

南ぬ島の旧盆は、観光客が見る祭りとは少し違う。


にぎやかで、温かくて、どこか静かだ。

三線の音が流れ、家々には灯りがともり、集落には人の声が戻ってくる。亡くなった人を迎え、送り、今を生きる人たちが顔を合わせる。


玲奈は、島に来て何年も経っていた。


集落清掃にも出る。

台風前の準備も手伝う。

おばあたちの頼みごとも断らない。

「しおかぜ」は、もうすっかり島の店になっている。


それでも旧盆だけは、少しだけ距離を置いていた。


「私は、よそ者ですから」


玲奈はそう思っていた。


神戸で生まれ、丹波篠山で青春時代を過ごし、兵庫県警で働き、戦隊ヒロインとして表舞台にも立った。

南ぬ島が好きでも、この祈りの輪に入るには、少し遠慮があった。


亮介も同じだった。


四国の山奥で育ち、ちょっと言えない経歴をあり、門司港を経て、石垣へ来た男。

島の人たちは受け入れてくれている。けれど、旧盆の夜に輪の外から眺めると、自分はまだ客席側の人間ではないかと思ってしまう。


そんな年の旧盆前。


集落会館の準備を手伝っていた玲奈に、常連のおばあが言った。


「玲奈ちゃん、何年ここにおると思っとるね」


玲奈は手を止めた。


「……まだ、勉強中です」


「畑やっとる。清掃来る。台風の時も手伝う。黒糖プリンも島野菜サンドも作る。もう島の人さぁ」


亮介も横で照れたように笑う。


「俺もですか?」


「リョウちゃんもさぁ。おじいに釣り教わって、畑で土運んで、もう十分」


「玲奈さんからは仮認定なんですけど」


「却下さぁ」


周囲が笑った。


玲奈も、少しだけ笑った。


その夜、二人はいつもより近く、旧盆の輪の中にいた。


三線が流れる。

子どもたちが走る。

おばあたちは昔話をして、おじいたちは泡盛を少しだけ飲む。

しおかぜの灯りは消えているのに、玲奈には不思議と、自分の店のカウンターがこの場所まで伸びてきたように感じられた。


そんな時、常連のおじいが言った。


「玲奈ちゃんの地元の踊り、見てみたいさぁ」


玲奈は固まった。


「私の、ですか」


「そうさぁ。神戸でも兵庫でも、何でもええさぁ」


亮介が少し楽しそうに見る。


「俺も見たいです」


玲奈は一度、静かに息を吐いた。


「……デカンショ節なら」


丹波篠山の夏。

デカンショ祭。

玲奈が青春時代を過ごした町の盆踊り。


玲奈は立ち上がった。


最初は、場を和ませる程度のつもりだった。

けれど、始めた瞬間、身体が昔を思い出した。


「デカンショ、デカンショ」


声が伸びた。


想像以上に綺麗な歌声だった。


玲奈は歌いながら、ゆっくりと手を上げる。

指先までまっすぐ伸びている。

足の運びは丁寧で、身体のひねりは上品だった。


元カラーガード隊員として叩き込まれた姿勢。

警察音楽隊の舞台で覚えた見せ方。

そして生真面目な玲奈らしい、一切手を抜かない所作。


「デカンショ、デカンショ」


掛け声まできちんと入れる。


島の人たちは、最初こそ笑っていた。

だが、すぐに静かになった。


おじいも、おばあも、若い人たちも、子どもたちも。

そして亮介も。


全員が、見とれていた。


派手ではない。

南国の踊りとも違う。

けれど、涼やかで、凛としていて、どこか懐かしい。


玲奈の手が夜気をなぞるたび、丹波篠山の夏の風が、南ぬ島の旧盆の夜へ少しだけ混ざるようだった。


踊り終えた玲奈は、静かに一礼した。


しばらく沈黙。


それから、おばあがぽつりと言った。


「玲奈ちゃん……綺麗さぁ」


おじいも頷く。


「リョウちゃんが見とれるわけさぁ」


亮介は素直に言った。


「本当に綺麗でした」


玲奈の耳が赤くなる。


「……ただの盆踊りです」


「ただの盆踊りではありませんでした」


「評価は不要です」


「百点です」


「減点します」


店ではないのに、いつものやり取りになって、周囲がどっと笑った。


玲奈は恥ずかしさに耐えきれず、少し離れた物陰へ逃げた。


「毎回逃げるさぁ!」


「玲奈ちゃん、可愛いねぇ!」


亮介があとを追う。


「玲奈さん」


「なんですか」


「本当に、見られてよかったです」


玲奈は夜空を見上げた。


「……少し、緊張しました」


「そうは見えませんでした」


「見せないのは得意です」


亮介は笑った。


夜が更ける。


送り火の灯りが揺れ、三線の音がまた流れ始める。

島の人たちは笑い、語り、亡くなった人の名前を口にする。


玲奈と亮介も、その輪の中にいた。


客としてではない。

手伝いとしてでもない。

少しだけ、島の人として。


帰り道、亮介が言った。


「来年も来ましょう」


玲奈は頷いた。


「はい。来年も、ここで」


しおかぜの灯りは、その夜は消えていた。

けれど二人の中には、別の灯りがともっていた。


神戸の記憶。

丹波篠山の歌。

四国の山。

門司港の汗。

そして、南ぬ島の祈り。


それらが少しずつ混ざって、今の二人の暮らしになっていく。


玲奈は思った。


もう、自分はただ待つためだけにここにいるのではない。


ここで暮らしている。

ここで祈りに混ざっている。

ここで、来年もまた同じ夜を迎えたいと思っている。


南ぬ島の旧盆の夜。

しおかぜの灯りは消えていても、二人の居場所は確かにそこにあった。

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