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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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集落清掃の日、しおかぜ臨時休憩所になる ――玲奈、島に根を下ろすための朝

南ぬ島の朝は、早い。


まだ観光客がホテルの朝食を食べている頃、集落ではもう人が動き始めていた。道路脇の草を刈る音、ゴミ袋を広げる音、おばあたちの明るい声。海からは湿った風が吹き、空は高く、今日も暑くなりそうだった。


その日は、集落の一斉清掃の日だった。


玲奈は、軍手、帽子、タオル、飲み物、ゴミ袋をきっちり揃えて「しおかぜ」の前に立っていた。


亮介は眠そうに目をこする。


「今日は定休日では?」


「地域清掃です」


「つまり労働ですね」


「地域参加です」


「言い方が綺麗になっただけで労働ですね」


「参加します」


「はい」


玲奈は、島に来てからずっとこういう行事を大切にしていた。


まだ亮介が来る前、ひとりで「しおかぜ」を切り盛りしていた頃から、集落清掃、台風前の準備、旧盆の手伝い、小さな行事にはできる限り顔を出した。


この島で店を開く。

この島の人に来てもらう。

この島の風景を借りて暮らす。


ならば、自分も島の一部として動く。

それが玲奈なりのけじめだった。


清掃が始まると、玲奈は完全に現場指揮官だった。


「燃えるゴミ、缶、瓶、危険物。混ぜないでください」


常連のおじいが笑う。


「玲奈ちゃん、清掃でも警部補さぁ」


「元です」


亮介はおばあたちの荷物持ちと草刈り補助を担当した。


「リョウちゃん、こっち持って」


「はい」


「そこ踏まんで」


「はい」


「若いから動けるさぁ」


「若い扱いありがとうございます」


最初は軽口を叩いていた亮介も、南ぬ島の朝日に照らされ、すぐ汗だくになった。


「これ、思ったより本気ですね」


おばあが笑う。


「島は勝手には綺麗にならんさぁ」


その言葉に、亮介は少し黙った。


海岸には、観光写真には写らないものも流れ着いていた。ペットボトル、発泡スチロール、ロープ片、割れたプラスチック。玲奈は黙々と拾い、亮介も隣で袋を広げる。


「玲奈さん、昔からこういうの参加してたんですか?」


「はい」


「ひとりの時から?」


「はい」


「なんでそこまで?」


玲奈は手を止めずに答えた。


「ここで暮らすと決めたからです」


短い答えだった。

でも亮介には、それで十分だった。


清掃が終わる頃、皆ぐったりしていた。


そこで「しおかぜ」が臨時休憩所になった。


玲奈は冷たいさんぴん茶を用意し、亮介は黒糖プリンを小さめに切り分けて出した。おばあたちはおにぎりや漬物を広げ、おじいは「今日の草刈りは腰に来たさぁ」と笑う。


若い移住者も、昔からの島の人も、漁師のおじいも、観光業の人も、同じテーブルで汗を拭いた。


「玲奈ちゃん、いつもありがとうねぇ」


「いえ。こちらこそ」


「リョウちゃんも、だいぶ島の男になってきたさぁ」


亮介は嬉しそうにする。


「仮認定くらいですか?」


玲奈が即答する。


「仮です」


店内に笑いが起きた。


おばあが黒糖プリンを食べながら言う。


「しおかぜがあると、清掃のあとが楽しみさぁ」


おじいも頷く。


「ここで休めると思うと、草刈りも頑張れる」


玲奈は少し照れた。


「休憩所としては、設備が不十分です」


「十分さぁ。玲奈ちゃんのさんぴん茶と黒糖プリンがあれば」


亮介が笑う。


「また営業形態が増えましたね」


「臨時休憩所です」


「もう何でもありますね」


「地域貢献です」


夕方。


片づけが終わったあと、玲奈と亮介は店の軒先に立った。

清掃された道は、少しだけ明るく見えた。海岸もすっきりしている。風鈴が、ちりんと鳴った。


亮介が言う。


「島に住むって、綺麗な海を見るだけじゃないんですね」


玲奈は頷いた。


「綺麗な海を、綺麗なままにする側に回ることです」


「それ、いい言葉ですね」


「取材では使わないでください」


少し笑ってから、玲奈は静かに続けた。


「この島に来た時、私は待つために店を作りました。でも今は、それだけではありません」


亮介は横顔を見る。


「暮らす場所になった?」


「はい」


玲奈は、清掃を終えた集落を見つめた。


「これからも、ずっとこの場所でしおかぜを続けたいです」


亮介は少し黙って、それから柔らかく笑った。


「俺もです。ここで、皿を下げて、プリンを運んで、畑を手伝って、清掃で汗かいて……そういうの、悪くないです」


「かなり具体的ですね」


「俺の担当業務ですから」


玲奈は小さく笑った。


「では、これからもお願いします」


「はい。喜んで――」


玲奈が横を見る。


亮介は慌てて言い直す。


「……承知しました」


二人は並んで、夕暮れの集落を眺めた。


「しおかぜ」は、黒糖プリンを出す店だ。

でも、それだけではない。


汗をかいた人に冷たいさんぴん茶を出す場所。

地域の行事のあとに、人が自然と集まる場所。

よそから来た二人が、少しずつ島の人になっていく場所。


南ぬ島の風が、静かに看板を揺らした。


玲奈と亮介は、もう誰かを待つだけではなかった。

ここで暮らし、ここで働き、ここで人と笑っていく。


その朝の清掃は、ただの地域行事ではなかった。


二人がこの島に根を下ろしていることを、静かに確かめる一日だった。

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