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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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島野菜サンドと朝の畑 ――玲奈、家庭菜園でおばあに完敗する

「しおかぜ」の朝は、コーヒーの香りより先に、土の匂いから始まる。


店の裏手にある小さな家庭菜園。

そこには島オクラ、ゴーヤー、ハンダマ、ミニトマト、島らっきょうが、南ぬ島の強い陽射しを浴びて育っていた。


最初は、玲奈の趣味に近かった。


「自家消費と品質確認です」


本人はそう言っていたが、常連のおばあにはすぐ見抜かれていた。


「玲奈ちゃん、畑好きになったさぁ」


「業務上必要な栽培です」


「それを畑好きって言うさぁ」


朝採れの島野菜を少し挟むだけで、「しおかぜ」の島野菜サンドは味が変わった。ゴーヤーのほろ苦さ、オクラの粘り、ハンダマの香り、ミニトマトの甘み。黒糖プリンとは違う、島の朝そのものみたいな味だった。


ただ、問題があった。


収穫量が少ない。


島野菜サンドは人気なのに、昼過ぎには売り切れる。観光客に「もうないんですか」と残念そうに言われるたび、玲奈は涼しい顔で答えていた。


「数量限定です」


だが内心では、少しだけ悔しかった。


そんなある朝、畑の師匠であるおばあが言った。


「玲奈ちゃん、もう少し広げてみようか」


玲奈は手を止める。


「作付面積の拡大ですか」


「そうさぁ。もう慣れてきたし、土の顔も見られるようになってきた。島野菜サンド、もっと出したいでしょう?」


玲奈は少し黙った。


亮介はすぐに乗った。


「いいですね。俺も手伝います」


玲奈は横を見る。


「畑仕事は力だけではありません」


「門司港で鍛えた体力があります」


「不安です」


その不安は、初日から的中した。


亮介は、まるで役に立たなかった。


まず、雑草と苗を間違えた。


「亮介さん」


玲奈の声が低くなる。


「はい」


「今、抜こうとしているのは島オクラです」


「えっ。これ雑草じゃないんですか」


「違います」


次に、水をやりすぎた。


「植物にも限度があります」


「愛情を注いだつもりで」


「溺れます」


さらに支柱を逆向きに立て、堆肥の袋を豪快に破ってこぼし、畝を踏み、ゴーヤーの蔓をほどこうとして余計に絡ませた。


おばあは腹を抱えて笑った。


「リョウちゃん、畑に来た台風さぁ」


亮介は肩を落とす。


「俺、そんなに駄目ですか」


玲奈は無表情で答える。


「現時点では、作業効率を低下させています」


「厳しい」


おばあがにやにやする。


「でもリョウちゃん、若い女の子のお客さんと長話してる時の玲奈ちゃんの顔よりは怖くないさぁ」


亮介は真顔になった。


「それは確かに」


玲奈が振り向く。


「聞こえています」


畑に笑い声が広がった。


それでも、亮介は投げ出さなかった。


おばあに教わりながら、苗の見分け方を覚えた。島オクラの葉、ゴーヤーの蔓、ハンダマの紫がかった葉、ミニトマトの青い匂い。水やりの加減も、土の乾き方も、少しずつ分かるようになった。


玲奈は几帳面に管理表を作った。


「播種日、追肥日、水やり頻度、収穫見込みを記録します」


亮介は土を運び、支柱を立て、畝を整えた。


「俺、肉体労働担当ですね」


「適材適所です」


「知的作業もできますよ」


「苗を雑草と間違えた記録があります」


「一生言われるやつだ」


数週間後、畑は見違えるようになった。


朝の光の中、島野菜がつやつやと育っている。

収穫かごには、島オクラ、ミニトマト、ハンダマ、ゴーヤーが並んだ。


亮介は得意げだった。


「俺も役に立ちましたね」


玲奈は収穫量を確認する。


「力仕事と面積拡大については有効でした」


「限定的だけど、褒められてる」


「苗を抜きかけた減点は残っています」


「まだ残ってるんですか」


「記録しています」


その日から、島野菜サンドの提供数は増えた。


朝採れの野菜を、軽く焼いたパンに挟む。

島オクラの食感。ハンダマの香り。ゴーヤーの苦味。ミニトマトの瑞々しさ。そこに玲奈特製のソースが合わさる。


最初は数量限定の脇役だった島野菜サンドは、少しずつ黒糖プリンと並ぶ看板メニューになっていった。


常連のおばあが言う。


「黒糖プリンと島野菜サンド。しおかぜの二枚看板さぁ」


亮介は胸を張る。


「俺の畑仕事の成果ですね」


玲奈は即答する。


「主におばあの指導と、私の管理です」


「俺は?」


「土運びです」


「重要ですよね?」


「重要です」


亮介は嬉しそうに笑った。


閉店後、二人は畑に出た。


夕暮れの南ぬ島。

風が葉を揺らし、土の匂いが静かに立ち上る。


亮介がぽつりと言う。


「俺たち、かなり島の人っぽくなってきましたね」


玲奈は畑を見ながら答える。


「まだ勉強中です」


「でも、畑があるっていいですね」


「そうですね」


玲奈は、収穫を終えたかごを見つめた。


「店で出すものを、自分たちで少しでも育てる。悪くありません」


亮介は笑う。


「それ、かなり嬉しい時の言い方です」


玲奈は視線を逸らした。


「余計な解説です」


けれど、その横顔は確かに少し嬉しそうだった。


黒糖プリンは、玲奈が待ち続けた時間の味だった。

島野菜サンドは、二人で島に根を下ろしていく味になった。


玲奈の几帳面さ。

亮介の不器用な手伝い。

おばあの知恵。

朝の土。

南ぬ島の風。


それらを挟んだサンドは、今日も「しおかぜ」のカウンターから、誰かのテーブルへ運ばれていく。


少し苦くて、瑞々しくて、やさしい。


まるで、二人の暮らしそのものみたいに。

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