スマホゆんたく会、はじまります ――しおかぜ、島のおじいおばあのデジタル相談所になる
南ぬ島の水曜日は、少しだけのんびりしている。
観光客は週末ほど多くない。
港も静かだ。
「しおかぜ」も比較的ゆったりした空気が流れる。
玲奈はカウンターでコーヒー豆を挽いていた。
亮介は窓際の席を拭きながら欠伸をする。
「今日は平和ですね」
「そうですね」
「こういう日は眠くなります」
「働いてください」
そんな昼下がりだった。
店の扉が開く。
常連の上原のおじいだった。
だが様子がおかしい。
両手で何かを大事そうに抱えている。
「玲奈ちゃん」
「はい」
「助けてほしいさぁ」
差し出されたのは、新品のスマートフォンだった。
箱は開封済み。
保護フィルムもまだ貼ったまま。
まるで危険物を持ち込むような表情で、おじいはスマホを差し出した。
「孫が買えって言うから買ったんだけどねぇ」
事情はこうだった。
本土に住む小学三年生の孫娘が言ったのだ。
「じいじ、スマホにしてよ!」
「写真送れるよ!」
「ビデオ通話できるよ!」
「毎日お話できるよ!」
その一言で、おじいは携帯ショップへ向かった。
そして勢いで買った。
買ったはいい。
何も分からない。
電話の出方も分からない。
文字入力も分からない。
通知音が鳴るたびに驚く。
画面が暗くなるたびに壊れたと思う。
結果。
なぜか「しおかぜ」に持ってきた。
玲奈はスマホを受け取る。
数秒沈黙。
そして横を見る。
「亮介さん」
「はい」
「専門外です」
亮介も覗き込む。
「俺も最近のは難しいです」
「最近の?」
「数年間、社会から離れていたので」
玲奈が冷たい目を向ける。
「服役をデジタル音痴の言い訳にしないでください」
「いや本当に進化が早いんですよ」
おじいが不安そうに聞く。
「二人とも分からんの?」
玲奈と亮介は顔を見合わせた。
「……多少は」
「多少ですね」
まったく頼りにならない。
それでも教室は始まった。
玲奈は真面目に説明する。
「まずホーム画面の構造を理解しましょう」
「ホーム?」
「こちらが起点です」
「起点?」
「ここから各種機能へ」
おじいは三秒で混乱した。
「警察の講習みたいさぁ」
今度は亮介。
「ここ押したら電話」
「うん」
「ここ押したら写真」
「うん」
「長押しは危険です」
「危険ね!」
玲奈が即座に止める。
「危険ではありません」
「場合によります」
「恐怖を植え付けないでください」
二人とも教えるのが絶妙に下手だった。
そこへ救いの神が現れる。
宮良拓海だった。
離島ターミナル勤務の若者である。
「何やってるんですか?」
事情を聞くと笑った。
「それなら僕らが教えますよ」
さらに近所の高校生。
島の保育士奈央。
若い常連たちが集まる。
すると状況は一変した。
「おじい、まずこれ押して」
「写真撮ってみましょう」
「孫の番号ここです」
「それ違うアプリです」
「押して大丈夫」
「それ押しちゃダメ」
店内が急に活気づく。
まるで学校みたいだった。
おじいは真剣だった。
高校生も真剣だった。
玲奈と亮介は途中から見学になった。
「完全に先生交代ですね」
「そうですね」
「俺たち不要ですね」
「そうですね」
ちょっと寂しい。
だが面白い。
さらに噂が広がった。
翌週。
「私も教えてほしいさぁ」
「動画が見れん」
「孫の写真が消えた」
おばあたちまでやって来た。
さらに翌週。
「LINEって何ね?」
「スタンプって何ね?」
「課金したら怖いね?」
気付けば毎週水曜午後。
しおかぜはスマホ教室になった。
正式名称は亮介が勝手に決めた。
しおかぜスマホゆんたく会
玲奈は反対した。
「相談会にしては範囲が広すぎます」
だが誰も聞かなかった。
そのうち奇跡が起きる。
上原のおじいが孫とビデオ通話する日が来た。
画面が映る。
小さな女の子が現れる。
「じいじ!」
おじいが固まる。
店内も静かになる。
「じいじ聞こえる?」
「聞こえるさぁ!」
「見える?」
「見えとるさぁ!」
その瞬間だった。
おじいの目に涙が浮かぶ。
「大きくなったねぇ」
「毎日大きくなるよ!」
店内が笑いに包まれる。
おばあたちも目を潤ませる。
高校生たちも照れ笑い。
亮介が小声で言う。
「いいですね」
玲奈も珍しく柔らかく笑った。
「ええ」
数か月後。
水曜午後のしおかぜは定番になった。
若い人たち。
おじいおばあ。
移住者。
観光業の人。
みんなでスマホを覗き込む。
黒糖プリンを食べながら。
コーヒーを飲みながら。
分からないことを聞く。
教える。
笑う。
世代が違う人たちが自然に会話する。
閉店後。
玲奈が窓を閉める。
風鈴が鳴る。
ちりん。
亮介が言った。
「黒糖プリン屋だったはずなんですけどね」
玲奈は棚を見る。
そこには手書きの案内がある。
電話に出る
写真を送る
孫と話す
変なメールは押さない
そして最後に。
分からない時は、しおかぜへ。
玲奈は少しだけ笑った。
「まあ、悪くないですね」
亮介も笑う。
「ですね」
南ぬ島の午後。
黒糖プリンの甘い香りの中で。
今日も誰かが、新しいことを覚えている。
そして誰かが、遠く離れた大切な人と繋がっている。
しおかぜは、そんな場所になっていた。




