風待ちの黒糖プリン――欠航になった旅の続きは、しおかぜで
南ぬ島の空は、朝から少し重かった。
海はまだ青い。けれど、遠くの雲は低く垂れ、風には湿った圧があった。島の人たちは慣れた顔で雨戸の話をし、常連のおばあは「これは来るさぁ」と言いながら黒糖プリンを食べていた。
昼過ぎ、若い女性三人組が「しおかぜ」に入ってきた。
二十代半ばくらいの女子旅グループ。
本来なら今日の夕方便で本土へ帰る予定だったが、台風の影響で欠航。ホテルはチェックアウト済みで延泊不可。レンタカーも返却済み。空港でどうにもならず、半泣きのまま流れ着いたのが「しおかぜ」だった。
亮介はすぐに笑顔で迎えた。
「まず座ってください。濡れてますね。タオルあります」
若い女性三人に囲まれて、声がいつもより明るい。
常連のおばあがすかさず言う。
「リョウちゃん、鼻の下伸びてるさぁ」
厨房の玲奈の目が冷える。
「亮介さん、接客が過剰です」
「困っているお客様なので」
「笑顔が過剰です」
「そこですか」
しかし、事情を聞いた瞬間、玲奈の表情が変わった。
「宿がないんですね」
三人のうち一人が、こらえきれず目を潤ませた。
「空港で寝るしかないのかなって……」
「知らない土地で、台風で、どうしたらいいか分からなくて」
「親にも心配かけたくないし……」
玲奈は静かに言った。
「それは放っておけません」
そこから「しおかぜ」は臨時作戦本部になった。
玲奈は宿泊先候補を紙に書き出す。
亮介は観光業の知り合いに電話。
常連のおばあは民宿をやっている親戚へ連絡。
おじいは「昔の知り合いが空き部屋持っとるはずさぁ」と電話帳を引っ張り出した。
その間、玲奈は三人に黒糖プリンを出した。
「まず食べてください。血糖値が下がると判断力が落ちます」
三人は涙目でスプーンを取った。
一口食べた瞬間、少しだけ表情がほどけた。
「……おいしい」
「なんか、落ち着く」
「泣きそうなのに、プリンおいしいの悔しい」
亮介が柔らかく笑った。
「大丈夫です。島は台風には慣れてます。ひとりじゃなければ、何とかなります」
やがて、おばあの親戚筋から連絡が入った。
「三人なら一部屋空けられるって!」
店内がぱっと明るくなる。
玲奈はすぐ確認する。
「場所、料金、食事、送迎、安全性。台風時に外へ出なくて済むか」
亮介が小声で言う。
「完全に捜査ですね」
「宿泊先確認です」
無事、小さな民宿が見つかった。
おじいの知り合いが車を出し、亮介が荷物を運ぶ。
三人は何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございます」
常連のおばあが笑う。
「台風で予定が崩れたら、島の予定に変えればいいさぁ」
別のおばあも言う。
「明日は宿でゆっくりしなさい。台風明けの空は綺麗よ」
最初は泣き出しそうだった三人の顔に、少しずつ笑顔が戻っていく。
不安で固まっていた肩が下がり、声に少し明るさが戻る。
「なんか……最悪だと思ったのに、ちょっと安心しました」
「島の人、優しすぎません?」
「黒糖プリン、もう一個食べたいくらい」
玲奈は淡々と言った。
「台風が過ぎてからにしてください。安全優先です」
亮介が笑う。
「商売っ気がないなあ」
「命優先です」
数日後、飛行機が再開する前に、三人はもう一度「しおかぜ」に来た。
今度は、明るい顔だった。
「最悪の旅行になると思ってたのに、忘れられない旅になりました」
「民宿のおばあが朝ごはん作ってくれて」
「台風明けの空、本当に綺麗でした」
玲奈は静かに頷いた。
「それは良かったです」
亮介は黒糖プリンを三つ運ぶ。
「お待たせしました。台風明け記念です」
常連のおばあが笑う。
「また来るさぁ」
三人は声を揃えた。
「絶対来ます」
閉店後。
玲奈と亮介は、台風明けの夕焼けを見ていた。空は嘘みたいに澄み、雲の端が金色に光っている。
亮介が言った。
「予定通りに帰れない旅も、悪くないですね」
玲奈は少し考えた。
「困ることは困ります。でも、誰かが手を貸せば、思い出に変わることもあります」
「しおかぜ、また営業形態が増えましたね」
「臨時宿泊案内所は今回限りです」
「たぶんまたありますよ」
玲奈は否定しなかった。
南ぬ島の風が、静かに店の看板を揺らす。
「しおかぜ」は今日も、黒糖プリンを出しながら、帰れなくなった旅人に、もうひとつの帰り道を探してあげる。




