表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
109/150

雨の日のプロポーズ写真 ――しおかぜ、旅の一枚を撮り直す

梅雨明け前の南ぬ島は、朝から静かな雨だった。


「しおかぜ」の窓には細かな雨粒がつき、いつもなら海へ向かって明るく抜ける景色も、今日は銀色に霞んでいる。ハイビスカスは濡れて色を深くし、軒先の風鈴は湿った風に揺れて、控えめに鳴った。


玲奈はそんな雨を、案外嫌いではなかった。


「観光客には気の毒ですが、雨の日の島も悪くありません」


コーヒーを淹れながら、いつもの涼しい顔で言う。


亮介は窓の外を見た。


「晴れの海を期待して来た人には、ちょっと残念でしょうね」


「天候は管理不能です」


「言い方が元警部補」


「事実です」


そんな午後、一組の若いカップルが入ってきた。


男性はどこか落ち着かず、女性はそれを察しているように少しだけ苦笑している。濡れた傘、少し湿ったパンフレット、スマホに残る川平湾の検索画面。


亮介はすぐに気づいた。


「玲奈さん、あのお二人、何かありますね」


「ありますね」


「どうします?」


「まず黒糖プリンです」


「いつも通りですね」


二人に黒糖プリンとコーヒーを出すと、男性はようやくぽつりと打ち明けた。


「本当は今日、川平湾でプロポーズするつもりだったんです」


女性はやっぱり、という顔で彼を見る。


「何か隠してると思った」


男性は気まずそうに笑う。


「晴れた海を背景に写真も撮って……って考えてたんです。でも、この雨で」


その声には、がっかりが滲んでいた。


亮介は少し身を乗り出す。


「雨なら、雨の日の写真を撮ればいいんです」


男性はぽかんとする。


「雨の日の写真?」


玲奈が店内を見回した。


「しおかぜの軒先。風鈴。濡れたハイビスカス。雨粒のついた窓。遠くに少しだけ霞んだ海。晴天の代替ではなく、雨天専用の構図を考えます」


亮介が笑う。


「玲奈さん、撮影監督ですね」


「記録写真は構図が大事です」


すると、常連のおばあたちが黙っていなかった。


「ハイビスカスなら、外の鉢をこっちへ持ってくるさぁ」


「風鈴も入れた方がええねぇ」


「お兄さん、膝つくならタオル敷きなさい。ズボン濡れるよ」


おじいまで新聞を畳んで立ち上がる。


「この角度なら、海が少し入るさぁ」


「おじい、詳しいですね」


亮介が驚くと、おじいは胸を張る。


「昔、写真クラブだったさぁ」


あっという間に、「しおかぜ」は雨の日プロポーズ作戦本部になった。


玲奈は構図と段取り担当。

亮介は男性の緊張をほぐす担当。

おばあたちは花と小物担当。

おじいは謎の撮影監修担当。


玲奈は男性に言った。


「言葉は短くて大丈夫です。長く話すと噛みます」


亮介が補足する。


「でも、気持ちはちゃんと伝えましょう」


おばあが横から言う。


「泣いたら泣いたでいい写真になるさぁ」


女性はもう少し泣きそうだった。


やがて、軒先に小さな場所が整えられた。


濡れたハイビスカス。

静かに鳴る風鈴。

窓辺には二つの黒糖プリン。

雨粒越しに見える、銀色の海。


男性は深呼吸した。


「本当は、晴れた川平湾で言うつもりだった」


女性は頷く。


「でも、今日の雨も、たぶん忘れないと思う」


男性は指輪を取り出した。


「これから先、晴れの日だけじゃないと思うけど、一緒にいてくれますか」


女性は泣き笑いで答えた。


「はい」


おばあたちは拍手し、亮介は完全にもらい泣き寸前。

玲奈は静かにカメラを構え、雨粒越しの一枚を撮った。


写真には、青い絶景は写っていない。


けれど、濡れた花、風鈴、銀色の海、泣き笑いの女性、不器用に笑う男性が写っていた。


晴れの日では撮れなかった一枚だった。


後日、「しおかぜ」に写真付きの手紙が届く。


雨でよかったと思える日になりました。

あの写真は、私たちの一番大切な一枚です。


玲奈はそれを読み、ほんの少し微笑んだ。


亮介が言う。


「いい仕事でしたね」


「共同作業です」


「俺も入ってます?」


「緊張緩和係としては有効でした」


「常連さんたちは?」


玲奈は窓辺の風鈴を見る。


「正式な撮影補助員です」


その日も、南ぬ島にはやわらかな雨が降っていた。


晴れの日だけが旅ではない。

晴れの日だけが恋でもない。


「しおかぜ」は今日も、雨に濡れた誰かの予定を、少しだけ美しい思い出に撮り直している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ