風鈴市と、鳴らない風鈴 ――しおかぜ、夏の音をひとつ直す
夏の始まり、南ぬ島に小さな風鈴市が立った。
港近くの広場には、島の作家たちが作った貝殻細工、草木染めの布小物、ガラス細工、手編みの小物が並んでいる。潮風が吹くたび、あちらこちらで風鈴が鳴った。
ちりん。
からん。
ちり、ちりん。
玲奈も珍しく「しおかぜ」として出店した。黒糖プリンは暑さと衛生管理の都合で予約案内だけにし、代わりに自作のハンドメイド雑貨を少し並べた。
「玲奈ちゃん、ほんと器用さぁ」
常連のおばあが目を細める。
玲奈は淡々と答える。
「趣味です」
隣では亮介が調子よく声を張っていた。
「しおかぜ店主の手作り雑貨、本日限定です!」
玲奈の視線が冷える。
「亮介さん、過剰営業です」
「事実ですよ」
「言い方が軽いです」
そんなやり取りに、周囲の店主たちも笑った。
昼前、小学生くらいの少女が、古びた風鈴を抱えてやって来た。
透明なガラスに、小さな貝殻がついた風鈴。見た目は涼しげなのに、風に揺れても音がしない。
「これ、直せますか」
少女は小さな声で言った。
亡くなった父が作りかけていた風鈴だという。夏になる前に鳴らしたかった。でも、何度揺らしても音が出ない。
玲奈は風鈴を受け取り、じっと見た。
「舌の位置と短冊の重さが合っていません。音が鳴る前に揺れが逃げています」
亮介が感心する。
「風鈴まで調書取るんですね」
「構造確認です」
その場で、即席の修理会が始まった。
常連のおじいが古い釣り糸を持ってくる。
雑貨市の出店者が小さな貝殻を分けてくれる。
おばあが余り布を出す。
亮介は少女の隣にしゃがみ、優しく話しかけた。
「お父さん、器用な人だったんだね」
少女は風鈴を見つめたまま頷いた。
「鳴ったら、お父さんが帰ってくる気がして」
玲奈の手が、ほんの少しだけ止まった。
けれど、何も言わなかった。
ただ丁寧に糸を結び直し、短冊を少し軽くし、貝殻の位置を調整した。
海から風が吹いた。
ちりん。
小さく、透き通った音が鳴った。
少女は目を丸くした。
それから、泣き笑いになった。
「鳴った……」
周囲にいた人たちが、静かに拍手した。
玲奈は風鈴を少女に返す。
「修理完了です」
亮介が小声で言う。
「もう少し感動的に言っても」
「十分です」
でも玲奈の目元は、少しだけ柔らかかった。
後日、「しおかぜ」の軒先には、玲奈が同じ型を参考に作った小さな風鈴が吊るされた。
透明なガラス、白い貝殻、淡い布の短冊。
風が吹くたび、ちりん、と優しい音がする。
店内の棚には、その小さな風鈴が、なぜかエネミヅキのノベルティグッズの隣にも飾られた。
ガスの適正利用を呼びかける謎の妖精と、玲奈の手作り風鈴。
妙な組み合わせなのに、不思議と「しおかぜ」らしい。
亮介が笑う。
「エネミヅキの隣、いいんですか」
玲奈は平然と答える。
「魔除けと涼感です」
「用途が広いですね」
風鈴がまた鳴る。
ちりん。
黒糖プリンの甘い香り。
コーヒーの苦味。
南ぬ島の潮風。
そこに、夏の音がひとつ加わった。
少女はその後も、夏になると風鈴市に顔を出すようになった。
鳴らなかった風鈴は、父の思い出を閉じ込めるものではなくなった。
風が吹くたび、少しずつ前へ進む音になった。
「しおかぜ」は今日も、誰かの小さな忘れ物や、直しかけの思い出を預かっている。
そして潮風に揺れる風鈴の音が、店の午後をやさしく彩っていた。




