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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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風鈴市と、鳴らない風鈴 ――しおかぜ、夏の音をひとつ直す

夏の始まり、南ぬ島に小さな風鈴市が立った。


港近くの広場には、島の作家たちが作った貝殻細工、草木染めの布小物、ガラス細工、手編みの小物が並んでいる。潮風が吹くたび、あちらこちらで風鈴が鳴った。


ちりん。

からん。

ちり、ちりん。


玲奈も珍しく「しおかぜ」として出店した。黒糖プリンは暑さと衛生管理の都合で予約案内だけにし、代わりに自作のハンドメイド雑貨を少し並べた。


「玲奈ちゃん、ほんと器用さぁ」


常連のおばあが目を細める。


玲奈は淡々と答える。


「趣味です」


隣では亮介が調子よく声を張っていた。


「しおかぜ店主の手作り雑貨、本日限定です!」


玲奈の視線が冷える。


「亮介さん、過剰営業です」


「事実ですよ」


「言い方が軽いです」


そんなやり取りに、周囲の店主たちも笑った。


昼前、小学生くらいの少女が、古びた風鈴を抱えてやって来た。


透明なガラスに、小さな貝殻がついた風鈴。見た目は涼しげなのに、風に揺れても音がしない。


「これ、直せますか」


少女は小さな声で言った。


亡くなった父が作りかけていた風鈴だという。夏になる前に鳴らしたかった。でも、何度揺らしても音が出ない。


玲奈は風鈴を受け取り、じっと見た。


「舌の位置と短冊の重さが合っていません。音が鳴る前に揺れが逃げています」


亮介が感心する。


「風鈴まで調書取るんですね」


「構造確認です」


その場で、即席の修理会が始まった。


常連のおじいが古い釣り糸を持ってくる。

雑貨市の出店者が小さな貝殻を分けてくれる。

おばあが余り布を出す。

亮介は少女の隣にしゃがみ、優しく話しかけた。


「お父さん、器用な人だったんだね」


少女は風鈴を見つめたまま頷いた。


「鳴ったら、お父さんが帰ってくる気がして」


玲奈の手が、ほんの少しだけ止まった。


けれど、何も言わなかった。

ただ丁寧に糸を結び直し、短冊を少し軽くし、貝殻の位置を調整した。


海から風が吹いた。


ちりん。


小さく、透き通った音が鳴った。


少女は目を丸くした。

それから、泣き笑いになった。


「鳴った……」


周囲にいた人たちが、静かに拍手した。


玲奈は風鈴を少女に返す。


「修理完了です」


亮介が小声で言う。


「もう少し感動的に言っても」


「十分です」


でも玲奈の目元は、少しだけ柔らかかった。


後日、「しおかぜ」の軒先には、玲奈が同じ型を参考に作った小さな風鈴が吊るされた。


透明なガラス、白い貝殻、淡い布の短冊。

風が吹くたび、ちりん、と優しい音がする。


店内の棚には、その小さな風鈴が、なぜかエネミヅキのノベルティグッズの隣にも飾られた。


ガスの適正利用を呼びかける謎の妖精と、玲奈の手作り風鈴。

妙な組み合わせなのに、不思議と「しおかぜ」らしい。


亮介が笑う。


「エネミヅキの隣、いいんですか」


玲奈は平然と答える。


「魔除けと涼感です」


「用途が広いですね」


風鈴がまた鳴る。


ちりん。


黒糖プリンの甘い香り。

コーヒーの苦味。

南ぬ島の潮風。

そこに、夏の音がひとつ加わった。


少女はその後も、夏になると風鈴市に顔を出すようになった。


鳴らなかった風鈴は、父の思い出を閉じ込めるものではなくなった。

風が吹くたび、少しずつ前へ進む音になった。


「しおかぜ」は今日も、誰かの小さな忘れ物や、直しかけの思い出を預かっている。


そして潮風に揺れる風鈴の音が、店の午後をやさしく彩っていた。

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