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潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

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みうちゃん、ただいましおかぜへ ――霧笛のカウンターが、遅すぎた男の背中を押した日

久しぶりに、みうちゃんが島へ帰ってきた。


「しおかぜ」の扉が開いた瞬間、亮介が最初に気づいた。


「いらっしゃいませ――あれ、みうちゃん?」


少し大人びていた。

髪はきれいに整えられ、服装も神戸の街を知った女性らしく垢抜けている。けれど、笑った時の無邪気な目元は、繁忙日に「相違ありませんか」と明るく注文を取っていた頃のままだった。


「ただいまです、玲奈さん、亮介さん」


玲奈は厨房から出てきて、ほんの少し目を細めた。


「お帰りなさい」


それだけだった。

だが、みうちゃんには分かった。

玲奈はかなり喜んでいる。


みうちゃんは神戸の美容学校を卒業し、今は尼崎の美容室で働いているという。忙しいが、先輩に叱られ、客に緊張し、シャンプーで腕を磨きながら、少しずつ美容師としての一歩を進めていた。


「いつか、島に戻って美容室を開きたいんです」


みうちゃんは黒糖プリンを前に言った。


「しおかぜみたいに、帰ってきた人がほっとできる店にしたくて」


玲奈は静かに頷いた。


「良い目標です」


亮介も笑う。


「みうちゃんならできますよ」


「亮介さんに言われると、なんか信じられます」


「俺、信用回復中なんだけどなあ」


店内に柔らかい笑いが広がった。


その流れで、亮介はぽつりと話し出した。


「実は、俺がここに来る前に、みうちゃんには会ってるんです」


玲奈が顔を上げる。


「聞いていません」


「今、話します」


仮釈放後、亮介はすぐ石垣へ来なかった。

門司港で港湾労働者として働き、汗を流し、少しずつ自分を立て直していた。けれど、玲奈の前に立つ勇気はなかなか出なかった。


ある日、どうしても神戸へ行きたくなった。


港町。

玲奈の故郷。

そして、純喫茶「霧笛」。


亮介はそこを訪ねた。

かつて玲奈と何度か訪れた、神戸港近くの静かな店。カウンターの向こうには、変わらない女主人がいた。


「まあ……よう来たね」


女主人は驚いた顔をしながらも、彼を追い返さなかった。


そして、その日、偶然みうちゃんも霧笛でアルバイトをしていた。


「最初は分からなかったんです」


みうちゃんは少し照れたように言う。


「でも女主人さんの反応で、あ、この人が玲奈さんがずっと待ってた人なんだって」


霧笛のカウンターで、亮介は自分の迷いを話した。


まだ玲奈に会う資格がない気がすること。

門司で働いていること。

でも、本当は会いたいこと。


女主人は、深くため息をついて言ったという。


「玲奈ちゃん、待っとるよ。あの子は口では強がるけど、ずっと席を空けてる。もう十分逃げたんちゃう?」


みうちゃんも言った。


「玲奈さん、ずっと待ってました。島で、お店を守って。だから、行ってあげてください」


亮介は、その言葉でようやく腹を決めた。


「だから、俺がここに来られたのは、霧笛の女主人と、みうちゃんのおかげなんです」


亮介は苦笑する。


「まあ、感動の再会を想像して来たら、いきなり皿下げでしたけど」


みうちゃんは吹き出した。


「玲奈さんらしいです」


玲奈は平然とコーヒーを置く。


「繁忙時間帯に来る方が悪いです」


「いや、俺としては劇的な登場を」


「業務妨害です」


亮介は肩をすくめた。


「でも、あの日からずーっとここで働いてます」


玲奈は少し神戸弁を混ぜて言った。


「いくら騙し取られたか分からんしね。働いて返すのは当然です」


言葉は厳しい。

けれど、その横顔はどこか嬉しそうだった。


みうちゃんは、そんな二人を見て胸が温かくなった。


神戸で泣いていた自分を、玲奈は支えてくれた。

亮介が島へ来る背中を、自分も少し押した。

今、その二人が「しおかぜ」で並んでいる。


遠い場所が、ひとつにつながっているようだった。


「私も頑張ります」


みうちゃんはまっすぐ言った。


「尼崎でちゃんと腕を磨いて、いつか島に戻って、美容室を開きます。しおかぜみたいに、あったかい場所にします」


玲奈は柔らかく答える。


「楽しみにしています」


みうちゃんは少し笑って、亮介を見る。


「あと、亮介さんみたいなパートナーも探さないと」


亮介が照れる。


「俺みたいなのは、かなり手がかかりますよ」


玲奈が即座に言う。


「おすすめはしません」


「玲奈さん、そこは少しフォローを」


「事実です」


みうちゃんはくすくす笑う。


「でも、楽しそうです」


玲奈の耳が少し赤くなった。


「みうちゃん、パートナー選びは慎重に。契約書は読みなさい」


「はい。相違ありませんか?」


玲奈は小さく笑った。


「相違ありません」


窓の外では、南ぬ島の風が木々を揺らしていた。


神戸の霧笛。

門司港の汗。

尼崎で働くみうちゃん。

石垣で待ち続けた玲奈。

そして、遅すぎた男がようやく座った「しおかぜ」のカウンター。


遠く離れた場所で起きた小さな出来事が、今この店で静かに結び目になっている。


みうちゃんは黒糖プリンを一口食べ、目を細めた。


「やっぱり、ここに帰ってくると落ち着きます」


玲奈は短く答えた。


「いつでもどうぞ」


亮介も笑う。


「お帰り、みうちゃん」


その言葉に、みうちゃんは少しだけ涙ぐんだ。


「はい。ただいまです」


「しおかぜ」は、その日も穏やかだった。

帰ってきた人に「お帰り」と言い、旅立つ人に「行ってらっしゃい」と言える店。


そして玲奈と亮介は、黒糖プリンより手のかかる恋を抱えながら、今日もそのカウンターに並んで立っていた。

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