表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潮風カフェに遅すぎた恋が来る  作者: スパイク
第3章 遅すぎた恋は、黒糖プリンより手がかかる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
102/152

しおかぜ前、元警部補の血が騒ぐ ――玲奈、交通事故を見たら放っておけない

昼下がりの「しおかぜ」は、いつものように穏やかだった。


黒糖プリンは残り三つ。

亮介は観光客に川平湾への行き方を説明し、玲奈は厨房でコーヒーを淹れていた。


その時、店の外で鈍い音がした。


どん、と重い音。

続いて、誰かの短い悲鳴。


玲奈の手が止まった。


「亮介さん、店をお願いします」


「え、今の音……」


「事故です」


玲奈はエプロンを外し、迷いなく外へ出た。


店の少し先の交差点で、地元の軽トラックが道路脇に寄っていた。バンパーが歪み、運転していたおじいが驚いた顔で降りている。幸い大けがはなさそうだった。


だが、もう一台の車がいない。


玲奈の目が変わった。


元兵庫県警交通課。

若くして警部補まで上り詰めた優秀な警察官。

その血が、完全に騒いでいた。


「当て逃げですね」


玲奈は冷静に言い、破片の位置、タイヤ痕、接触角度を見た。

落ちていたプラスチック片を確認し、近くの観光客に目撃情報を聞く。


「白いレンタカー、右側に傷。外国人っぽい男性。北へ向かった」


玲奈はすぐに店へ戻り、亮介に言った。


「レンタカー会社に連絡。白いコンパクトカー、右前破損。近隣の防犯カメラも確認します」


「警察より早いですね」


「初動が命です」


数分後、玲奈はレンタカー会社と近くの土産物店から情報をつなぎ、車両を割り出した。

地元警察が到着する前に、彼女はすでに問題のレンタカーが近くの駐車場にいることを掴んでいた。


そこには、動揺した外国人観光客が立っていた。


玲奈は英語を交え、静かに、しかし逃げ場のない声で言った。


「You were involved in an accident. Do not leave. Police are coming. Stay here.」


相手は青ざめ、言い訳を始める。


玲奈は遮らない。

ただ、必要なことだけ確認する。


「運転者。時間。接触場所。移動理由。免許証。レンタカー契約書」


まるで現役だった。


やがて駐在所の警官と本署の交通担当が到着した。


現場には、すでに玲奈作成の簡易メモ。

目撃者名。車両情報。破損箇所。事故直後の写真。外国人運転者の確認事項。


地元警官はそれを見て、感心半分、苦笑半分で言った。


「岡本さん……助かるけど、ちょっと勘弁してよ~。こっち到着する前にほぼ終わってるさぁ」


本署の交通担当も苦笑する。


「元警部補って聞いてましたけど、早すぎます」


玲奈は平然としていた。


「最低限の初動確認です」


「最低限じゃないです」


結局、事故は大事にはならなかった。

軽トラックのおじいに大きなけがはなく、外国人観光客も逃げる意思というより、動揺してその場を離れてしまったようだった。とはいえ当て逃げは当て逃げである。警察が正式に処理し、レンタカー会社も対応に入った。


「しおかぜ」に戻ると、亮介がひとりで店を回していた。


「おかえりなさい、岡本警部補」


「元、です」


「お客さんには、店主が事故処理中ですと説明しました」


「余計な説明です」


「でも皆さん納得してました」


常連のおばあが笑う。


「玲奈ちゃん、警察辞めても警察さぁ」


玲奈は少しだけ困った顔をした。


閉店後。


「しおかぜ」は静かだった。

昼の騒ぎが嘘のように、外では南ぬ島の夕暮れがゆっくり沈んでいる。


亮介がコーヒーを二つ置いた。


「今日は、お疲れさまでした」


玲奈はカップを見つめ、珍しく肩の力を抜いた。


「警察やめてもな、やっぱ放っとかれへんねん」


神戸訛りの混じった、少し砕けた声だった。


亮介は笑った。


「玲奈さんらしいです」


「今はカフェ店主なんですけどね」


「でも、事故を見たら動く人でもある」


玲奈は窓の外を見た。


「昔の癖って、抜けないものですね」


「抜けなくていい癖もありますよ」


亮介は少しだけ真面目な顔で言った。


「今日のおじい、助かりました。外国人の人も、逃げ続ける前に止まれた。玲奈さんが動いたからです」


玲奈はしばらく黙っていた。


「そう言われると、少し救われます」


「褒めています」


「では、受け取ります」


亮介は笑う。


「しおかぜの肩書き、また増えましたね。黒糖プリン職人、元戦隊ヒロイン、元警部補、事故現場初動対応担当」


「あなたも、元詐欺師、元港湾労働者、現ウェイター、広報担当、皿下げ主任です」


「皿下げ主任、地味だなあ」


「重要職です」


二人は静かに笑った。


玲奈はもう警察官ではない。

けれど、困っている人を見れば動いてしまう。

正義感というほど大げさではない。体が勝手に動くのだ。


亮介はそんな玲奈を見て、少し眩しそうに言った。


「俺、やっぱり玲奈さんには敵いません」


「勝とうとしていたんですか」


「少しだけ」


「無謀です」


「ですよね」


南ぬ島の夜風が、木製看板を揺らした。


「しおかぜ」は、明日も開く。

黒糖プリンを出す小さなカフェとして。

そして、何かあれば元警部補の血が騒ぐ、美人店主の店として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ