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幸福な物語

 倒れ伏した娘を前にして、セイランは気を失った。

 セイランが目を覚ました時には、全てが終わっていた。

 毒に侵されながらも、ライカはナザリウスの前に立ち、選王会議の開催を承諾させたという。

 けれど再び、ライカは生死の境を彷徨う。

 ベッドの中で苦しむ娘を見て、セイランは涙を流した。


 ――ごめんなさい。


 ライカの額に浮かぶ汗を拭いながら、何度目かになる謝罪を心の中で呟いた。

 屋敷の誰もがセイランの心配をする中、それでも彼女は娘の側を離れず、看病を続けた。


「お母様……?」


 くぐもった声がベッドから漏れる。

 ライカが瞼を開け、セイランを見つめていた。


「ライカ……!」


 セイランは駆け寄ると、ライカをそっと抱きしめる。


「ごめんなさい……! ごめんなさい、ライカ……!」


 まだ毒の作用で苦しいだろうに、セイランは思わず謝っていた。

 止めることができなかったのだ。

 ルーカディアスは双子であること、アリアスは双子の妹の息子であること、そんな彼を監禁していたこと、本物の銀杯をクラシェイドが持っていたこと、それなのにライカが銀杯を飲むのを止められなかったこと。

 気づけば隠していた事実を次々に吐露していた。


「ごめんなさい。私が愚かでした……」


 ライカは全てを聞き終えると、毒で荒れた喉から、ゆっくりと声を出した。


「謝るべきは、私の方です」


 少女は紫の瞳を滲ませ、セイランを見つめた。


「私はルーカディアス王弟殿下を法で裁くため、正義を諦めないため、銀杯の毒を飲みました。

 けれどそれは、"正しさ"ではなかったのかもしれません」


 こうして、母を悲しませてしまったのだから。

 自分なら犠牲にして良いことにはならない。

 ライカが行ったことには、確かに過ちがあった。


「それでも、私の決断を受け止めてくださって、ありがとうございます」


 窓から光が差し込み、ライカの横顔を照らし出す。

 その顔はやつれていたが、晴れ晴れとしていた。


「お母様の声、聞こえていましたよ」


 そう言って、今度はライカがセイランを抱きしめる。

 娘の腕の中で温もりを感じながら、セイランはようやく理解した。


 ――私は……。


 娘のために存在していたのだ。

 これまでの努力も、流した涙も全てライカへと繋げるために必要だった。


 ――ならば何一つ無駄ではありませんでした。


 叶わなかった夢。

 それを重荷として娘に背負わせることになった。

 可哀想だと思った。

 申し訳ないと後悔した。

 けれど、ライカはもう、自らの意思で役目を果たそうとしている。


「ライカ、これを」


 セイランは服にしまっていた小さな鍵を取り出した。

 古い鍵だ。

 うっすらと錆びている。


「初代国王陛下エリオネス様よりクラシェイドに下賜された"天秤"。

 その宝物を保管している宝庫の鍵です」

「良いのですか?」


 宝庫の鍵を渡すということ。

 それが何を意味するのかを少女は理解し、母親に不安そうな視線を送る。


「ええ、これはもうあなたのものです」


 そう言って、セイランは小さな手に鍵を握らせた。

 鍵を見つめて考え込む娘に、セイランはその美しい声で囁いた。


「愛しています、ライカ」


 強張っていたライカの表情が、不意に和らぐ。


「私もです、お母様」


 セイランは再びライカを強く抱きしめる。

 手の中に温もりが広がった。


 ――きっと、これが私の物語。


 夢の代わりに得た宝物。

 その輝きを胸に抱き、これからの人生も母として生きていく。

 そんな幸福な物語。

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