↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/13

ほんとだ。

【前回のあらすじ】

 土曜の朝、佐保の部屋の窓の下の紙が、まとめて床に落ちていた。拾い終えてから昼前にスマホを見ると、金曜の夜に梶からメールが来ていた。六月に送られた目次案は、迷惑メールのフォルダに入っていた。梶は、その分け方で本を進めると書いてきた。佐保は床の写真を分けようとして分けられず、机の上に束ねて置いた。


◇ ◇ ◇


 月曜の昼、郵便の棚に、あの紙が戻っていた。


 二週間あまり前に、私がここへ置いた紙だ。置いた翌日には、なかった。


 二十六の行の頭に、鉛筆で同じ小さな印がついていた。上の余白に、見たことのない字で、発送済、とある。横に、先週の日付。


 出たのだ。二十六通。


 中津タエ、の行にも、ほかの行と同じ印がついていた。書かなくなった人のところへ、終わりの案内だけが、届く。


 作成者の欄は、空のままだった。誰の紙かを、あの人は聞かなかった。使って、返した。


 棚に、戻した。


 移すのは、土日のうちに済んでいた。月曜の朝、画面を開くと、いつもの一覧がいつもの場所になかった。代わりに、新しいナレッジベースが開いた。


 主任がフロアの前に立った。半歩下がってから、言った。


「今日から、新しいほうです。分からないことは、業者の方が一日いてくださいますので」


 水色の紐の人が、後ろに立っていた。六月に、フロアの前で説明をした人だ。


「日野さんには、午前中、向こうで確認に入ってもらいます」


 日野さんの席は、朝から空いていた。


 フロアに、声が立った。ふだんは、キーの音しかしない部屋だ。前のはどこ、これは何、という声が島から島へ渡った。


「テスト、って出てくるんだけど」


「誰の、あ、だよ」


 笑いが、起きた。六月に、一人ひとつ、練習でテスト環境に入れた記事だ。本番とそっくりの形で、中身の空いていた、あのほうだ。それが、本番の一覧に、混ざっていた。


 業者の人は島を回って、同じことを言っていた。


「テスト環境の記事が、混ざったようです。確認して、消します」


 すぐには、消えなかった。消すには、消していい、という返事が要るらしかった。


 私は、一覧を開かなかった。開かなくても、打てる。自分の書いたものは、探さなくても、指にある。


 十時半に、机の端で、音はしなかった。


 昼休みが終わって、フロアが戻ってきた。


 声が、朝と違っていた。探す声ではなく、見つけた声だった。


「これ、見た?」


「手順どおりにやったのに、ってやつ」


 隣の島の若い子が画面を見ながら、読み上げた。


「お呼びいただかなくて、大丈夫です。見えるところで、そのままお待ちください」


 私の一行だった。目より先に、耳に来た。


 一覧を、開いた。


 件名の列に、それはあった。『手順どおりにやったのに直らない対応マニュアル』。ほかの件名の並びの中に、番号と日付をつけて、入っていた。


 列が、一つ増えていた。使用回数。その記事が、客への返事に何回使われたかを数える列だ。旧マクロには、なかった。


 十一、とあった。


 墓地の隅の数字は、十年、見なかった。見ないでいられた。ここでは、字と同じ大きさで、隣の列に出ている。見ないでいる場所が、なかった。


 消すところを、探した。件名を開いても、直すところも、消すところも、私の画面には出なかった。入れるほうは、六月に、許されていた。消すほうは、はじめから、私には、なかった。


 指が、キーの上で止まった。


 一時を過ぎて、声は増えていった。


「これ、効くね。手順どおりにやったのに、って人に送ると、向こうが謝ってくる」


「え、これ、日野さんじゃない? 見えるところで待ってれば、来るって」


「言えてる」


 笑いが二つ三つ、重なった。悪い笑いでは、なかった。日野さんが来る、というのは、このフロアの誰でも知っていることだ。知っていることが、一覧の中に、あった。


「これ、撮っとこ」


 隣の島の、誰かの声だった。私のです、と言えば、消してもらえる。言うには、誰を見て書いたかを、言うことになる。消すところは、私の画面にない。残っているのは、何もしないことだけだった。


 何もしないで、キーの上に手を置いて、座っている。見えるところで、止まっている。


 五月の夜に、その人の扱い方として書いた一行だ。六月に、一度、自分で使った。いまは、使うつもりもなかった。


 三時までに、使用回数は四十を超えた。六月に、あの人は言った。本番とは切り離してありますので、何が起きても、お客様のほうには影響が出ません、と。四十人の客の画面に、届いていた。


 三時を過ぎて、日野さんが戻ってきた。


 入口から自分の席へは寄らずに、こちらへ来た。私の手がキーの上で止まっているのを、入口から見たのだと思う。


 机の端に、飴が置かれた。


「遅くなっちゃった。ずっと、向こうで」


「すみません」


 出たのは、それだった。


 日野さんは、私の画面を見た。


「新しいの、探しにくいでしょう。ここ。前と同じ順で出るから」


 画面の端を、指で示した。私は、その指の先を見ていた。


 隣の島から、声がした。


「ほんとだ」


 小さい声だった。誰に言ったのでもない。


 日野さんが、そちらを向いた。


「何が」


「いや、新しいマクロに書いてあって。見えるところで待ってればいい、って。ほんとに来るんだなって」


 若い子は、笑いながら言った。


「何それ」


 日野さんも、笑った。


「あとで見るわ。向こうに、まだ呼ばれてるの」


 自分の席には寄らずに、また入口のほうへ出ていった。


 読まないでいてほしい、と思った。消えるまで。日野さんに、何かを、してほしくないと思ったのは、はじめてだった。


 四時前に、一覧から行が消えた。


「あ、消えた」


「テストのやつ、ぜんぶ?」


「撮っといてよかった」


 行のあったところは詰まって、上と下の件名がつながっていた。番号も、日付も、回数も、なくなっていた。


 指が、動いた。


 待たせていた人に、返した。閉じるまで、返した。


 六時前に、日野さんが戻ってきて、鞄を持って、私の席に寄った。


「宇津木さん、あれ見た? 手順どおりにやったのに、ってやつ。よかったって、みんな言ってたのに、消えちゃったんですって。明日、業者さんに、戻してもらえないか聞いてみるわ」


 頭を、下げた。


「おつかれさま」


 もう一度、下げた。


 日野さんは片手だけ、ひらりと振った。それでいい、というふうに。


  ◇ ◇ ◇


 今日の返信、十九件。


 今日の発話、「すみません」一回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。