↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/27

第九話

 元旦。


 母さんが元気だった頃は、朝は雑煮を食べて、それから皆で初詣に出かけたが、親父と二人では雑煮もレトルトで済ませてしまう。


 着替えをして、スマートフォンを見ると彩花は家族と墓参りに出かけたようだ。


 俺たち親子も、墓参りだ。


 高坂寺は村の中心部を抜けた南東部にあり、うちからだと遠いので車で行くが、親父が運転は面倒だというので、俺の車で向かうことになった。


 寺へと向かうのに、まず村の中心部へ出ないといけない。自然と、天露神社の前を通る道を使った。


 異変は、遠目にも明らかだった。


「あれ、どうした?」


 親父の問いは、俺へ向けられたものじゃない。だけど、自然と「わからない」と答えて、速度を落とす。


 いつもより、人出が多いというのなら、それは初詣に来た人たちだろうと言えるが、その光景は、そうじゃなかった。


 天露神社の鳥居には、白い垂れ幕が幾本もかけられていた。そして、白装束の人たちが大勢、鳥居の前で膝をつき、祈りを捧げているように見えるのだ。それは道路まではみ出していて、車の通行にも邪魔なほどだった。


「クラクションはやめておけよ」


 親父の忠告に、俺は頷きを返す。


 徐行する俺の車へと、白装束の数人が歩み寄って来た。


 運転席の窓を開ける。


「車が通れない」


 俺が伝えると、相手は頷き、手で道をあけるよう合図した。すると、祈っていたと思われる大勢が、ぞろぞろと動き始めるが、誰もが俺たちを見ている。


 口元は笑みだが、目は笑っていなかった。


 相変わらず、不気味な印象を受ける。


 白い人たちが空けてくれたスペースを、車でゆっくりと進む。


 途中、鳥居と境内広場へ続く階段を見た。


 そこでは、一人ずつが境内広場へ進む教団の信者たちが列を作っていて、鳥居の下では、近藤が仁王立ちして交通整理をしているようだった。彼は一瞬、俺たちの車を見て、頭を下げてみせる。


 すっかり、俺の車は覚えられたと思って嫌な気持ちになった。


「これは……揉めるな」


 助手席で、親父がポツリと言う。


 同感。


 やはり、というかなんというか。


 中心部へと近づくにつれ、教団関係者ではないと思われる人たちが声を荒げていた。


「おい! 通してくれ!」

「邪魔だ! ここはお前らの土地じゃないだろ!」


 一方、信者たちの最後尾に近い人たちも、反論していた。


「順番を守ってください」

「わたしたちも、お参りしているんです」

「順番を守っています」


 俺たちの車を見て、舌戦を止めて道を譲ってくれた信者の人たち。


 その空いたスペースへと車を進め、ようやく二車線の道へと入った。


 バックミラーをちらりと見ると、やはり言い争いは続いているみたいだ。


 親父が助手席で煙草に火をつけ、紫煙と声を吐き出した。


「ったく、どうしてこんなことになるんだ」

「階段のところで、のろのろ進んでいるから、混雑してるんだな」


 俺が答えると、親父は煙草をスパスパと吸い、携帯灰皿に吸い殻を捨てた。


 俺は、どうしてあの神社に参拝しているんだろうという疑問を覚える。というのも、彼ら輝く未来の会は、偶像を認めない。しかしあの神社は、山を祀っていることから良しという判断なのだと聞く。


 表向き、違和感はない。


 しかし、山を祀る神社にこだわる必要は、彼らにはないだろう。山を拝みたいなら、どこか別の場所で拝めばいい。


 考え事をしているうちに、車は高坂寺に到着した。参拝用の駐車場にはすでに複数の車が停まっている。その中の一台は、直哉のアルファードだ。


 境内に入り、墓地へと続く道を歩く。井戸のところで、桶に井戸水を汲み、墓がある場所まで通路を進んだ。途中、直哉家族がこちらへと歩いてくるところだった。


「あー! トモおじちゃん! トモおじちゃんのおじちゃんも!」


 宏君だ。


「あけましておめでとう」

「宏君、おめでとう」


 親父と俺の挨拶に、ぴょこんと一礼した宏君がニコニコで口を開く。


「明けまして、おめでとうございます。ことしもよろしくお願いします」

「よくできました」


 褒めてあげると、嬉しそうに抱き着いてきた。


 直哉夫婦と挨拶をし、俺は後で渡そうと思っていたお年玉をバッグから取り出した。


「宏君、これお年玉」

「あー! ありがとーござます!」


 受け取った宏君が、菜々美さんにポチ袋を差し出し、彼女は受け取りながら俺に頭を下げた。


「すみません」

「いえいえ、後で寄ろうと思ってたんだけど、会えてよかった。直哉」


 神社のことを、注意しておこうと思った。


「なんだ?」

「今日、この後、初詣の予定?」

「おお、神社に行くけど?」

「やめとけ」


 俺が言うと、直哉だけでなく菜々美さんも怪訝となる。


 親父が、宏君を抱っこしながら口を開いた。


「白い方たちが、絶賛参拝中。一人ずつ、階段をのぼってのんびりなさっているから、そうとうに待つし、揉めてる人たちがいた。宏君を連れていくな」

「おじさん、それ、本当ですか?」


 直哉の表情が、厳しいものになる。


「俺たちが、こんな嘘つくわけないだろ」


 俺が言うと、直哉は舌打ちするも菜々美さんに睨まれた。宏君への教育によくないと、妻に叱られた夫は誤魔化すように俺たちを見る。


「じゃ……こうします? うちの裏庭に、分社があります。そこにお参りに来ませんか? それから一杯、どうです?」

「あ、車なんだよ」


 俺が言うと、直哉が笑う。


「お前はジュース飲んでろ。おじさんを誘ってんだから」

「いいねぇ、寄らせてもらうよ」


 納得がいかない……。


「谷本さんところにも、声をかけようかな」


 直哉が、独り言を装ってわざとらしく、そう言ってみせた。


 菜々美さんが、笑顔で頷く。


「墓参りに出かけたって言ってたぞ」


 俺が言うと、二人がにんまりとする。


「じゃ、連絡とっておいてくれ。年末、谷本さんところで大量買いした酒を皆で飲みましょうって」


 直哉はそう言うと、親父から宏君を受け取り、肩車をして離れていく。


「露田さんところは、直哉君がしっかりしてるから安心だな」


 親父の言葉に、頷きを返す。


「ああ、俺には無理……土地を守って、農家を続けて……」

「直哉君、ああ見えて商売人でな。産地直送の無農薬野菜を都会の飲食店に直接、卸している。重宝されてるらしい」

「へぇ」


 墓地の中を歩き、我が家の墓の前に二人で立った。


 花立ては、親父が頻繁に通っているせいで、洗う必要がないほどにキレイだ。


 水と花を入れ替え、線香に火を点ける……が、ライターを持ってない。


「親父、ライター貸して」

「あ? お前、忘れたんか?」

「煙草やめた。持ってない」

「……そういいえば、吸ってないな。ん? 何日目?」

「今日から」


 親父は苦笑し、「三日たてば吸ってるほうに一万」と言い、ライターを差し出した。


 受け取り、線香に火をつけて墓前に供えた。


 膝をおり、親父のお経を聞きながら瞼を閉じる。


 俺は、自分の心境が変化していることを、改めてここで、感じていた。


 村に帰ってきた時は、どうして俺がと不満に思い、ムカムカしていたから村の悪いところばかりを見ていた。それでも、ここで過ごしていると、やはり故郷だということを強く思い出す。


 暗くなるまで、山で遊び、川で魚を獲り、畑や田んぼで泥だらけになった。


 家に帰ると、母さんの呆れた顔。


 でも、すぐにお風呂に入れと言って、笑った。


 母さんとの記憶は、いつもこの村の景色の中にある。


 天露村は、俺の地元だ。


 御経を終えた親父が、手をあわせたまま何かを呟いていた。


 母さん、俺はやっぱり、この村を好き勝手にされるのは我慢できないよ。


 素直な気持ちを、墓前で報告する。


 声には出さず、手を合わせたままお墓を見つめた。




 -・-・-・-・-




 露田という姓は、この村に何軒かあるが、直哉の家が本家らしい。その家は、いかにも農家の家といえる造りで、敷地には石の倉がふたつ、並んで建っている。子供の頃、俺と直哉でその倉に忍び込み、ばれた時は直哉のお父さんに二人そろって拳骨をくらった。


 そのおじさんは、病気のせいで痩せていた。


「おお、村上さん、あけましておめでとうございます。智則(とものり)君、ようこそようこそ」


 そう言って迎え入れてくれたおじさんは、痩せ具合を案じる俺たち親子に笑ってみせる。


「もうステージ四だからな、好き勝手させてもらってるんだよ」

「だからって、日本酒はダメですよ、お義父さん」

「菜々美さんが酌をしてくれるから、するすると飲めていかんのだなぁ」


 ガハハハと笑うおじさんに、菜々美さんが苦笑いで酌をする。しかしそれは、日本酒ではなくお湯だと直哉に耳打ちされた。


「さっきのは本物、あとは水」

「ばれないの?」

「親父、皆の前で心配されたくないから、ああして酒を飲んで見せたがる」


 納得した。


 おじさんは、昔ならそういうところがあった。


 俺たちは直哉の家の裏手にある、天露神社の分社へお参りする。個人の家の裏に、小さな神社があるのは珍しいだろう。


 そして母屋へと戻ると、ちょうど谷本家族が到着したところだった。


 彩花と新年の挨拶をし、ご両親にも頭をさげた。


 一同で、露田家の広間に上がり込む。


 菜々美さんが作ったというおせち料理は、酒のつまみに最高だったが、俺は残念ながらウーロン茶だ。


 途中で、真帆の家族もやって来て、子供の頃から家族ぐるみで付き合ってきた三家に、谷本家を加えた宴会となった。


 酔いつぶれた親父が、人んちで寝始めてしまったのも、よほど楽しかったのだと思うと微笑ましい。母さんが死んで、俺がいなかった時、一人であの家にいたのだと思うと、こうして賑やかなのは本当に久しぶりなんだろうと笑うことができた。


 彩花は真帆と、ビールを飲んで笑っている。子供の頃の俺の失敗談を肴に、二人は楽しそうだ。


 直哉が、ノンアルコールビールを持ってきてくれた。


「明日、親戚が集まる時用に買ってたんだ」

「いいのか? 開けちゃって」

「ジュースで我慢してもらう」


 注いでもらい、口をつけた。


 雰囲気だけでも、飲んでる気分になる。


「で、どうだ? 実際に神社、そんなひどい有様か?」


 直哉が真面目な話題を出し、俺たち二人だけ笑顔を消した。


 声を抑えて、伝える。


「あれは……ひどい。奪われたって感じがするから」

「……高木さんも議会のほうで大変らしい。手一杯で、神社のことまで手が回らないんだろう。氏子総代、誰かに変わってもらえないかと親父に相談が入った」


 直哉の情報で、高木さんも必死なのだと理解する。


「村上のおじさん、どうかな? 仕事、忙しいかな?」


 直哉が、酔いつぶれて縁側で寝ている親父を見て言う。


「親父が? ……聞いておく、今夜にでも」

「悪いな……でも、お前、どうした? いつもなら、そっちで決めてよって言うくせに」

「ちょっと、心境の変化」


 そう言った俺はノンアルコールビールを飲み、昆布巻きを食べる。


 咀嚼しながら、皆の注目が俺たちに集まっていないことを確認して、直哉に伝えた。


「やっぱり、俺の地元だからな、ここは……気に入らない」


 口を閉じて、ノンアルコールビールを飲んだ時、直哉に背中を叩かれた。


「ゲホ!」

「やっぱり、俺たちは親友だな」


 いちいち殴るなと言いたかったが、むせて無理だった。


 彩花が、ハンカチを持って駆けつけてくれる。


「あ、大丈夫……ゴホ!」


 わざとらしく、直哉の目の前で咳をして皆を笑わせた。


「トモ、今度、集会をやるから来てくれ」

「集会?」


 直哉は、頷くと真面目な顔で言う。


「反対派の集会。このままだと、まずいから」


 俺は迷わず、頷きを返した。それを見た真帆が、口を開く。


「あれ? ついに決心した?」

「いや、そういうもんじゃないけど、このまま進められていくのは止めたい」


 言い終えた俺は、また直哉に背中を叩かれてしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。