第八話
十二月五日、金曜日。
仕事を終えて帰宅すると、珍しく早く帰ってきていた親父が、ダイニングでビールを飲んでいた。
「ただいま」
「おう、おかえり」
「飯、まだ?」
「これから」
「ビール、飲んでんのに?」
「……ちょっと、これ読め」
何だろうと思い、廊下からダイニングに入ると、テーブルの上に広げられたチラシを見せられた。
天露村役場からのお願い?
「えっと? ……昨今の原材料高騰の原因は、世界的な供給量の減少に端を発する……」
読んでいくと、今年は電力節約を目的に、電飾の有無を問わずクリスマスの飾り付けは禁止だということだった。
「は?」
間の抜けた俺の声に、親父が言う。
「意味わからんだろ?」
「わからん」
「議会で通ったらしい」
「は?」
「教団が議員に陳情したそうだ」
俺は、他人が家の中に土足で入ってきた時のような苛立ちを覚えた。
しかし、どうしてクリスマスの飾り?
「教団はどうして?」
「輝く未来の会は、信仰は未来世界で、未来世界が現在を見て、ああだこうだと……面倒くさいからよくわからんが、要は、未来じゃないものを信じるなという教義があるかららしい」
俺は椅子に腰かけながら、手を伸ばして親父の缶ビールを取る。そして、勝手に飲んだ。
「あ、コラ……ただ、それをそのまま言うと、村は教団に染まったのかと言われるから、電力節約を建前にした」
「高木さん情報?」
「ああ」
「でもあいつら、神社はいいのか? 神社に集まっていたけど?」
「天露神社は、山を信仰の対象としているからな……自然を尊ぶのはいいらしい」
「すげぇ自分都合の解釈だな」
「でも、一貫してる。飯、どうする?」
「食べに行くか? 酒飲んでるし、わらび屋」
わらび屋とは、村唯一の居酒屋のことだ。
「行こう」
親父が立ち上がり、二人で家を出た。
午後六時過ぎだが、もう外は真っ暗だ。
親父が懐中電灯を持ち、二人で川沿いの道を中心部へと向かって歩く。
「でも、電飾なくてもダメってのは意味わからん」
俺の意見に、親父が前を見たまま答える。
「これくらいならいい、悪いとなると、抜け道を探ろうというのが出てくるから、全部をダメにしたそうだ。そういう屁理屈をこねる奴、村にはいないけどな」
親父は、そういうひねくれたことを言うのは、よそ者しかいないよと言いたいらしい。
居酒屋に入ると、金曜日だというのに空いていて、出入口近くのテーブル席についた。
頼まなくても、生ビールがふたつ、運ばれてくる。
親父が、メニューを見ないで注文をする。
「煮物と、焼き魚、あと牛タン」
「はぁい、魚はサバかほっけ」
「サバ」
おしぼりで手をふく俺と、顔をふく親父。
「実は、昼間に高木んところの家のリフォーム相談受けて、会ってたんだ」
「へぇ……それで?」
「そうしたらな、高木の家の周りを、定期的に白い恰好の奴らがグルグルと歩いてた」
「……」
それって、高木さんが反対派だからじゃないか?
「高木さん、それに抗議したのか?」
「警察呼んでも、別に法に触れてるわけじゃないって……とまぁ、そういうことがあって、話題は議会運営のことになってな……教団からの陳情、ものすごい数らしいよ」
「陳情……具体的には?」
「いや、話せんだろう、それは。まぁ、愚痴ってたくらいだから、そうとう、あちらさんの要望が俺らとズレてるってことだろうな」
煮物が運ばれてきた。
レンコンと里芋を箸でつまみながら口を開く。
「クリスマス……だけで終わるか? 俺はもっといろいろと……あると思う」
「お前も……そう思うか?」
「思う」
俺は、ビールを飲み干して、おかわりを頼んだ。
「親父、実は俺……こっちに暮らすことも一応は考えようかって思い始めてて」
「谷本さんとことの娘さん、筋が通らんことはするなよ」
親父の言葉と声量は、親としての忠告に相応しい重さだった。
「……だから、考えようって思って」
「だが、お前、こっちはもうやめたほうがいいかもしれんぞ」
親父の口から、思いがけない言葉が出て、煮物を口に運んでいた手が止まった。
「お前、東京に戻れるなら、戻れ。そのほうがいいかもしれん」
「どうして? 教団のことか?」
ビールと、焼き魚が運ばれてきた。
親父が、おかわりを頼んでから一杯目を飲み干す。
空となったジョッキをテーブルの端に寄せ、ようやく親父が口を開いた。
「教団のこともだけど……工場、閉まるんじゃないか?」
「……そんな噂、なってるのか?」
「ああ……本当はどうなんだ?」
俺は、苦笑を返した。
「いや、そういう話は出てない。ま、上のほうはわからないけど、少なくとも、木佐呉工場は海外向けの精密機器の部品製造ラインだから……国産にこだわる社風だから、閉めることはないと思うよ。ただ効率化のおかげで人員整理は進んでしまっているけど……」
「本当に、そうか? デカい車メーカーも、各地の工場を閉めているご時世だ。本社に戻れるなら、そのほうがいいし……」
親父は、声を低くして続ける。
「店は継ぐなよ」
俺は、ギクリとして親父を見つめる。
ビールが運ばれて来て、親父が笑みを作っておばちゃんから受け取った。
「親父、何か聞いてるのか?」
おばちゃんが離れた後、質問していた。
興味というより、彩花のことが心配だったから。
親父は、煮物の里芋をほおばり、咀嚼する。そして、飲み込んでから、俺を見て言った。
「詳しくは知らんが、照明の暗いし、品ぞろえも地元の農家からの野菜がメインだ。肉も、上杉さんとこの養鶏場頼み……そもそも、村の人口が減ってる。大変なのは、わかる」
「……」
「気の毒だと思うけど、俺らにはどうすることもできん。せいぜい、利用し続けるくらいだ。それでも限界があるしな」
親父はそう言うと、ビールを飲んだ。
俺も、ビールを飲む。
味がまったく、わからなかった。
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十二月二十九日の月曜日。
彩花は十二月、シフトに多く入っていたようでなかなか予定が合わなかったけど、俺が年末年始の休暇に入ったことで、この日にようやく一日、外出しようとなった。
彼女が行きたいという秩父に行き、温泉につかり、豚みそ丼を食べ、夜には彼女を家に送り届ける。
食品店は、午後十時だというのにまだ電気が点いていた。しかし、お店は閉まっている。
「電気、消し忘れてるの?」
俺が尋ねると、彼女が笑う。
「ああ、違います。たぶん、閉め作業してるんだと思います。今日はわたし、お休みをもらっていたので、たぶんお母さん一人だから」
「……ごめん、なんか俺が連れ出したせいで」
「ちがいますよ! 一緒にいて楽しいから、明日から頑張ろうって思いますから」
彩花はそう言うと、助手席のドアを開けようとして、振り向く。
「あの……キス、してくれません?」
俺が彼女に手を伸ばそうとしたが、店の隣、家のほうから谷本社長が出て来たのが見えたので、慌てて手を引っ込めた。そして運転席から降りて、挨拶をする。
「すみません、遅くまで連れ出して」
「いやいや、ありがとうございました」
谷本社長はそう言って、彩花を見た。その時の目は、なんとも言えない寂しいもので、俺は頭を下げ、彩花には手を振って運転席に乗り込む。
バックをして、車の向きを変えて道へと出た。
バックミラーには、店へと入る彩花と社長の姿。
この村じゃ、本当に真面目に商売をすることすら難しいのか……。
二車線の道から、右折して細い道へと入ってすぐ、減速を強いられた。
道いっぱいに、白い恰好をした人たちが広がって歩いていたのだ。
クラクションを鳴らすことは思いつかず、ノロノロと後ろにつけた。
しばらく進む。
俺に気づいた人たちが、道の端に寄って譲ってくれたので、徐行で彼らを追い抜いた。
彼らが向かっているのは、神社であると、列が続いているのでわかる。
集会に使ってはダメだと、されているにもかかわらずにまた集まるのかと思ったが、神社の近くまで来て、看板が撤去されていることに気づく。
高木さんが、作ってくれた使用禁止の看板が、なくなっていた。
鳥居の下に、立っている二人の男。
一人は、近藤だった。
ゆっくりと走る俺と、こちらを見て笑みを作ったあいつの目があった。
近藤の目は、笑っていない。
神社を過ぎると、人の列はなくなり、車を加速させた。
帰宅して、車から降りる時、ハンドルが濡れていることに気づく。
両手を見ると、汗でびっしょりだった。




