第十話
一月八日、木曜日。
仕事を終えて、一度、帰宅した。
親父はまだ仕事らしく帰っていなかったので、スマートフォンを操作して、出掛けるというメッセージを送った。そして簡単に身支度を済ませて、家を出る。
車で行ってもいいが、直哉に飲みに誘われるかもしれないと思い、徒歩で向かった。
反対派の集会は、東部集会所で行われる。五十人ほどが入ることができる木造平屋の建物で、子供の頃はよくここでバザーが開かれていた。
家からだと徒歩でニ十分くらいだ。少し歩くが、天露村に戻ってきてから、めっきり歩くことが少なくなったので、いい機会だと思うことにした。
田舎あるあるで、どこでも車で移動してしまうから、逆に歩かなくなってしまうのである。
ショルダーバッグには、懐中電灯とモバイルバッテリー、印鑑が入っている。印鑑は認印で、直哉に持ってくるようにと言われていた。
東部集会所に、午後六時四十分過ぎに到着すると、七時からだというのに外に人が集まっていた。まだ開いていないのかと思ったが、そうではなかった。
開け放たれた出入口から、中も人で一杯である様子が見えたのだ。
村の人たちの多くは、やはり危機感を持っていたんだとわかった。
高木さんが、集会所の奥に立っていて、隣の老人と会話をしている。その老人は、同じく村議会議員の須永さんだ。元天露小学校の校長で、定年後に村議会議員になった。
二人のすぐ近くに、直哉がいて、その隣には露田のおじさんが座っていた。
おじさんが、マイクにスイッチをいれたのが、遠目でもわかる。
「あーあー……ちょっと早いけど、皆さんが集まってくださったから、始めようか。先生方、いいでしょうか?」
おじさんに声をかけられ、議員二人は頷きながらパイプ椅子に座った。
おじさんが、直哉に支えられて立つ。
座ったまま話せばいいと、幾人かが声をあげたがおじさんは拒んだ。
「皆さん、大変お忙しいなか、お集まりくださってありがとうございます。露田修三です。この会の発起人です。先生方、病人の無理をきいてくれて、ありがとうございます」
おじさんは、深く一礼し、議員二人が慌てて腰を浮かした。
集まっている皆は、ひそひそ話すらしない。
村で一番の地主で、農家。その家長が、病気を押して反対派を集めた。
その事実に、集まった人たちは皆、押し黙っておじさんの言葉を待つ。
「私は、もう長くありません。皆さんとお会いできるのも、これが最後だと思って、出てきました。馬鹿倅は止めましたが、発起人が欠席しては士気が落ちると言って、やって参りました。お聞き苦しいかもしれませんが、頑張って話しますので、ご容赦ください」
おじさんはそこで、直哉に目で何かを訴えた。
直哉が、水差しをおじさんの口に近づけ、一口、二口、水を飲ませる。
おじさんが、声を絞りだす。
「私は、この村が便利になるならと思っていた時期もありました。ですが、このまま輝く未来の会とかいう無礼な人たち……あえて申しますが、正論を盾に無礼を働く彼らが、この村を自分たちのものにしようと働くことに、断固として反対いたします」
幾人かが拍手をし、それはすぐに、全員が手を打つ力強いものへと変わる。
俺も、おじさんを応援するつもりで、手を叩いていた。
「これから、議員先生お二人に、彼らがこの村に何を言ってきているのか、何をしようとしているのか……明らかにして頂こうと思っています。まずは、我々が、知ることから始めたい。先生、お願いします」
おじさんはそこで、疲れたように椅子に座る。
直哉は、膝を折っておじさんの後ろについた。
高木さんが、立つとマイクをおじさんから受け取り、口を開く。
「天露村の村議会議員を務めます高木博信です。本日は、お忙しいなか、ありがとうございます。外の方々、ご不便をお詫びします。村役場の邪魔が入り、ここしか場所を確保できなかった事実をまずはご報告いたします」
小さなざわめき。
「これからお話することは、陳情という形で持ち込まれた教団関係者からの要望です。陳情書は村民であれば誰でも村役場で見ることができますが、わざわざそうしようとは思わないものです……だから怖いのです……去年の節電協力も、陳情が採択された結果です」
それから、高木さんと須永さんが、村議会で受け付けた陳情の内容を話した。
歩行者優先を徹底させろというものは、言われてみれば確かにそうだろうと思うところではある。
しかし、村にある自販機は節電に反しているために撤去しろという主張には、どういう考えをしたらそうなるのかという呆れを感じた。
そして、陳情の内容はさらにひどくなる。
「火葬は自然に反する行いのため、村では原則、土葬を推奨すべしという陳情もされています」
須永先生はそこで、声をあげようとした人たちに向かって手を広げた。
それは、ちょっと待て、という意味だとわかる。
「まだまだありますので……続けます」
次々と、バカバカしい内容の陳情が読み上げられた。
「このようなことが、悲しいことに賛成派多数となった今、まかりとおる恐れがあります」
こんな現代社会の、民主主義の国で、こんなバカげた事がと思ったが、民主主義だからこそ、多数派の意見が通るのかと理解した。
背筋が、ゾクリとする。
これは……これは非常に危険なのではないか?
人手不足、資金不足……村は確かに、外からの協力、支援が必要だった。
そこに、協力者の皮を被った侵略者が、やって来たのだと思う。
対話が通じない相手。
とても理解できない価値観をもつ相手……それも、大勢だ。
潮目は、村議会選挙だ。
改めて、輝く未来の会の受け入れへの反対署名を集めると高木さんが声を発し、俺たちは順番に署名と捺印をすることになった。
ふと、後ろが気になり振り返る。
集会所の前の道から、西へと曲がる交差点のところに、白い恰好をした男女が立っていた。
目が合うも、相手はじっと俺を見る。
そして、感情のない目を逸らさない。
俺が後ろを見ていたから、周囲の人たちが俺につられて後方を見た。
「おい、見張ってるぞ、あいつら」
誰かが、言った。
「おい! 何を見てる!」
男性が、怒鳴った。
俺はその男性が近くだったので、素早く駆け寄る。彼が二人へと近づこうとしたのを、俺は抱きしめるようにして止めた。
「やめてください、あちらの思うつぼですよ」
男性に囁くと、彼は俺をすごい形相で見て、二人へと視線を転じる。そして、舌打ちをして俺の腕をポンポンと叩いた。
「すまなかった。悪い」
「いえ、ムカつくのはわかりますから」
白い二人が、口元だけでニィっと笑った。
白い歯を見せて笑顔を作るが、目が据わっている。
俺は列に戻り、彼らを無視した。
署名捺印を終えた者から、それぞれ帰路につく。
ふと、どこからともなく白い恰好の者が現れ、帰路につく人たちの後に続いた。
教団関係者は、ふらりと現れると、帰る人について歩き始める。
列の最後のほうで、番がまわってきた。
俺も署名捺印をして、帰路につく。
懐中電灯で道を照らして、歩いていると、違和感を覚えた。
ザクザクっと、砂利道を歩く足音が、後ろからも聞こえてきたのだ。
立ち止まり、肩越しに後ろを見た。
五歩ほど後ろに、白装束の男が立っている。
目があった。
その男が、一歩、近づいてきた。
手を伸ばせば、当たる距離で男は笑みを作る。
目は、笑っていない。
そして、言った。
「村上さん、お父様はまだお戻りじゃないみたいですよ」
俺は先ほどまでのムカつき、怒りを萎ませる不安に襲われる。
こいつ……どうして?
不安がっていると知られたくない。
俺は、男を無視する体で、前だけを見て歩く。
ここで、嫌なことを思い出した。
家に帰る途中、天露神社の前を通る。
あそこは、こいつらが集会に使っていた……。
情けないことに、俺は怖くて走り出したい。
交差部が、見えてきた。
左は村の中心部、右は天露神社があり、自宅の方向。
後ろには、不気味な男がまだついて来ている。
俺の歩く速度にあわせて、わざと足音を立てながら、俺について来ていた。
左から車が来て、ライトがまぶしい。
クラクションを鳴らされ、親父の車だと気づいた。
親父は交差部で車を停めて、窓を開ける。
「おい、乗って帰るか? ん? 教団の人?」
「乗る」
素早く助手席に乗ったが、その男は歩いて車の前に立ちはだかり、フロントガラスに右手を置いた。
そして、首を傾げて俺をじっと見つめる。
「なんだ……こいつ」
親父も、あまりのことに言葉が続かない。
硬直する俺たちを、その男はフロントガラスから中を覗き込んだまま、にぃいいと笑う。そして、男は、右手をフロントガラスから離すと、人差し指と中指で、自らの両目を指し示した。
俺は喉を鳴らし、親父がうめき声を漏らす。
白い男は、口の端を吊り上げた笑みのまま、、ゆっくりと道の端へと歩いた。
加速した車。
バックミラーを見た。
いつの間にか、どこからか二人の白装束が増え、三人となって道路の真ん中に立っている。
彼らはそろって、同時に首を傾け、そのまま俺たちを見ていた。




