第十一話
一月九日、金曜日。
仕事を終えた俺は、谷本食品店に車を停めた。
ここ数日、彩花にメッセージを送っても、返信が短くて、心配したのだ。
この日、彼女は工場のシフトは休みなので、きっと店を手伝っていると思って店に入ると、やはり彼女がレジに立っていた。
買い物客の老人と、笑顔で会話をしていた彼女が俺に気づく。
彼女は一瞬、笑みが消えるもすぐに微笑んだ。
何だろう?
俺、怒らせるようなことしたかな?
晩御飯の買い物を、親父から頼まれていたのでかごをとり、店内を歩く。俺のレパートリーは多くなく、野菜炒めを作ろうとキャベツ、もやし、ピーマン、そして豚肉をかごに入れた。
店内は少し暗く感じる。そして、陳列棚は大手スーパーのようにぎっしり埋まっているわけではなく、ところどころ空きがある。それでも、客が入ると彩花が明るい声を出すので、雰囲気はいいと勝手に感じた。
レジに行くと、彩花が作った笑みを見せる。
「おつかれさまです」
挨拶が、いつもと違う。
「お疲れ。何かあった?」
「……ちょっと、いろいろと。すみません、先輩に話すことでもないので」
「……そう。でも、話して楽になることもあるから、気が向いたら話して」
「はい……一三八〇円になります」
支払いを終えて、車に戻る。
家へと戻る道中、介護施設の送迎車の後ろを走る。
輝く未来の介護社。
教団の介護サービスだとわかった。
一定の車間距離を保ち、自宅の方向へと右折をした。そして、狭い道なので、速度を落とす。
そういえば、説明会で村長が言っていたな……介護事業のことを。
神社の前を通り、自宅に到着する。
車をバックで駐車スペースに入れて、玄関を開けた。
親父はまだ、仕事のようだ。
去年の暮れくらいから、仕事が忙しいみたいで帰りが遅い。例のリフォームが、それだけ多いのだろうか。
親父の仕事につながっていると思うと、複雑だ。
材料を冷蔵庫に入れて、炊飯器にご飯をしかけ、風呂の自動お湯はりのボタンを押した。
そして階段を上がり、二階の自室に入る。部屋着に着替えて、勉強机に座った。昔、ここに座って勉強をしていたが、今はノートブックが置かれている。
起動した時、煙草が欲しくなった。
禁煙はまだ続いていて、最近はようやく、禁煙のイライラも減ってきたが、ふとした時に煙草が恋しくなる。
我慢。
ブラウザを開き、輝く未来の会について検索をする。
ニュース記事を中心に、教団が過去にトラブっていたことを調べてみると、やはりこの村で起きていることは、過去にも起きていたことだと再確認することができた。
最初は少数が移住し、次第に人数が増えてきて、教団のルールと地元の人たちが衝突する。それが自治体の議会で取り上げられるようになると、教団側は順次に転出していく。
記録に残っているものでいうと、最初に起きたのは山梨の自治体だ。
次は、静岡だ。
そして今度は、ここ天露村。
これまで二度、彼らは地元民と衝突していた。
意外だったのは、問題が議会で取り上げられるほどに大きくなると、彼らは引いているのである。
これは、説明会の時の代表者が話していた通りだ。
しかし、過去のニュースを読み返していると、今回とは違う点があると感じた。
まず、過去二回は、自治体側が誘致をしていない。
山梨県と静岡県の二カ所ともに、教団が空き家と放棄耕作地を購入し、移住が始まっていることが読んでわかった。
次に、自治体の議会で議員たちが教団の行いを問題視する意見を述べ、首長が対応することを答弁していた。これも、この天露村とは違う。
ニュース動画を、再生した。
もともとの住民と思われる男性が、記者に対して話している。
『いきなり人が増えて、川の上流の水を勝手に自分たちの田んぼへ引き込んでな。わしらのところが使えんと言って抗議すると、購入した土地に流れている川を使っているだけだと言う』
『彼ら、川で……一斉に大量の洗濯をしてるみたいで、洗剤に汚染された水がわしらのところに流れてくるから、やめてくれとお願いしてもやめてくれない』
場面が変わり、地元議員という女性が映し出された。
『わたしのところに、住民の皆様から多くの抗議が寄せられまして、正式に、町長に申し入れをおこなったところ、早急に対応する旨、回答いただいております』
『一方、排他的な行動を許していいのかというご指摘があることも事実です。しかしながら、共存しようと歩み寄りができないのであれば、町民の方々は許容できないでしょう』
俺は、仮説を立てた。
輝く未来の会は、過去二回の地元住民との衝突を経験している。彼らの代表者、班目泉典は、説明会において地域との対立は望まないと説いていた。それは過去二回、問題視されたゆえに撤退……撤退という言葉がふさわしいかどうかわからないが、俺はそう感じた。
そこでだ。
彼らは、この二度の失敗から、学んだ。
そして、三回目の今回、まずは首長である村長を味方につけることにした。これは偶然か、狙ったかは不明だが、代表の同級生が村長をしているということ、過疎地ということで天露村に移住先が決まったのではないか。
次に、村議会への工作も進めた。村長派がそのまま賛成派となり、当初は拮抗していたが、移住が進むことで、賛成派の支持数が増えた。この結果が、去年の選挙だ。
ぞっとして、ノートブックを閉じる。
俺の妄想かと思いたいが、これまでの出来事……事実を踏まえれば、これはただの妄想と呼ぶには重すぎる。
一方で、わからないこともある。
どうして、神社にこだわるのだろう? 山岳信仰的なものが、自然との調和と繋がる云々という理屈はわからなくもないが……俺は、閉じていたノートブックを開き、これまでの二カ所を地図で表示した。
よくよく調べてみると、どちらの町にも、神社がある。どちらも、町の中心地から見て北側の立地で、山々を背負うように建っていた。
この村と、共通している。
考え過ぎかとも思ったが、正月の光景を思い出し、それはないなと感じた。
教団のウェブサイトにも載っていない、何かの理由があるのかもしれない。
正月、信者たちは神社へ長蛇の列を作っていた。
山を信仰するだけなら、神社である必要はない。
それなのに……。
スマートフォンが振動した。
ビビった自分に呆れながら、彩花からのメッセージだと表示された画面を見る。
同時に、午後八時近くになっていることに気づき、晩飯を作ろうと思いながら部屋を出て、階段を降りた。
メッセージアプリを開く。
『先輩、ごめんなさい。先輩に話すことじゃないって冷たいようなことを言ってしまって』
『ちょっと、しんどくて』
『疲れているんで、また連絡します』
『お店、来てくれてありがとうございました』
以前の彩花なら、こんな細切れで送ってくることはなかった。
どうしたんだろう。
お店、やっぱりうまくいってないのかな?
家の外が明るくなり、親父の車だとわかった。
俺は、『できることがあったら、遠慮なく言って』と返して、野菜炒めの準備を始めた。
-・-・-・-・-
一月十五日、金曜日。
彩花はシフトが休みで、俺は仕事終わりにお店に寄った。
店が閉まる五分前、午後七時五十五分だ。
店内の陳列棚を整理する彩花が振り返り、店内に入った俺を見た。
「いらっしゃ……いませ。お疲れ様です」
元気な声が、しぼんでいく反応につらさを感じるも、彼女を責めたくないので誤魔化すように笑顔を作る。
「ビール、きらしちゃって」
言わなくてもいいことを、口にする時点で言い訳がましいという自覚がある。
買い物目的じゃなく、彩花と話がしたいから、閉店間際を狙ったのだ。
彼女は、それがわかっていたみたいだった。
「すみません。閉め作業、三十分くらいかかるんです。待っていてもらえませんか?」
「じゃ、居酒屋行く?」
明るく誘った俺に、彼女は首を左右に振る。
今にも、泣きそうな彩花を見て、俺がこうして接することが負担なのだと感じた。
「外にいるから」
ビールも買わずに外に出て、車に乗る。
スマートフォンが振動し、開くと直哉からだった。
『これ、見てみろ。ふざけてる』
送られてきたURLは、ユーチューブにアップされている動画のものだとわかった。
開くと、タイトルが目に入る。
『限界集落の現実。彼らは親切を拒否する』
なんだろうと動画を開くと、見たことある風景を、男が撮影者と会話をしながら、歩いていた。
『実際、この村は崩壊間近なんよね。学校も在校生が小中で四十人いない。隣町の学校は遠いからということで、未だに残っているけど、税金の無駄遣い』
『村民からの税金でまかなってないん?』
『国からの補助金が出とるに決まってるがな』
男はそう言って、カメラへと顔を接近させた。
今時のファッションに身をつつみ、清潔感ある男だが、口から出る言葉は天露村を汚すものばかりだ。
医療、介護、教育、それらの崩壊と補助金頼りの自治を正そうと、現村長が支援団体を受け入れ、財政健全化と人口バランスの改善などに取り組んでいる。一方、地元民は排他主義者ばかりで、支援団体の協力を拒否するどころか、追い出すことを画策していると、その男は話した。
『勇気ある告発者から、俺んところに証拠動画が届いているから、皆観てくれ』
男がそう言うと、風景を背後に歩いていた動画が暗転し、証拠動画とやらが再生された。
俺は、思わず口を手でおさえた。
あの、反対派集会の様子が、映し出されていたのだ。それも、音声が加工されているとすぐにわかる。
『よそ者を追い出そう!』
『出て行け! よそ者は来るな!』
動画の中の俺たち……反対派の人たちは口汚く移住者を罵る声をあげていた。
高木さんは、『出て行け』と叫びながら拳を振り上げている。
俺たちは、『よそ者を追い出そう!』と連呼していた。
この動画を誰が作ったのかなど、わかるはずもないが、教団関係者が捏造したものだとわかる。
再生回数は……公開から一日で十万を超えていた。
これは……。
窓をコンコンとされ、慌ててスマートフォンを隠した。
彩花だと思ったからだが、違った。
小林が、立っていた。
窓を開ける。
「どうも」
挨拶をすると、彼は無表情で言う。
「閉店しています。車をどかしてください」
「……ちょっと知り合いに用だから」
「谷本さんにですか?」
「……お前には関係ないだろ」
小林はすっと視線を俺から逸らし、店の隣に立つ谷本家へと向かう。
直後、俺の視界に近藤が入った。
彼は、わざと車に触れるほどの距離に立ち、膝を折ると俺と顔の高さを合わせる。
そして、無表情で言った。
「小林様に無礼なんだよ、クソが。イチイチムカつく野郎だ、お前は――」
「近藤、来なさい」
小林の声。
近藤は、ぴたりと口を閉じると、俺の反応を無視して小林に続く。
彼らが谷本家の玄関へ立つのと同時に、店の自動ドアを開けて、彩花が出てきた。彼女は自動ドアに鍵をかけると、小走りに俺の車へと近づき、助手席を開ける。
「お待たせしました」
「いや、それより、あの人たち……」
俺が彼らを指さそうとした時、谷本家の玄関が開き、小林と近藤が招き入れられた。
俺は、見てはいけないものを見た感覚で口を閉じたままとなる。
「先輩……すみません」
「な……何があったの?」
「ちょっと……ここから離れませんか?」
「あ……うん」
車を出し、しばらく目的地などないまま走った。
村の南はしばらく山ばかりなので、自然と木佐呉方向へと向かう。
途中、待避スペースに車を停めた。
質問を、するのが怖い。
沈黙を破ったのは、彼女だった。
「わたし……更新されないんです」
「……え?」
「わたし、年明けに呼ばれて、更新はされませんって、言われました……」
彼女は顔を伏せる。
俺は、言葉を見つけることもできないほどに、動揺していた。
「お店も大変で……信用組合から何度も連絡が来ていて……返済のことで……ちょっとしんどいです」
俺は、『できることがあったら、遠慮なく言って』とメッセージした迂闊さを後悔した。
彩花なら、俺にできることなら、相談してくれたと思う。
だけど……今、彼女に降りかかっているものは、俺がどうこうできる問題じゃないことは明らかだった。
せいぜい、話を聞くことだけだろう。だけど、それをして何になる?
「ごめん。俺、何にもできなくて……」
「いえ、先輩は悪くないです。わたしが勝手に落ち込んで……」
実際、DHI重工ほどになると、社員一人の意見が人事に関係するなんてことはあり得ない。だけど、そうだとしても、申し訳なさでいっぱいだった。
「すみません。ちょっと……泣かせてもらっていいですか?」
彩花が、顔をあげた。
両目に、いっぱいの涙が溜まっている。
俺は両手で彼女を抱き寄せ、抱きしめた。
彼女が泣き止むまで、そうしていると決めた。




