第十二話
二月七日、土曜日。
休日出勤で、週明けの報告書を作成した。
昼前に工場を出て、村へと続く県道を車で走る。
引越し業者のトラックが、前を走っていた。
どうせ、教団関係者の移住者だろうとうんざりする。
最近、本当に教団関係者が増えたという実感があった……。
例の動画は、百万回を超える再生数となり、ネットニュースでも取り上げられている。
村議会議員の高木さんは、動画作成者に抗議をしていて、削除依頼を申し入れたそうだ。
しかし、それすら彼らはネタに使った。
『皆、聞いてくれ。削除依頼がきた! 真実を暴かれると都合が悪いらしい!』
『俺は負けん! 応援よろしく!』
こんなことを、拡散されている。
そして反対派は、こんな状況では集まることに抵抗が生まれ、活動は停止状態となっている。
動画のせいかはわからないが、直哉のお父さんは病状が悪化し、木佐呉の大きな病院に入った。そのせいもあって、農作業とおじさんのことでいっぱいいっぱいとなり、反対活動どころではない。
悪いことは、本当に重なるのかと思う。
家の駐車スペースに車を停めて、玄関に入る。ダイニングからは、テレビの音が聞こえてきた。
「ただいま」
親父がいるだろうと、ダイニングへと入りながら言うと、見慣れた後ろ姿にドキリとする。
「おう、おかえり」
正面に座る親父と、親父と向かい合って座っていた真帆が、肩越しに俺を見た。
「おかえりぃ」
「どうした?」
「おじさんに用事」
親父?
ダイニングテーブルの上には、親父のものと思われる手書きの図面と、キッチンやお風呂などのパンフレットが広げられていた。
「リフォーム?」
俺の問いに、真帆が頷く。
「そ。木佐呉のお店に行ってもいいんだけど、おじさんに電話したら家においでって言ってもらって」
ダイニングテーブルの上の図面を手にとった時、それが自然と目に入った。
週刊誌だ。
表紙には、あの動画の切り抜き画像とともに、見出しが躍っていた。
『限界集落の闇! よそ者排除の声に怯える移住者たち! 善意の支援を拒む村の正体とは!?』
「なんだよ、それ」
「ああ……これか」
親父が週刊誌を手にとり、パラパラとめくる。
「昨日、木佐呉のコンビニで見つけて思わずな……中身は薄っぺらいし、ほとんどが嘘だが……こんなものがよく紙面に載ったなと驚いたよ」
俺は親父から週刊誌を受け取り、記事を読んだ。
移住者Aという人が、村人から心ないことを言われて家族ともどもショックを受けていると、記者に話したらしい。他にも、移住者Bは移住後に介護事業で働いているが、村の老人のお世話をしていると、それをよく思わない反対派から乱暴な言葉をぶつけられたと記者に話したようだ。
しかしその記者は、反対派への取材はしていない。にもかかわらず、記者は記事で、反対派を保守的で排他主義者たちの集まりと、一方的に断じている。
「SNSでも、切り抜き動画があふれてる。わたしたちは、差別主義で排他主義で、滅んでも仕方ない奴ら呼ばわりされて当然みたい」
真帆の言い方には、皮肉と棘がたっぷりと含まれていた。
「高木も大変らしい。電話が鳴りやまないって怒っていた」
親父が言い、「だけど」と続ける。
「……木佐呉の同僚や部下が言うには……あっちの人たちはわかってくれている。あちらのほうにも、天露村の異常さは伝わっているみたいだけどな」
「……でも、拡散力という意味じゃ、SNSには勝てないから」
真帆が言い、湯呑を置いて俺を見た。
「彩花ちゃん、ちゃんと会ってる?」
難しい質問……。
あの夜の前に比べれば、少しはマシになってはいる。メッセージだけでなく、電話で話をする程度には回復している。
あの夜のことは、彼女にとって、本当は俺に話すつもりはなかった。だけど一人で抱え込み、悩んでいたことが、あの日、堤防が決壊したようにあふれ出してしまったんだろう。
「会ってないんだよ。連絡はとってるけど、いろいろと大変みたいで」
「トモに言ってもしょうがないけどさ……クビにする? あんないい子を!」
真帆の抗議に、俺は何も答えられない。
俺だって、自分に権限があったらしない。だけど、それってただの俺の都合というか、感情だ。
会社全体の人員計画だとか、業績だとか、部署ごとの採算だとか、組織の論理を前にすると、俺には何も言い返せない。
親父が腕を組み、ぼそっと言う。
「谷本社長みたいに、真面目に商売している人が、困る世の中ってのはつら……電話、すまん」
その言葉が終わる前、親父のスマートフォンが鳴った。
「――もしもし、お疲れさん。どうした?」
真帆が、俺の腕をパチンと叩く。
「何だよ?」
「連絡はとってるんでしょ?」
「とっているけどね」
彼女は何かを言いかけたが、俺の表情を見て、「ごめん」と言った。
親父が電話を終える。
「ちょっと……面倒くさいことになってる」
「何があった?」
尋ねると、親父が俺、真帆と見て口を開く。
「今晩、ニュース番組に村長が出演するらしい。村に何も知らせてなかったから、高木もさっき、知ったそうだ」
何を話されるか、わかったもんじゃない。
村長が、移住受け入れ推進の筆頭なのだから……。
嫌な予感しかない。
-・-・-・-・-
全国区で放送されているそのニュースに、リモート出演をした村長の東間は、開口一番、過熱する村の報道に苦言を呈した。
反対派の人たちに向けて、誠実に話し合いの場を設けて対応を重ねていることを伝え、アナウンサーからの質問を受け始めたのだが、ここまでですでに嘘がある。
村長は、村への説明をほとんどしていない。
したのは、去年の説明会のみだ。
次回開催は、またお知らせと言われたまま、開催されない状態で現在に至っている。
『東間さん、しかしこれだけ反対派の方々が過激な言動では、移住者の皆さんは不安ではありませんか? 村は移住者の安全を守らねばならないのではないですか?』
『その点については、ご指摘のとおりです。警察とも連携して、事件にならないように対処をしていく所存です』
テレビの前で、親父が唸った。
俺も、缶ビールを手にしたまま、その茶番を見守る。
『東間さん、反対派は移住者に宗教関係者が含まれていることに拒否感を抱いているということはありませんか?』
『過去、悲しい事件がありましたので、村民の皆様のお気持ちはわかります。しかし、信仰の自由は守られなければなりません。それを理由に転入を拒むというのは、道理に反しますから、こちらも説明を重ねるしかありません』
ひどい、内容だ。
これでは、天露村の反対派は、警察沙汰も辞さない乱暴者の集団だ。そして、宗教関係者を排除する人たちというレッテルを貼られたことになる。
しかも、そうと言ったのは、村の首長なのだ。
俺は、口を開いていた。
「親父……」
「うん?」
「これ、弁護士を雇わないとダメだろ」
「……反対派でか?」
「そう。高木さん、大変なのはわかるけど、事務的な手伝いなら、仕事が終わってからとか、俺がやるよ」
「……電話してみる」
親父が、外に出る。
おそらく、煙草を吸いながら電話をするんだろう。
村長は、画面からこちらを見て、訴えていた。
『天露村は決して、危険な村ではありません。一部の反対者の方々の活動が、あのような形で拡散されてしまっただけなのです。多くの村民は、移住受け入れに理解を示し、協力してくださっています。そして、反対されている方々も、決して悪意があるわけではないと私は信じております。ただ、急激な変化に戸惑われているだけなのです。どうか皆様、誤解なきようお願い申し上げます』
こいつは、最低の村長だ。
しかし、これはこの男の意思じゃない。
こいつは、ただ言わされているだけ。
輝く未来の会が、この男を使っているだけなんだ。
親父が戻って来て、ドスンと椅子に身を沈めた。
疲れた様子に、またよくないことかと身構える。
「どうした?」
「弁護士の件、動くそうだ。ただ、反対派の活動は中止だ」
「……」
「高木は、村の反対派の人たちが、生活できなくなるのが怖いらしい……高木個人が、弁護士を雇って対応すると言っている」
「そうか……でも、高木さんの手伝いがいるだろ? 俺が――」
「ダメだ」
「どうして?」
「お前はダメだ。俺がするから、お前は少し離れろ」
親父は厳しい表情で言い、俺を見た。
「……子供扱いか?」
「そうだ。お前はこっちはいいから、彩花ちゃんに連絡してみろ」
「こんな時に……」
親父はそこで、溜め息混じりに声を吐き出す。
「高木から聞いた……」
「何を?」
「谷本食品店、教団が買ったぞ」
俺の手から、缶ビールが落ちていた。
床に落ちた缶から、ビールがこぼれ出て、広がっていく。
親父が何か言った気がしたが、耳に入らなかった。
こぼれたビールが、俺の足に触れる。
冷たさで、俺は我に返った。
「……え? 嘘だろ?」
「谷本さんから、高木が聞いた。株を売ったと……昨日、らしい。借入も全て、教団が引き受けたらしい」
俺は、脳裏にあの夜の光景を描いた。
谷本家を、訪ねる小林と近藤。
二人は、招き入れられていた。
-・-・-・-・-
午後十時過ぎ。
懐中電灯を持って、村の中心部まで歩く。
途中、何度も白装束の連中とすれ違った。
理由は、わかっている。
あいつらは、どういうわけか、夜になると天露神社の境内に集まるのだ。
ふと、知った顔がいると気づいた。
相手は、俺と気づいて顔を逸らす。
村の……人だ。
名前はわからないが、顔は見たことがあるという程度。
どこかのお店で……居酒屋だ。
橋をわたって、まだ明るい居酒屋の前を過ぎたあたりで、メッセージが届いた。
『駐車場に、います』
彩花からだ。
会いに行くとだけ伝えて、返事を待たずに家を出ていた。
断られても、家の前から電話をしようと思っていた。
それほどに、どうしても会いたかった。
谷本食品店という看板が、見えてきた。
駐車場に、白いダウンパーカーを着た彩花が立っている。
「ごめん、急に」
「いえ……どうしたんですか?」
「……歩かない? 夜の散歩」
「……はい」
俺は、わざと彼女の手を握る。
嫌がられなかった。
キュッと、力を込めてくれた。
どこに行くかなど、決めていない。
橋のところで、水の流れる音に足を止めた。
胸までの高さがある欄干へと、俺が身体を預けた。
彼女も、俺の横に立つ。
どう、話せばいいのかと迷い、自然と上を見上げた。
東京に住んでいた時は、まったく気にしていなかった夜空が広がっている。
「キレイ、ですよね」
彼女も、夜空を見上げていた。
俺は、彼女の横顔を見つめて口を開く。
「会社のことで、ギクシャクさせてごめん」
俺は、思うところを口にした。
彩花が何かを言おうとしたけど、俺は遮るように続ける。
「何にもしてあげられなくて、ごめん」
「先輩が……悪いわけじゃないですよ」
「お店のこと……」
「……」
彼女の、まつげが揺れる。
「聞いた……親父が高木さんと仲がよくて……聞いたんだ」
彩花が、俺を見た。
「先輩に……なんて話したらいいのかなって……悩んでいたんですけど……」
「俺は、何にもできなかった……ただ、君を好きになっただけの、何もできないダサい男でごめん」
「先輩、謝らないでくださいよ、わたしが責めてるみたいじゃないですか」
彼女はそう言うと、小さく息を吐き出す。
そして、こう続けた。
「仕方なかったんです。契約更新されないってことも、先に辞めさせられた人たちのこと、知ってました。皆、やっぱり四年目のうちに切られていたんです。さっさと諦めて、早くから他の仕事を探せばよかったんです」
「ちがう……」
「お店も、しょうがないです。皆、やっぱり大きなスーパーが便利で安いし。でもお父さんはなんとかしようと無理をして……もっと早くに諦めていればよかったのに……続けられないってことはわかっていたのに、認めたくなかったんです」
口を閉じた彩花は、さっぱりとした表情だった。
彼女が、言う。
「先輩、すみません……わたしはあの店の従業員になるので、反対派の活動を応援できなくなっちゃいます」
俺は、胸がしめつけられる苦しさで、呻いていた。
「……よかったら、お店……また来てください」
彩花はそう言うと、俺の頬にキスをした。
彼女の唇は、驚くほどに冷たかった。
驚きで固まった俺に、彩花は一瞬だけ、儚い笑みを見せると、くるりと背を向けた。
そして、離れていく。
俺は、彼女を追えない。
彼女は、暗闇の中でも目立つ白い服で、歩いていった。
一人、俺はそこに立ったまま。
彼女が、完全に見えなくなってから、ふたたび、夜空を見上げた。
-・-・-・-・-
二月十日、火曜日の朝。
その連絡が入った。
スマートフォンには、東京支社にいた時の上司……の上司である川村本部長からの着信が表示されている。
「もしもし、お疲れ様です。村上です」
『お疲れ様。元気か?』
「はい、なんとかやっています」
『そっちはどうだ? なれたか?』
「ええ。もともと、地元ですから」
『そりゃそうだな』
電話の向こうで、川村本部長は機嫌がよさそうだ。
俺は席をたち、休憩スペースまで歩く。
『ちょっと早いが、井上がお前を早く戻せとせっついていてな。四月から』
井上課長が……。
『どうだ? 基本的に二年、現場を知ってもらおうと思ったが、俺も突き上げられてな。工場長はお前を残してくれと言っているが、お前の気持ちを聞こうと思って』
東京支社に、戻れる。
本来であれば、飛びつく話のはずだ。
大喜びで、東京支社に戻ります、と答える話だ。
でも、俺はどうしてか、悩んでいた。
東京支社に戻りたい気持ちはある。だけど、親父や親友、その家族がおかれている状況を、見捨てて戻りたいとは思えない自分がいる。
母さんとの記憶。
村での思い出。
『どうした?』
俺の沈黙に、本部長が困惑したように問うてきた。
土曜日の、去り際の彩花が脳裏に浮かんだ。
儚い、笑み。
俺は、自分の心に従おうと決める。
「本部長、申し訳ございません。私はまだ、こちらにいたいです」
『……そうか』
「はい。申し訳ございません」
『理由を、教えてくれないか?』
仕事の話ではない。なんて言えばいいのかと迷ったが、もともと嘘は苦手だし、お世話になっている川村本部長には正直に話そうと決めた。それで呆れるような人ではないと、俺にはわかっていたから。
「実は……実家の村が大変でして。ニュースで、ご覧になっていませんか? 移住反対で叩かれている村のこと」
『あ! そうか……木佐呉の隣……』
「ええ、そうなんです。地元……なんです」
俺は、これまでの経緯を簡単に説明した。
ただし、あくまでも父親や親友が大変だからという理由にしている。
「……こんな理由で笑われても仕方ありませんが……申し訳ございません」
本部長は少しの沈黙の後、笑った。
笑われるとは、思っていなかった……。
『ははは……君はそういう男だったか? おもしろいな』
「……すみません、いろいろとあって、もしかしたらおかしくなっているのかもしれません」
『いや、いいよ。村上はそのほうがいい。わかった……』
川村本部長は、一呼吸おいて続ける。
『ただし、困ったら俺や井上に連絡するように。約束だぞ』
「……ありがとうございます」
俺は、躊躇いながらも口にしていた。
「本部長、図々しいお願いかもしれませんが、弁護士の先生を、ご紹介いただけないでしょうか。顧問の……」
『渡邊先生のところ? ……そうか、わかった。先生にメールをいれておこう。君をCCにいれておくから、連絡をとったらいい』
「ありがとうございます」
電話を終え、休憩スペースのソファに身体を沈める。
俺は、東京には戻らない。
田舎で、何もなくて、不便で、嫌で仕方なかった村だけど、生まれ育った場所だ。
親友がいて、親父がいて、母さんの記憶の風景の村。
俺の、故郷だ。
そこを、よくわからない奴らに、好き勝手されてたまるか。
俺は、そう誓っていた。




