第十三話
四月六日、月曜日。
俺はこの日、仕事を休んでいた。
宏君の、入学式があるから。
直哉から、宏君が俺の参加を希望していると聞き、サプライズでお祝いのおもちゃを持って登場しようと決めていた。そして、新入生たちとその家族が、体育館からグラウンドに出て来るのを、駐車場で待っている。
メッセージが届いた。
『もうすぐ、終わる』
直哉からだ。
無事に、入学式が終わる。
スマートフォンの画面を見ていると、後ろから声をかけられた。
「村上さん」
聞き覚えのある声で振り返ると、小林がいた。
そして、金魚のフンのように近藤もいる。
俺はムカつく内面を完璧に隠し、もめごとを起こしたくない男を演じる。
「どうも」
挨拶をすると、無表情の小林がつかつかと俺の前まで来て、止まった。
「お子さんがいましたか?」
「友人の子供のお祝い」
「なるほど。この村では子供は貴重です。皆で守っていかねばなりません。他人の子であっても、その成長を祝うあなたは立派だ」
無表情で言われると、馬鹿にされているとしか思わない。
「どうも」
話は終わりだとしたかったが、小林は去らない。
「そういう意味では、そろそろあなたも相手を見つけて子供を作られたほうが自然なことではないでしょうか?」
まさか、この男から結婚の心配をされるとは……。
「私ども、輝く未来の会では未婚の信者同士をマッチングするサービスもございます。よかったら、ご参加なさいませんか? 入信なさるかどうかは、それからご判断いただいてかまいませんよ」
「いや、遠慮しておきます」
「そうですか。では、気が向いたらいつでもお声がけください。近藤」
「はい」
「私の名刺を村上さんに」
「はい、かしこまりました」
近藤が、無表情ながら目だけをギラつかせて俺の前に立ち、名刺を差し出した。
『輝く未来の会 青年部理事 小林宗一郎』
俺は癖で、両手で受け取る。
「すみません。俺は休みで名刺がなくて」
名刺をもらったら、名刺を返す。
ビジネスマナーが染みついた俺の言葉に、小林は無表情なのに笑い声を発した。
「はっはっは。おもしろい方です、村上さんは。失礼します」
小林が去り、近藤が離れ際、俺だけに聞こえる声量で言う。
「入れよ。俺がしつけてやる」
「どうも」
相手にしないことを徹底した俺を、近藤は一瞬だけ睨み、すぐに表情を消した。そして、離れていく小林へと小走りで追いつく。
二人は、校舎へと向かって行く。
受け取った名刺を、見た。
本部所在地は、東京都千代田区のもので、代表番号も〇三で始まる番号だった。
携帯電話の番号……これは本当に、小林に通じるのだろうか?
スマートフォンを操作して、名刺の住所を検索すると九段下駅近くのオフィスビルだ。
ここで、明るい声が聞こえてきた。
「あー! トモおじちゃん!」
「トモお兄さんだ!」
俺は笑顔で、訂正した。
駆け寄ってくる宏君を、両手を広げて迎えた俺だったが、その光景にギョっとした。
入学式の会場から、グラウンドへと姿を見せた新入生たちの多くが、白装束だったのだ。
宏君に続いて、直哉と菜々美さんが俺へと歩み寄る。
「おー、ありがとうな」
「あ……ああ」
俺の視線を追った直哉が、笑みを消して頷く。
菜々美さんが、俺に抱き着く宏君の頭を撫でながらぼやいた。
「心配……」
宏君だけが笑顔の四人。
「おじちゃん! 一緒にご飯いくよね!?」
「ん? ああ、行くよ」
「ハンバーグ! ハンバーグ!」
「じゃ、ご馳走しようかな」
俺はわざと、明るい声を出す。そして、車の鍵をリモコンキーで解除した。
「トモおじちゃんの車がいい!」
「ごめん、シートがないんだよ」
「えー!!」
チャイルドシートがないので、かわいそうだけど乗せてあげられない。
「じゃ、木佐呉の店で合流な」
直哉に言われ、頷きながら車に乗り込む。
エンジンをかけ、グラウンドをもう一度、見た。
白装束の子供と親たちが、集まってお祈りをしている。
俺は、真帆にメッセージを送った。
『夜、飯どう? 話したいことがあるんだ』
既読にはならない。
入学式の後で忙しいだろうと思い、車を加速させた。
-・-・-・-・-
入学式の夜。
真帆の希望で、居酒屋ではなく家飲みになった。
直哉の家にはなんだかんだとお邪魔しているが、彼女の家に入ったのは中学生以来かもしれない。
天野家のリビングで、真帆の両親が野球中継を観戦している。その隣、ダイニングテーブルで瓶ビールを注ぎあった。
「ごめんね? 家で。居酒屋だと、誰に聞かれているかわかったもんじゃないから」
「そうだな……お前、先生だからな」
「そう。子供たちは、悪くないんだもん」
真帆は言い、俺がしたい話はわかっていると伝えてきた。
野球中継を見ていたおじさんとおばさんが、こちらをちらりと見た。おそらく、二人とも娘のことを心配しているのだろう。
「びっくりしたよ。三月に……入学生の人数が二十人って知らされて、ええ? って思って、でも宏君や真君、南地区の子らをいれても六人だったよねって思ってたのよ。そうしたら、教団の子供たちが十五人」
真帆はそう言い、グラスのビールを飲み干す。
俺が注いでやると、受けながら話を続けた。
「ありがと。それに真君……て知らないか。宏君と仲がいい子がいたの、幼稚園で……その子は三月に、山梨のほうに引っ越したって……たぶん、避難だよ。反対派の家だったから」
「……てか、基本的に村の人たちは反対派だよな」
俺は言い、おばさん特製の卵焼きに大根おろしを乗せながら続ける。
「……村役場で働く人たちは、本心は別だけど反対しづらいよな」
「ま、そだね」
「あと、村長と仲がいい村の南側の人たち……村長の支持基盤はあっちだから……といっても、こんなことになるなんて思っていなかったんじゃないかな……で、何が言いたいかというと、村の人たちだけに限ると、反対派のほうが実は多い」
「……もう、少数派になっているけどね」
俺は頷き、ビールを飲んでから考えを伝える。
「……村議会選挙に行かなかった人たちもいて、反対派は統制がとれていなかった……露田のおじさんが反対派を集めるまでは」
俺は空いたグラスに、手酌した。
真帆は、こいつは何を言いたいんだ? という顔で俺を見ている。
「反対派が集まるってことを、どこかで聞いた賛成派……ま、はっきり言って村長だ。村長と教団代表の班目は、危機感を持った。これまで、反対していた人たちはバラバラだったからこそ、やりやすかった。でも、まとまられると厄介だと感じたんだ」
「それで、ああいうことをしたって言いたいの?」
「ああ、活動はしづらくなり、集まることも躊躇う……今も、再生数を稼ぎたいユーチューバーみたいなのが村をうろうろしているし、反対だって口にすると、ネットで叩かれる……家にまで来られるなんて、悪夢だろ?」
「高木さん、大変みたいだね」
高木議員は、自宅住所までネットでさらされていた。
だが、彼は弁護士を紹介した俺に、こう言った。
『私は絶対に負けない。こんな嘘、捏造に負けたりしない。逆に、こうすることで村長と教団は墓穴を掘った。私に反撃の材料を与えてくれたんだから』
高木さんの言葉を、真帆に伝えると感心したように目を見張る。
そして、瞬きをして口を開いた。
「高木さんは、やっぱり! て思うけど、あんた、どうしたの? 弁護士紹介したって……あんたらしくない」
「……嫌だろ? 地元が荒らされるのは……何年後か、今を振り返って、あの時は大変だったねと笑えるようにしたいから、できることをしようと思った」
真帆は笑い、笑われて不満の俺を見てさらに笑った。
おじさんとおばさんも、つられて一緒に笑っている。
「そんなに笑うところか?」
「ごめん! あははははは! ……ごめん! いや、あのトモがと思うと……ごめんごめん」
「ごめん、が軽いよ」
「ごめんごめん」
ごめんが、やはり軽い。
俺は、真帆には言っておこうと思い、笑いすぎて涙目の彼女を見た。
「週末、教団が過去に移住しようとしていた山梨のほうの……弾正町ってところの議員に会う」
「え? アポ、とったの?」
「ああ」
俺はそこでビールを飲み、固まった真帆から視線を逸らした。
テーブルの上に置かれた、自分の左手を見る。
「この村のことを伝えると、すぐにわかってくれた。会ってくれるって、言ってくれたよ。あっちで、教団は何をしていたのかを、教えてもらおうと思って」
「……気をつけてね。村上のおじさん、高木先生の手伝いをしているの、皆が知っていることだし、あんたまで反対派の動きをあからさまにすると、目をつけられるんじゃないの?」
俺は、小林の顔を脳裏に描く。
あの無表情の裏で、何を考えているんだろうか?
「ともかく、やれることはやる」
俺はそれだけ言って、焼き鯖に箸を伸ばした。




