第十四話
四月十一日の午後一時過ぎ。
十三時半の約束だったが、予定通り早く到着することができた。
ネットで検索した時に、ニュースの動画でインタビューに応じていた女性議員は、弾正町の町議会議員で、山村美佳子さんという。
山村さんは、俺が電話をした時、最初は驚いたが、すぐに理解を示してくれて、会うと言ってくれた。
弾正町は、天露村によく似た自治体だ。
ネットで調べた限り、ここも過疎化が進んでいる。そして、山々に囲まれた場所にあり、集落の北側には神社があった。その神社の駐車場に車を停め、境内へ入った。
約束の時間まで、時間を潰そうという理由だ。山村さんの事務所まで、ここから車で二、三分だった。
掃き掃除をしていた女性に、会釈をして本殿を眺めた。
地域の氏神様、という存在なのだろう。
こういう時、以前なら境内の隅っこで煙草を吸っていたなと思い、ニコチン中毒から脱出できたと改めて思える。
あと、十五分。
そろそろ、行こうと思い車に戻った。
そして、車一台が通過するのがやっとという道を走り、町の中心地と思われるエリアに入る。
潰れたガソリンスタンドの事務所が、山村議員の事務所だった。
車を停めると、事務所のドアが開き、女性がこちらを見た。
動画に出ていた、山村議員本人だとすぐにわかる。
「村上さんですか?」
「はい! お世話になります」
俺は車から事務所まで、小走りで向かいながら応える。
事務所の中に通されると、山村議員が二人掛けのソファを勧めてくれた。そして彼女は、事務所の奥へと姿を消して、お茶のペットボトルを持って戻ってきた。
感謝を伝えて受け取る。
「輝く未来の会、今はそちらを狙っているんですね?」
山村議員の質問は、確認だ。
「はい。もう、かなり負けています」
負けています、という言い方がふさわしいかなど、気にならなかった。
「お掛けになってください」
改めて勧められて、俺はソファに腰を落とす。
彼女は、正面に座ると口を開いた。
「彼らのやり方は、想像がつきます。善意の協力者を装い、移住してきます。そして、だんだんと数が増えて、村の人たちが困惑するほどに……一番、困ったのは、川の水を独占されたことでした」
「川の水?」
山村議員は、用意していたらしい町の地図をテーブルに広げた。
「このとおり、田んぼがたくさんありますでしょ?」
「ええ……俺のところと同じです」
「多くの田んぼは、川からの水を引き込む水路から、水を得ています。その水が、教団の人たちに奪われたのが、反対運動のきっかけでした」
山村議員は、当時のことを話してくれた。
教団が買い取った土地は、町の北側に位置する放棄された耕作地だったが、その土地の近くを弾正川が流れていた。
彼らは自分たちの田んぼへ、水を引き入れるために水路を新たに増やした。
弾正川は、北の山から南へと流れている。
結果として、弾正川の上流から下流への水量が減り、町の下流域では田んぼに水が足りないという問題が発生したという。
下流域の農家が抗議に行くと、水路を整備しただけだ、と言われた。
「彼らはさらに、こう言いました……荒れた農地を再生しているだけです。水を使うなと言うのは、移住者に農業をするなということですか……と」
言いそうだな、と俺の脳裏に小林が描かれる。
山村議員は、一呼吸おいて続けた。
「幸い、町長が反対派の意見を尊重して……でも移住を行政で止めることはできないので、町の人たちが決起して、移住者へデモをおこなって、抗議集会を彼らの土地の近くで開いたりしたんです。それでマスコミがニュースにして……居づらくなったみたいで、しだいに他所へ移っていったんですよ」
山村議員は、そこでお茶へと手を伸ばした。
俺が、天露村の状態を伝える。
事実だけを、淡々と伝えるように努めた。
最初は、過疎化にはどめをかけるために、村長主導で移住受け入れが始まったこと。
そして、次第にその数が増えて、村の人たちが違和感を抱き始めた。
決定的な出来事は、村議会選挙において、移住賛成派が多数をしめる結果となったことだ。
それから、村の中にも、教団に入信する人たちが出始めた……。
「入学式、教団関係者の子供たちが十五人で、もともとの村の子たちが五人でした」
山村議員は黙って聞いていた。
俺が、ペットボトルのお茶を飲むと、彼女が両手を膝の上で揉みながら言う。
「村上さん、天露村には神社がありますよね?」
俺は、お茶を飲む動作を止めた。
山村議員は、俺の目をじっと見て続ける。
「夜、彼らはそこに、集まっていませんか?」
「……ここでも、そうだったのですか?」
山村議員は立ち上がり、自分のデスクの引き出しを開く。そして、ノートを一冊取り出すと、俺の前に広げた。
「これは、教団に入ったフリをした反対派の人が、届けてくれたものです」
「……スパイ、みたいなことを?」
「……」
山村議員は答えず、ノートに視線を落とす。
俺は、ノートに書かれた文字を読んだ。
読みながら、自然と手を伸ばし、ノートを手にしていた。
パラパラと読み進めると、空白の頁が多い。
山村議員が、説明が必要ねと言い教えてくれた。
「これ、その木下君が書いたものなんだけど、ご覧のとおり、隠れて書いていたから、文章になってなかったり、頁がとんでいたり……断片的なのは諦めてね」
たしかに、こっそり覗いたものや、盗み聞いたことを忘れないうちに、隠れて書くというのは、焦るだろうし、いちいち頁を探している暇なんてないだろうと思う。
どうして、神社に夜、集まるのか。
彼らは、天露神社は山岳信仰であるから教義に反しないということで、神社のことは認めていた。だからといって、夜に集まるのはどうしてだろう? 集会で集まるのに、適当な広さの場所が無かったから? そんなことを、勝手に想像していた。
「わたしたちの町の神社、小峰山神社は集落の北側にあり、山を背に建っています。彼らはここに来る前、静岡のほうにいたみたいで……わたしは彼らのことを調べるために、その静岡の高塔町のことを調べたのですが、同じく集落の北側に神社がありました」
山村議員の話を聞きながら、俺はノートに書かれた内容を拾うようにして読む。
ノートには、乱れた字で短い言葉が並んでいた。
山を背負う。
玄武。
北から南へ水の流れ。
清められた場所。
ミライを迎える。
これらの言葉の横に、赤いペンで丸がつけられている。
「彼らは、そういう場所を探しているみたいなんです。彼らが未来と呼ぶ、彼らにとっての神様を呼び出すために、そういう立地を求めているようなんです」
「……こ……この、内容を、彼らは本当に信じているんですか?」
「出家信者の中でも、コアメンバーしか知らない内容だと思いますよ。これを調べた彼も、コアメンバーから聞いた以外、他は誰も知らなかったと言っていました」
「……あの、これをどうして、公にしなかったのですか?」
「村上さん」
山村議員は、俺をまっすぐに見る。
「……仮にわたしがこれを世間に発した場合、わたしの頭がおかしいと思われますでしょ?」
「……」
「反対するにしても、そんな妄想めいたことを持ち出して批判するのかと、言われて笑いものにされますよ」
「これ、写真をとってもいいでしょうか?」
「……いいですよ」
俺は、ノートを写真にとりながら、もしやと思い口にしていた。
「あの、これを記した人に、この内容を話したコアメンバーは、班目ですか? それとも、小林ですか?」
山村議員は、首を左右に振った。
「いえ、誰から聞いたかということを、木下君は教えてくれませんでした」
「彼はどこに? この町にいるなら、会いたいです」
「……いません」
俺は写真を撮る作業を止めて、ため息をついた山村議員を見た。
「……何か、あったんですね?」
彼女は、頭を軽く振ると、再び両手を揉みながら口を開く。
「これをわたしに渡した後……また教団へと戻って行ったまま、会っていないんです。連絡も、つきません」
「それ……って」
「わかりません。信者として、教団の中にいるのか……逃げ出したのか……わからないんです」
山村議員はそこで、視線を転じる。
事務所の窓、カーテンは開かれていた。
田んぼが広がるのどかな景色。
神社が、よく見えた。
-・-・-・-・-
天露村へと戻って来た時、時刻は午後五時過ぎだった。
家に車を停めて、そのまま神社へと向かう。
自然と、頭の中に村の地図を書いていた。
天露村は、山々に囲まれた盆地にある。そして、ほぼ真ん中を、天露川が流れていて、それは北の天露山から南へと流れている。村の中心地からみて、俺の家と神社はほぼ北側で、教団関係の移住が多いのも、北側だ……実際、うちの周囲の空き家は、今ではほぼ教団関係者に貸し出しされていた。
鳥居が、見えてきた。
階段をあがり、境内広場に入る。
天露山を背に、南側を正面に立つ社へと歩いた。
灯籠、狛犬……見慣れたはずの景色が、不思議と緊張を強いてくる。
空気が、以前とは違うような気がするのは、俺があのノートを読んだからか?
社殿の近くで、振り向く。すると、村の中心地よりもやや高台になっているここから、村の景色は一望できた。
遮るものがない田舎だから、というのもあるだろう。しかし、学校や村役場といった、三階建ての建物は、神社の正面を避けて建てられているように感じる。
まっすぐ奥には、高坂寺の門が小さく見えた。
俺は、もしかしたらとスマートフォンを操作する。そして、航空写真で、弾正町を上空から見た。
やはり、だ。
弾正町にも、神社の正面……町の南側にはお寺があった。
お寺の南側には、墓地が広がっているところまで共通している。
「おや? 教団の奴かと思ったら、トモ君じゃないか」
「おい、トモ!」
見れば、高木さんと親父、それから数人の男性。
皆、手に竹ぼうきを持っていた。
「戻って来てたのか」
親父が言い、俺は頷く。そして、高木さんを見た。
騒動の中心だというのに、全くやつれた様子はない。逆に、ギラギラしている印象を受けた。
「町議会の議員さん、どうだった?」
高木さんの質問に、俺はスマートフォンを差し出しながら応える。
「会ってよかったです。ただ、ちょっと説明が難しいことがありまして」
俺の顔を、二人が怪訝な表情で眺めた。
見てもらったほうが早いと思い、ノートの画像を二人の前に出す。
「これ、教団にスパイとして入った町の人が残したノートに書かれていたこと。どうぞ」
高木さんが受け取り、画像を拡大して読む。それを、親父が覗き込んだ。
「輝く未来の会の、未来とは、未来ではない? ミライ……音が一緒だが、意味は違う……なんだ、これは?」
顔をあげた親父に、俺はスマートフォンを見て答える。
「読めば、書いてある……あいつら、やっぱりまともな奴らじゃない」
ミライ。
俺は、未来だと思っていた。
輝く未来の会、とは当然、そういう意味だと受け取っていた。そしてその活動も、未来のために行うもの……環境保護活動に近いものだと思っていたが、違った。
彼らは、環境保護や過疎地再生を掲げる宗教団体ではない。
少なくとも、中枢にいる連中にとっては違う。
多くの信者は、本当に未来のために活動していると信じているのかもしれない。しかし、コアメンバーは違う。
彼らは、ミライという何かを迎えるために活動している。
竹ぼうきで掃除をしていた面々が、自然と俺たちの周囲に集まり始めた。そして、親父が彼らに話すことで、皆、不安と不満を口にし始める。
「これは、どうしたらいい?」
「発表したところで……藪蛇じゃないか?」
「どうして今まで気づかなかったんだ? ったく、俺たちは皆、二重に騙されてたのか」
「高木さん、どうする?」
高木さんは、俺にスマートフォンを返しながら口を開く。
「まずは、渡邊先生に話す。それから、各自、今以上に気をつけよう。一人で行動しないこと……相手は、カルトだぞ」
高木さんはそう言うと、親父を見た。
「すまん、煙草くれ」
「……禁煙、成功してたのに」
親父はそう言うも、高木さんに煙草とライターを差し出す。
高木さんは、震える手で煙草を受け取り、口にくわえた。
火を点けようとしても、ライターがうまく点かない。
親父が代わりにライターに火を点ける。
高木さんはようやく煙草をひと吸いし、紫煙を吐き出すことができた。




