十月二十五日 〇〇一
十月二十五日、土曜日。
この日は、秋祭りだ。
別に興味はなかったが、彩花が屋台を出すらしく、顔を出してみようかと思った。
「両親はお店があるんで、毎年、わたしがクレープの屋台を出してるんです」
工場の食堂で、ランチが一緒になった時、彼女が言っていたのである。
秋祭りの会場は、天露神社だ。
さびれた村の北端に位置し、山々を背負うように立つ本殿は歴史があり、立派なものだ。
鳥居が見えてきた頃、向こうから歩いてくる家族連れは、直哉家族だとわかった。
「あ! トモおじちゃん!」
「おじちゃんじゃない。トモお兄ちゃんだ!」
直哉の子供、宏君がニコニコで俺に駆け寄ってくる。わざと逃げるフリをして、宏君を笑わせた。そして、直哉の奥さんの菜々美さんに挨拶をして、直哉の肩にグーパンをぶつける。
「いてぇな」
笑顔の彼に、グーパンを返された。
宏君と俺が手をつなぎ、一緒に鳥居をくぐる。この子はどうしてか、俺に懐いてくれている。直哉の家に行くたびに、お菓子やおもちゃをプレゼントしているからかもしれない。逆に、懐いてくれているので、プレゼントを欠かさないという面もある。
甥っ子みたいな存在、といえば、ふさわしいだろう。
「珍しいな、お前がお祭りなんて」
直哉に言われて、どうせ後でばれるとわかっているので正直に言うことにした。
「谷本さんが、屋台を出すっていうからさ」
「谷本? ……ああ、谷本彩花ね。なんだ、お前の相手って彩花か」
直哉はそこで、意味ありげに微笑む。その隣で、菜々美さんが口を開いた。
「食品店の?」
「そうそう、谷本食品店の」
直哉が補足し、二人が同時に俺を見た。
彼らの目を見れば、聞きたいことはわかる。
「いや、付き合っているというわけじゃないので」
「お前、まだなの? 奥手というより根性なしだな」
直哉のからかいに、菜々美さんが彼の腕を肘でつついた。
「あんたも、わたしを誘わなかったじゃん。わたしが誘ったら、しかたないみたいな顔でさ、待ってたくせに」
「……んなこたぁないよ」
「あったよ」
お前もかよ、というつっこみは入れず、宏君が転げないように階段をのぼり、境内広場に入る。そこには、いくつかの屋台が出ていたが、彩花が開いているクレープ屋はすぐに見つかった。
同時に、その屋台も目に入った。
クレープ屋の隣に、白い屋台が出ていて、教団関係だと言われなくてもわかる。
嫌な予感で、直哉に注意をしておく。
「おい、揉めるなよ?」
「……ほんと、やめてよね?」
菜々美さんにも注意されて、直哉はブスっとした顔で頷いた。
「宏君、クレープ食べる?」
「食べる!」
宏君を連れて、クレープ屋へと近づくと彩花が俺に気づいた。
「あ! 先輩、来てくれたんですね!」
「うん、宏君、どれ食べる? ……この子は親友の子供」
「可愛い!」
「おじちゃん!? 頼んでいい?」
「お兄さんな? 好きなもの頼んで」
クレープを前にワクワクする宏君は、メニュー表とにらめっこをする。その後ろに、直哉夫婦が立ち、一緒にメニュー表を眺めた。
「あ、露田さん。お世話になってます」
彩花は、直哉を知っていたようだ。
「こちらこそ。お父さんにもよろしく伝えて」
挨拶をした直哉が、俺を見た。
「野菜、卸してんだよね。助かってる」
「ああ、それで」
「ぼく、イチゴチョコとバナナチョコにする!」
宏君の元気な声で、俺たちは自然と笑った。
「ふたつも!?」
俺が大げさに驚いてみせ、宏君は大きくうなずく。
「食べきれない量を頼むのはよくありません」
その声は、隣の屋台に立つ若者のものだった。
俺たちは、同時にその男を見る。
ひょろりと背が高い若者、大学生くらいかと思われるその男は、宏君をじっと見ていた。
宏君は、叱られたと感じたらしく、しゅんとして俺の後ろに隠れる。
「あの、小林さん、ご遠慮願えますか?」
彩花がその若者に、そう注意をしたが、直哉の怒りは今にも爆発しそうだ。
俺は、少し早口で言う。
「俺と、この子が食べるんだ」
その男は、宏君をじっと見たまま、口だけを動かす。
「では、いいと思います。子供の我儘で食べ物が粗末にされるのはよくないと思いましたが、貴方が責任をとって食べるというのであれば、未来も貴方を許すでしょう」
カチンとくる物言いだが、俺が怒るわけにはいかない。
俺は直哉に、目で何も言うなと合図をし、宏君の頭を撫でた。
「一緒に食べようね? 谷本さん、イチゴチョコとバナナチョコ、お願いしていい?」
「あ、はい! ありがとうございまーす」
わざと明るい声を出した彩花は、俺たちに目配せをしてクレープの用意を始めた。
少し離れた場所へと移動し、クレープの出来上がりを待つ。
「なに? あれ……感じ悪い。わざわざ子供にド正論を言うかな?」
菜々美さんがここで、俺たちだけに聞こえる声量で言った。
「ったく、ああいうのが増えるから迷惑だって反対してんだよ、こっちは」
直哉は、あの男にも聞こえる声量をわざと発した。
しかし、あの男はまっすぐ前を向いたまま、動かない。
何の屋台かと、改めて見ると、どうやら教団のパンフレットを並べているようだ。
社殿の床下から、白い猫が出てきてその若者へと近づくも、彼は足先で猫を近寄らせまいとした。白猫は、若者を見上げて威嚇している。
若い男……小林さんと、彩花に呼ばれていた男。
「お待たせしましたぁ」
彩花が、両手にクレープを持って駆け寄ってくる。
菜々美さんがクレープを受け取り、俺が千円を出した。
「はい、ちょうどね」
「ありがとうございまーす!」
「あれの隣、大変だね?」
俺が気遣うと、彼女は苦笑した。
「しかたないです。皆が嫌がって、仕方なく。うちのお店が、幹事なんで」
「貧乏くじだね?」
「でも、さっきのは驚きましたけど、別に悪い人じゃなかったですよ? 屋台のテント、張るのをお願いしてなくても手伝ってくれて」
「へぇ」
気のない返事をして、視線を小林に転じた。
彼は、俺たちを見ているようで、見ていない。
いったい、どういう頭の中をしているんだろう?
「村上先輩、露田さん」
彩花の声で、俺たちは彼女を見た。
「五時までは屋台なんですけど、その後、打ち上げに来ません? 食品店の駐車場で、バーベキューなんです」
「じゃ、行くよ。直哉も行くだろ?」
「いい?」
直哉が菜々美さんを見て、彼女は「ダメと言っても行くくせに」と言って笑った。
「菜々美さんもぜひ。宏君も! 六時からです。待ってますから」
そう言ってお店に戻る彩花を見送り、クレープを両手に持つ宏君の頭を撫でた。




