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九月十三日 〇〇二

 説明会は、なんとも言えない空気で幕を閉じた。


 彩花を家に送って、帰宅した直後、直哉から呼び出しがあり、親父に声をかけてから、居酒屋に向かう。


 村に唯一、存在する居酒屋のミドリ屋はその日、いつもより混み合っていた。どうやら、説明会を終えた後、反対派の人たちが自然と集まり、酒を飲みながら愚痴を言い合っているらしい。


 真帆も、来ていた。


 四人掛けのテーブルで、俺を待っていた直哉が手招く。


 席につくと、店のおばちゃんが頼んでもいないのに、生ビールを運んできてくれた。


「ありがとうございます」

「今日、多いから時間かかるのよ。我慢してね」

「ええ、大丈夫です」


 夫婦二人で切り盛りするお店は、突然の賑わいで、店は完全に回っていないのだろう。


「トモは、どう思った? 今日のあれ」


 真帆の質問は、唐突だった。俺が来るまでに、二人で話していた内容は説明会のことだとわかるが、いきなりはないだろうと苦笑いを返す。


「まぁ、悪い話じゃないんじゃないの?」

「お前はいっつも、そう。自分のことじゃないみたいな言い方」


 直哉の不満に、真帆も同意を示すように頷く。


 おや? と思った。


「真帆も、反対派になったの?」


 彼女は、ホッケの焼き物をつつきながら口を開く。


「別に。ただ、今日のあの感じは胡散臭いなと感じたけど?」

「司会者が?」


 俺の問いに、二人が同時に噴き出した。


「あはははは! トモ、お前、おもろい! あいつ、胡散臭かったよな!」

「もう! 笑わせないでよ!」


 俺たちのテーブルへ、周囲の視線が集まる。そして、誰かが声をあげた。


「あの司会者、村長の知り合いで東京のほうのコンサルらしいぞ。何のコンサルかは知らんけどな」

「金になると思って、地方再生案件に群がる有象無象の奴らだろ。自分で名乗れば、誰でもコンサルだ」


 近くの席の年配者たちの言い方に、村長派となればなんでも噛みつくのかという反感を覚えたが、この場では笑って誤魔化しておいた。


 真帆は、レモンサワーを飲んで、また少し笑い、俺を見て言う。


「あの教祖、まとも過ぎて逆に胡散臭い」

「……たしかに、ビジネスマンって感じだった。でも、それが逆に?」

「そう。ああいう場では、一心不乱に信仰の話をする人のほうが逆に安心できるかな、わたしは。あの人、計算高いって感じがしたし、質問してた人の名前まで知ってて、気持ち悪かった」


 彼女の意見、というか感想に、後半部分は同意できる。


 そして、それは俺だけじゃなく、直哉もだった。


「そうそう、あいつ、気味悪いな。でも、どうして名前、知ってたんだ?」

「さぁ?」


 俺を見て質問されても、わかるわけがない。


 直哉が、真面目な顔で俺を見ていた。


「何?」

「お前は木佐呉の工場に昼間は行ってるから、実感ないだろうけどな。あいつら、増えすぎだと思うんだよ」

「……そうかな? 俺はあんまり見ないな」


 夜に神社で見かけた時は、何だろうかと思ったが……。


 直哉が、ビールを飲みながら教団への言及を続ける。


「俺は農家だから、作業してれば目につくからな。最近、増えすぎてる」

「……専業農家でよくやるな? 直哉はすごいよ」


 本当に、こう思う。


 広大な畑や田んぼの世話を、彼の家族は真面目に続けているのだ。うちなんて、祖父の時代で農家はやめて、問題視されている放棄耕作地が家の裏には広がっている。毎年、夏になると雑草が大変なので、二年前に親父と金を出し合って、防草シートで覆った。


 親父も木佐呉市のリフォーム会社勤務だし、農家なんて直哉の家くらいの規模でやらないと食べていけない。しかし、彼の家ほどの規模となると、当然ながら機械、手間、人手、大変だ。


 それを俺と同じ年で、本当によくやってると思う。


「俺、会社勤めだけど。いや、会社勤めだから、直哉はすごいなと思うよ。農地を守って、家族も養って、すごいと思うよ」


 俺が褒めると、直哉は「やめろよ」と照れてビールに口をつけた。


 真帆が、思い出したように口を開く。


「そういえば、一緒にいたの誰?」


 真帆に聞かれて、ギクリとした。


 彩花のことを、聞かれていることはわかる。


「木佐呉高校の時の後輩。工場で働いていて、春にね、会ったんだ」


 谷本彩花だとは、言わなかった。


 それは、名前を言えばどこの誰かなんてすぐに分かるほどに狭い村だからだ。


「へぇ? カノジョ?」

「いや、そういうわけじゃない。休日出勤した時に、昼を一緒になって。一緒に説明会に行こうかってなった」


 俺の説明に、直哉が笑う。


「お前がいらない説明する時は、あやしい時だ。気にはしてんだろ?」

「……まぁ、一応」


 真帆が、目を細めて笑った。

 直哉が、からかうように指さして笑う。


「三十にもなって、相変わらず奥手だな、お前は」

「いい年して、自分から誘えないわけ? だっさ」


 異口同音のからかいを受けて、憮然としてビールを飲んだ。


「悪い、笑いすぎたな」

「ごめん、ごめん」


 直哉が言い、真帆も目尻を指でぬぐいながら俺に謝る。


「でもさ、話は戻るけど、トモにも村のことは考えてもらいたいんだよな」


 直哉の言い方に、俺が村に無責任な奴みたいな意味合いが込められていると感じて、ちゃんと話しておこうと思えた。


「あのさ……一応、言っておくけど、俺はまったくこの村に興味がないわけじゃないんだ。生まれ育ったところだから……ただ、過疎化が進んでいて、でも住む人たちがいるから維持しないといけない……現実問題として、その助けになるならということは思っているんだ」

「でも、お前――」


 直哉の反論を、手を広げて遮った俺は続きを話す。


「思っているけど、それって勝手に進めていいとも思わない。直哉たちが安心できる状況を、村長は作る責任があると思うよ。今日の説明会、村長はそれを怠ったと俺は感じるけど……ただ、だから何をどうこうというまでは、考えが及ばないんだよね、実際」


 俺が言い終えると、二人は黙った。ここで、どこかのテーブルから上がった声が、俺たちの席まで届く。


「しっかし、あいつらは夜に何をしてるんだ!? 村の中をうろうろうろうろ」

「なぁ! 夜中に群れて歩いて、気味悪い」


 ……神社でも、確かに集まっていたな。


 直哉が、口を開く。


「俺んとこ、ガキがいるから。夜中に何をしてんだと一回、注意をしたことあんだよね」

「そうしたら?」


 真帆が彼を見て、俺も直哉を見た。


「あいつら、無視してそのまま歩いて離れて行った……気味悪いんだよ、ほんと」


 直哉はそう言って、ビールを飲み干した。


 たしかに……神社でも、俺が会釈をしても、彼らは何も返してこなかった。


 ただ、俺を見ていただけ。


 俺を、ただ見ていただけだった。


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