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九月十三日 〇〇一

 九月十三日の土曜日、朝。


 職場に向かうために、家を出た。


 車で天露村の北隣、木佐呉きさご市に向かう。


 天露村の北には天露山がそびえていて、それを避けるようにくねくねと谷間を走る県道を三十分ほど走れば、木佐呉市南部に広がる木佐呉工業団地だ。


 村からみて、北の木佐呉市は唯一といっていい生活圏だ。買い物も、病院も、仕事もだいたいそちらへ出るしかない。東と西は険しい山々に阻まれ、南へ抜ける道はあるにはあるが、隣県に出るまでまとまった集落がない。途中にあるのは、廃工場や廃屋、林道の分岐くらいだ。


 不便極まりない、地方の村……うんざりする。


 見通しの悪い県道を安全運転で進み、工業団地にあるDHI重工木佐呉工場が見えてきた。


 ゲートで社員証を見せて敷地へと入り、従業員駐車場に車を停める。


 ほぼ同時に、敷地内のバス停に非正規社員の人たちを乗せたバスが到着した。


 彼らとすれ違う時に、挨拶をするも誰も返してくれない。


 人員削減が発表されて、この工場も百人単位でクビを切られる非正規社員が生まれるが、その不満を俺にぶつけられている気がした。


 しかたないじゃないか。


 原材料高騰、円安、いろんなことが重なったうえに、戦争だ。


 それに、人員削減は俺が決めたことじゃない。


 オフィス棟に入り、デスクに座る。そして、週明けの本社報告用の資料と向き合う。細かなエクセルの表は、複雑な計算式が入り乱れていて、誰がこんなに複雑にしたんだと愚痴を吐きたくなった。


 お昼前にようやく仕事を終えて、社員食堂で昼をとることにした。


 カレーを頼み、テーブルについたところで声をかけられる。


「お疲れ様です。ここ、いいですか?」

「あ。どうぞ」


 谷本たにもと彩花あやかは、同じ村の出身で二歳下の後輩になる。この村では、幼稚園から中学校まで自然と同じ顔触れになるので、お互いに見知った仲といえた。それに彼女とは、同じ高校だ。テニス部でも、俺が引退するまでの短い期間だけど一緒だった。


「先輩、今日の説明会、参加しますよね?」


 今でも俺を先輩と呼ぶ彼女が言った説明会とは、何であるかと聞くまでもなかった。


「いや、参加しないつもり」

「え? 行かないんですか? 村の皆、参加しますよ? いなかったら、後ではぶられますよ?」


 ……その言い方は脅しじゃないか? と思うも、福神漬けをカレーに乗せながら答える。


「もう住んでる人たちがいるんだし、別にいいじゃないか」

「あ! 賛成派ですね? 先輩が村長派だったなんてショックです」

「そんなんじゃないけど……谷本は反対なの?」

「当たり前ですよ。普通に、怪しいです。みんな、真っ白だし」


 みんな、真っ白だし。


 少し笑ってしまった。


 怪しいってのは、偏見だろう。


「別に、引っ越してきて、農作業してるだけじゃね?」

「……楽観的ぃ……残念だなぁ、先輩が賛成派なんて」


 彼女はオムライスを食べ、俺のカレーを見た。


「いる?」


 尋ねると、笑顔を見せてくれた。


「一口、ください」


 笑ってしまう。


 高校の時は、とくに意識した相手ではなかったけど、こうして再会して、連絡先を交換した現在は、恋人未満知り合い以上くらいにはなっている。それでいて、誘ったりしないところが、俺の意気地の無さかもしれないけど、断られて気まずくなるのは嫌だという気持ちが強い。


「じゃ、一緒に行きません? わたし、今日はもう終わりなんです」

「え?」

「え? じゃなくて。わたし、もう今日はシフト、終わりなんですよ。先輩は?」

「仕事終わったから、帰るけど」

「車、乗せてくださいよ。バス、待つのが面倒だから」

「あ……ああ、うん。わかった」


 なんだか押し切られ、説明会に参加することになってしまった。




 -・-・-・-・-




 午後三時半過ぎ。


 説明会会場の公民館は、人が集まり始めていた。


 俺は彩花と一緒に工場を出た後、木佐呉市のショッピングモールで買い物をしたいという彼女に付き合った後、公民館の駐車場に到着している。


「けっこう、来てますね」


 彩花は駐車場の埋まり具合を見て言い、俺も同意だ。


 滑稽に感じたのは、駐車場の場内案内を白い恰好の人たちがしていることだ。どうやら、村役場は金がないので警備を雇うことができず、彼らにお願いしたのだろう。


 公民館は一九九〇年代に造られた、いわゆる箱物だ。この村には不釣り合いなほど立派な建物で、会場の座席は、村の人口よりも多いのではないかと思うほど並んでいる。


 入口で、説明会のチラシを白い人たちが配っていた……。


 受け取った時、後ろから声をかけられた。


「あれ? お前、来たのか」

「あ、親父」


 親父に見つかり、苦笑を返す。


 親父は、隣の彩花を見た。


 彼女が、ペコリとする。


「谷本彩花です。村上先輩とは高校の時いっしょで、今は工場で」

「あ、そうなの? こいつの父です」


 親父はそう言って、「邪魔しちゃ悪いから」と言って、離れた座席へと向かう。


 そういうことを言われると、お互いに気になり、照れ笑いをしあった。


「あ、そこに座りましょう」


 彩花に誘われ、中列の端に近い場所に二人で並んで座る。


 離れたところに、真帆の姿を見つけた。彼女は、両親と一緒に来たようだ。


 工場で顔を見たことがある人も、ちらほらといる。


 司会は役場の人かと思ったが、ブルーのスーツにオレンジのネクタイ、派手なカフスが目立つ格好で、胡散臭いコンサルタントっぽいと感じて口にしていた。


「あいつ、胡散臭いな」

「ね! 場違いに派手ですよね」


 俺たちの会話は、周囲の人たちに聞こえていたみたいで、クスクスという笑い声が近い席から聞こえてくる。


 派手な男が、マイクを握って口を開く。


「それでは、四時になりました。輝く未来の会誘致に関する村民説明会を開始いたします」


 村長の、東間とうま真一しんいちが椅子から立ち上がり、壇上に立った。


「この度は、貴重なお休みにもかかわらずお集まりいただき、感謝申し上げます。村民の皆様の多くが、集まってくださったのはきっと、この誘致に対する関心が高いからであると改めて実感する次第でございます!」


 村長は、よどみなく話し続ける。


 この天露村あまつゆむらが、輝く未来の会の信者たちの移住を受け入れ始めたのは、三年前だ。


「この村の人口は、十年後には八百人を切るというところまできていました! 十五年後には、五百人以下……限界集落です!」


 村長は、俺たちに話し続ける。


 俺は、手元のスマートフォンで輝く未来の会について、検索する。


 ざっと調べたところ、輝く未来の会は、宗教活動の一環として地域貢献、農業社会の再構築をうたっており、国内の各地で農地を取得すると、そこに信者を移住させて活動をおこなっていた。しかし、やはり新興宗教を嫌う住民との対立などが起きていた。


 村長の声が、届く。


「輝く未来の会の代表、班目まだらめ氏は私とは大学の同窓生で、彼をよく知っております。当時から、自然と人類の共存をテーマに、プリミティヴィズムを訴え、実際に実践するなかで、現在の輝く未来の会を作ったのです。それは宗教活動というよりもバック・トゥ・ザ・ランドと呼ぶほうが近いでしょう!」


 実際、この団体のホームページを見ると、農作業と自給自足の生活が目をひく。


「彼らの活動は、そのまま我々、天露村の課題解決に直結しているのです。放棄耕作地の再生、放置された空き家の活用、転入者増と税収増加――」


 自給自足の人たちが、どうやって納税しているんだろうと疑問だった。


「――また、訪問介護や医療サービスを、彼ら団体が組成することが決まっております。この村の全ての人たちが、輝く笑顔で生活できる未来を共に作って参りたいと考えております」


 隣で、彩花が囁く。


「一年前の村長選挙で、現職当選したことで支持を受けたって村長は思ってるんですけど、あの人たちが引っ越してきて、その票が村長に入っているから当選しただけなんですよね。村の皆は、反対派が多いんですよ」


 この四月から、ここに引っ越してきている俺はその選挙を知らない。


「俺、よく知らないんだけど、そんなに大勢が引っ越してきてるの?」

「人数はわからないですけど、空き家だった家に、いつの間にか教団の人が住んでること増えましたね」


 いつの間にか村長は話を終えていて、マイクは再び司会が握っていた。


「では、輝く未来の会代表の、班目まだらめ泉典せんてん氏、お願いします!」


 説明会のチラシに書かれた、彼の名前は俺からしても胡散臭い。


 しかし、壇上に立つ男性は、穏やかな表情で身なりも清潔感があり、質素で、司会の男や村長よりもよっぽど好感がもてる。長身でスタイルがよく、イケオジ的な見た目は女性人気が出そうだと思った。宗教家というよりも、どこか企業の経営者と言われたほうが納得できる。


「ただいまご紹介をいただきました、班目泉典と申します。なんと、本名なんですよ、これ」


 その自己紹介に、笑い声が生じた。


「天露村の皆様にとって、大事に守ってきた故郷……そこに我々が、しかも怪しい宗教団体がズカズカと乗り込んできて、ご不安やご懸念を抱かれるのは、当然のことと承知しております。逆の立場であれば、私も不安を感じ、心配になりますから」


 彼の声、話すスピードは、人に聞かせることに長けた人のそれだと思えた。


「インターネットで、我々のことをお調べになっていただければ、他の場所において、その土地の方々からの反対によって、居住が困難になり、活動ができなくなったことが出ております。私どもとしては、しかしそれは当然のことであり、理解が得られないのであれば、移住をするしかないという考えなのです」


 班目は、説明を続けた。


 大学の同窓生である村長と、地域フォーラムで再会した際に、地方創生に尽力をする村長の相談にのるうちに、相乗効果が生まれるのではないかと思ったこと。


 そして、自分たちも、自分たちが信じる生き方ができる場所を得ることができるのではないかと期待したこと。


「幸いなことに、私たちの活動は多くの共感、支援を受けております。出家と呼ぶと、過去の嫌なイメージがつきまといますが――」


 彼の言いようで、会場では笑い声があちこちで起きた。


「――普通の生活を送りながら、信仰と向かい合う信者ももちろんおります。この村で生活をさせて頂いているのは、あくまでも一部の出家信者のみです。よって、外部からの支援を、この村に齎すことが可能です。この村の信者たちは、外部から得た支援を、この村に供給する窓口として機能することで、信仰と思想を許される場所を得られると、私は考えた次第です。村の皆様から賛成をこの場で得ようとなど、おこがましいことは思っておりません。せめて、私たちが皆さまの信を得ることができる時間を、与えてもらえないでしょうかとお願い申し上げるために、今日、私はここに参りました」


 班目の話は続く。


 輝く未来の会というのは宗教団体だが、やっていることは、自然回帰主義なのかもしれない。班目が説明する彼らの医療サービスとは、東洋医学に準じるものだ。


 かといって、現実的な問題への解決案も提示していた。


 天露村では、高齢者が多い。その介護サービスに、出家信者が従事するというのだ。


 給食事業も、彼らには養鶏場や農場がある。


 説明だけを聞くと、いい話じゃないかと思っていた。


 質疑応答の時間となる。


 司会の男が、挙手をした人たちを指名した。


「村長、具体的に医療サービスの現場は、どこがふさわしいと思っているのですか?」

「お答えします。廃院となった村立診療所の再活用を考えております。設備購入などは、クラウドファンディングで進めることで班目氏とは合意しています」

「班目さん、団体の方々は、勧誘はしないんでしょうな?」

「勧誘はいたしませんが、自由意志でご参加くださる場合は歓迎します」


 質疑応答が続くが、違和感を覚えた。


 突っ込んだ質問がないように思う。


 例えば、一年前の首長選挙の時に組織票で協力したのか、等。


「あの司会、賛成派ばっかり当ててんじゃないか?」


 近くの席から、そんな声があがる。


 しばらく続いた質疑応答も、時間となり終わった。


 会場が、ここで初めて騒がしくなる。


 反対派の人たちが、怒号にも近い叫び声で質問を壇上へとぶつけたのだ。


「これからも信者の数は増えるのか!? 制限をしないと、村民よりも多くなるんじゃないのか!? 村長!」

「村長! あんたは票がほしいだけだろ!」

「お静かに! 本日の説明会は終了です」

「勝手に終わらせるな!」

「説明が足りない!」

「空き家を再利用というが! 所有者の許可をちゃんととっているのか!? 施設に入った老人に無理やりにハンコを押させたって声があるぞ!」

「ちゃんと賃貸の契約は結んでいるのか!?」

「お静かにお願いします! 皆さまのご意見、ご質問は、次回説明会でお願いします! 開催時期は別途、ご案内します!」

「逃げるな!」

「おい! 待て! 村長!」


 村長が去ったが、班目氏はその場に残る。


 彼は、叫んでいた男の一人を見て、口を開いた。


「植田さん、私たちは選挙協力などしておりませんよ」


 叫んでいた男たちが、静かになる。


「尾崎さん、空き家は所有者から村が買取り、その後、村と我々で賃貸借を結んでいるんですよ」


 班目は穏やかな声で伝えると、壇上で深く一礼し、その場を辞した。


 先ほどまでと打って変わって、場内は静まりかえっている。


「あの人、なんで名前、知ってたんだろう?」


 隣の彩花は、壇上を見つめたまま呟いていた。


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