九月十二日
「トモ、お前はどう思う?」
いきなり質問をされて、俺はたじろぐ。
直哉は、酒で少し赤くなった目を俺に向けていた。
隣の真帆が、俺を横目で見て苦笑している。それは、自分たちの会話を聞いてなかったでしょ、という抗議の意味と受け取った。
実際、聞いていなかったけど、二人がしていた会話の内容はわかっている。
「別に、いいんじゃない?」
そう答えた俺は、真帆をちらりと見てからビールを飲み、聞いていたよという顔を作った。
「お前はいつも、いいんじゃない? だよな」
直哉は不満を表情と声で表し、俺はジョッキを置いてきゅうりの漬物を箸でつまむ。そして、からしをつけながら口を開いた。
「トラブルは起きてないし、人が増えて良かったんじゃないか?」
「でも皆、いつも一緒に行動していて、気持ち悪くね?」
「そりゃぁ……買い取った農園の作業してんだろ?」
きゅうりの漬物を齧る俺の隣で、真帆がレモンサワーのおかわりをお店のおばちゃんに注文し、直哉を見た。
「直哉は、閉鎖的なんだね?」
「この村のルールってもんがある」
「どんなルール?」
「……いや、まぁなんというか、説明は難しい」
そんなルールはないだろうという目の真帆は、「だけど」と言って、視線を落とした。
「なんだか、恐いってのは思うよ。やっぱり、いきなり増えたからさ」
彼女はそれから、俺を見る。
「トモってさ、出戻りだし、また何年かしたら都内に戻ると思っているから、興味ないんでしょ?」
「興味ないってことはないけど」
「無理しなくていいって、あ、ありがとうございます」
真帆はそう言うと、おばちゃんが運んできてくれたレモンサワーを受け取りながら続ける。
「――てか、トモてこっちに帰って来たこと、嬉しくないんだろうなって思うから」
嬉しくなかった。
嬉しい、わけがない。
東京支社勤務だったのに、よくわからない人事で、田舎に戻らされた。工業団地にある工場が、俺の実家の近くだから? 勉強になるから? そんな適当な理由で、田舎に追い返されたと不満だ。
真帆の言う通り、数年もすれば、勉強を終えて本社に戻る……と期待している。それまで、この田舎で我慢の生活だと、自分に言い聞かせているのだ。
俺は、真帆には誤魔化すような笑みを見せて、ビールを飲み干した。そして、二千円をテーブルに置き、先に帰ると二人に伝える。
「悪い、明日も昼まで仕事があるからさ」
「おう、お疲れ」
直哉は挨拶をしてくれたが、真帆はレモンサワーを飲みながら、ちらりと俺を見ただけだった。
居酒屋の外に出て、村の中心部から家への帰路を徒歩で進む。
村の中心部……といっても、二車線の道路を挟むように村役場と公民館、いくつかの個人経営の店舗が連なるだけのエリアだ。
そこから見て、家は村北部なので川と道路が交差する場所で橋を渡り、右に曲がる。
スマートフォンを見ると、午後九時過ぎ。
まだ九時過ぎ……なのに、もう真っ暗だ。
外灯はきれかかっていて、チカチカとしている。
田んぼからは、カエルの鳴き声が聞こえてきた。
川に沿って、上流へと歩く。
車一台がやっと通れる道は、アスファルトがいたるところで亀裂が入り、懐中電灯代わりにスマートフォンで照らして歩かないと、転んでしまいかねない。いや、実際に年寄りが転んで、騒ぎになったことは何度かあった。
ガードレールは錆びた部分と塗装が残っている箇所が混在していて、まだら模様になっている。
勝手橋の向こうには、家があるが灯りはついていない。庭の草が伸び放題であることが、空き家なのだと教えてくれる。そして、勝手橋もいつ崩れてもおかしくないほどに、ヒビだらけだ。
点々と続くはずの外灯も、ほとんどが沈黙している。たまに、まだ元気なやつだけが灯りを点してくれているが、それが却って不気味だった。
たい肥の匂いに顔をしかめ、大きく左に曲がったところの神社で、煙草に火をつける。鳥居の前で立ち止まり、煙草をひと吸いしたところで、階段を上った先の境内広場に、人がいるのが見えた。
何だろうと、そちらを見ると、相手も俺を見た。
彼……だけじゃなかった。
境内広場には、何人かいた。
白いズボンに白いシャツ。
皆が、同じ格好だ。
それで、彼らは輝く未来の会の人たちだとわかった。
彼らは全員、俺を見て動かない。
なんとなく、会釈をした。
彼らは、じっと俺を見ている。
煙草をくわえて、その場から離れた。
夜に、神社で何をしていたんだろう?
歩きながら疑問を覚えたが、すぐにどうでもよくなった。
煙草をアスファルトに押し付けて消し、吸い殻を携帯灰皿へとつっこむ。
神社から家まで、ぽつぽつと建つ家の多くは暗く、空き家だらけであるとわかる。その中に、ぽつんと明るい家があり、それが俺の実家で、今の住まいだった。
車庫には、俺と父親の車が並んで停まっている。その間を抜けて玄関に立ち、ポケットの鍵を取り出したところで、玄関が内側から開いた。
「うわ!」
「お、おかえり」
親父が、煙草をくわえて出て来たところだった。
母さんが元気だった頃、家の中で吸うなと言われていたから、親父は今でも煙草を外で吸う。
俺は、煙草を携帯灰皿へと押し込みながら、親父と入れ替わるように中に入った。
キッチンへと入り、冷蔵庫から麦茶の瓶を取り出す。そして、コップに注いで飲んでいると、ダイニングのテレビが目に入った。
特殊犯罪組織の上層部が、都内で逮捕されたというニュースが流れている。
「トモ、お前、明日は?」
煙草を吸い終えた親父が、中に入ってくるなり尋ねてきた。
「仕事。午前中だけちょっと」
「そうか。村の集会があるけど、どうする? 午後。四時から」
「パス。任せるわ」
親父は、老眼鏡をかけながら手にしていたチラシを読む。
「輝く未来の会、誘致に関する説明会……今さらだけどなぁ」
「親父は、反対? 直哉は反対してるけど」
「反対も何も、もう住んでる人らもいるからな」
親父はそう言うと、チラシをダイニングテーブルの上に放った。
輝く未来の会。
俺は、この村に戻って来るまで、その団体のことなど全く知らなかった。
わかりやすく言ってしまえば、宗教団体だ。
日本では、地下鉄サリン事件のこともあり、新興宗教は敬遠されがちだし、正直、俺だって詳しくない。
チラシからテレビへと視線を転じて、ニュースを見ていたが、親父に「早く風呂」と急かされ立ち上がった。
はぁ……明日も仕事か。
俺は、さっさと寝てしまおうと思った。




