表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

九月十二日

「トモ、お前はどう思う?」


 いきなり質問をされて、俺はたじろぐ。


 直哉は、酒で少し赤くなった目を俺に向けていた。


 隣の真帆が、俺を横目で見て苦笑している。それは、自分たちの会話を聞いてなかったでしょ、という抗議の意味と受け取った。


 実際、聞いていなかったけど、二人がしていた会話の内容はわかっている。


「別に、いいんじゃない?」


 そう答えた俺は、真帆をちらりと見てからビールを飲み、聞いていたよという顔を作った。


「お前はいつも、いいんじゃない? だよな」


 直哉は不満を表情と声で表し、俺はジョッキを置いてきゅうりの漬物を箸でつまむ。そして、からしをつけながら口を開いた。


「トラブルは起きてないし、人が増えて良かったんじゃないか?」

「でも皆、いつも一緒に行動していて、気持ち悪くね?」

「そりゃぁ……買い取った農園の作業してんだろ?」


 きゅうりの漬物を齧る俺の隣で、真帆がレモンサワーのおかわりをお店のおばちゃんに注文し、直哉を見た。


「直哉は、閉鎖的なんだね?」

「この村のルールってもんがある」

「どんなルール?」

「……いや、まぁなんというか、説明は難しい」


 そんなルールはないだろうという目の真帆は、「だけど」と言って、視線を落とした。


「なんだか、恐いってのは思うよ。やっぱり、いきなり増えたからさ」


 彼女はそれから、俺を見る。


「トモってさ、出戻りだし、また何年かしたら都内に戻ると思っているから、興味ないんでしょ?」

「興味ないってことはないけど」

「無理しなくていいって、あ、ありがとうございます」


 真帆はそう言うと、おばちゃんが運んできてくれたレモンサワーを受け取りながら続ける。


「――てか、トモてこっちに帰って来たこと、嬉しくないんだろうなって思うから」


 嬉しくなかった。


 嬉しい、わけがない。


 東京支社勤務だったのに、よくわからない人事で、田舎に戻らされた。工業団地にある工場が、俺の実家の近くだから? 勉強になるから? そんな適当な理由で、田舎に追い返されたと不満だ。


 真帆の言う通り、数年もすれば、勉強を終えて本社に戻る……と期待している。それまで、この田舎で我慢の生活だと、自分に言い聞かせているのだ。


 俺は、真帆には誤魔化すような笑みを見せて、ビールを飲み干した。そして、二千円をテーブルに置き、先に帰ると二人に伝える。


「悪い、明日も昼まで仕事があるからさ」

「おう、お疲れ」


 直哉は挨拶をしてくれたが、真帆はレモンサワーを飲みながら、ちらりと俺を見ただけだった。


 居酒屋の外に出て、村の中心部から家への帰路を徒歩で進む。


 村の中心部……といっても、二車線の道路を挟むように村役場と公民館、いくつかの個人経営の店舗が連なるだけのエリアだ。


 そこから見て、家は村北部なので川と道路が交差する場所で橋を渡り、右に曲がる。


 スマートフォンを見ると、午後九時過ぎ。


 まだ九時過ぎ……なのに、もう真っ暗だ。


 外灯はきれかかっていて、チカチカとしている。


 田んぼからは、カエルの鳴き声が聞こえてきた。


 川に沿って、上流へと歩く。


 車一台がやっと通れる道は、アスファルトがいたるところで亀裂が入り、懐中電灯代わりにスマートフォンで照らして歩かないと、転んでしまいかねない。いや、実際に年寄りが転んで、騒ぎになったことは何度かあった。


 ガードレールは錆びた部分と塗装が残っている箇所が混在していて、まだら模様になっている。


 勝手橋の向こうには、家があるが灯りはついていない。庭の草が伸び放題であることが、空き家なのだと教えてくれる。そして、勝手橋もいつ崩れてもおかしくないほどに、ヒビだらけだ。


 点々と続くはずの外灯も、ほとんどが沈黙している。たまに、まだ元気なやつだけが灯りを点してくれているが、それが却って不気味だった。


 たい肥の匂いに顔をしかめ、大きく左に曲がったところの神社で、煙草に火をつける。鳥居の前で立ち止まり、煙草をひと吸いしたところで、階段を上った先の境内広場に、人がいるのが見えた。


 何だろうと、そちらを見ると、相手も俺を見た。


 彼……だけじゃなかった。


 境内広場には、何人かいた。


 白いズボンに白いシャツ。


 皆が、同じ格好だ。


 それで、彼らは輝く未来の会の人たちだとわかった。


 彼らは全員、俺を見て動かない。


 なんとなく、会釈をした。


 彼らは、じっと俺を見ている。


 煙草をくわえて、その場から離れた。


 夜に、神社で何をしていたんだろう?


 歩きながら疑問を覚えたが、すぐにどうでもよくなった。


 煙草をアスファルトに押し付けて消し、吸い殻を携帯灰皿へとつっこむ。


 神社から家まで、ぽつぽつと建つ家の多くは暗く、空き家だらけであるとわかる。その中に、ぽつんと明るい家があり、それが俺の実家で、今の住まいだった。


 車庫には、俺と父親の車が並んで停まっている。その間を抜けて玄関に立ち、ポケットの鍵を取り出したところで、玄関が内側から開いた。


「うわ!」

「お、おかえり」


 親父が、煙草をくわえて出て来たところだった。


 母さんが元気だった頃、家の中で吸うなと言われていたから、親父は今でも煙草を外で吸う。


 俺は、煙草を携帯灰皿へと押し込みながら、親父と入れ替わるように中に入った。


 キッチンへと入り、冷蔵庫から麦茶の瓶を取り出す。そして、コップに注いで飲んでいると、ダイニングのテレビが目に入った。


 特殊犯罪組織の上層部が、都内で逮捕されたというニュースが流れている。


「トモ、お前、明日は?」


 煙草を吸い終えた親父が、中に入ってくるなり尋ねてきた。


「仕事。午前中だけちょっと」

「そうか。村の集会があるけど、どうする? 午後。四時から」

「パス。任せるわ」


 親父は、老眼鏡をかけながら手にしていたチラシを読む。


「輝く未来の会、誘致に関する説明会……今さらだけどなぁ」

「親父は、反対? 直哉は反対してるけど」

「反対も何も、もう住んでる人らもいるからな」


 親父はそう言うと、チラシをダイニングテーブルの上に放った。


 輝く未来の会。


 俺は、この村に戻って来るまで、その団体のことなど全く知らなかった。


 わかりやすく言ってしまえば、宗教団体だ。


 日本では、地下鉄サリン事件のこともあり、新興宗教は敬遠されがちだし、正直、俺だって詳しくない。


 チラシからテレビへと視線を転じて、ニュースを見ていたが、親父に「早く風呂」と急かされ立ち上がった。


 はぁ……明日も仕事か。


 俺は、さっさと寝てしまおうと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ