第二十話
八月七日、金曜日。
仕事を終えて、帰宅する。
明日から、夏季休暇だが、全く楽しく感じられない。
車が、天露村に入り、橋が見えてきた。
橋の欄干には、たくさんの花束が供えられている。それは、高木さんへのものだ。彼は、この橋で首を吊っているところを、発見された。
どうして、そんなところで?
これからリコールの署名を集めようというところで、どうして?
いくつもの疑問に、答えは見つからない。
村の中では反対派が増え続けていたが、取りまとめ役がいなくなってしまった。村議会議員の須永さんは高齢で、とても高木さんの代わりは務まらない。渡邊法律事務所も、依頼人である高木さんが死亡したことで、いったん動きを止めざるを得なかった。
高木さんの奥さんが、彼の意思を継いで依頼を継続すると言ってくれたが、それは八月に入ってからのことで、しばらくの間、反対派は動けなかったのだ。
一方で、警察の捜査は進んでいた。
マスコミ報道では自死とされているが、不審な点がいくつかあることから、慎重に捜査を進めているらしい。俺たちが警察に捜査状況を聞けるわけではないが、奥さんが親父に連絡をしてくれて、把握することができている。
俺の車は、橋のところで神社へと向かう方向へ曲がる。
白い服を着た輝く未来の会の信者たちが、天露神社へと歩いていた。
クラクションを鳴らして刺激するわけにもいかず、速度を落とす。徐行していると、運転席の窓に、ぬっと人が現れた。
近藤。
窓をコンコンと叩くので、会釈をして無視をする。
顔は見ない。どうせ、舌打ちでもしているに違いない。
天露神社へと、信者たちが入っていく。
車の前に、歩行者がいなくなった。
ゆっくりと、速度をあげる。
バックミラーを見ると、近藤が立ち止まって、こちらを見ていた。
あいつは首を傾げて、車をじっと見つめている。
アクセルを強く踏んで、離れた。
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八月十一日、火曜日。
昼過ぎ。
動画配信サービスで映画を見ていると、思わぬ人からの着信が入った。
「もしもし」
『もしもし、すみません。先輩、お休みですよね? 少しいいですか?』
彩花は、声のトーンを落としている。おそらく、他人に聞かれたくないのだろう。
「大丈夫だよ。デートの誘い?」
希望を冗談めかして伝えると、電話の向こうで短い間があった。
悪いことしたかなと思って、何か言おうとした時、彼女が言う。
『そうしたいんですけど……反対派の人と一緒にいると近藤さんに怒られちゃいます』
近藤……あいつは俺を目の敵にしている。それに、俺と彩花が一緒にいたところも見て知っているから、嫌がらせをして楽しんでいるんだろう。
本当にクソ野郎だ、あいつは。
彼女が、言葉を続ける。
『実は、誰に知らせたらいいかと悩んで……先輩しか、信じてくれる人いないと思って』
何だ? 嫌な予感しかしないんだけど……。
『八月に入って、輝く未来の会の人たち、薬を飲んでるんですけど……一日に三度のお祈りの時に……小林さんの命令で』
「……青年部の小林?」
『あ、そうです。それで、その薬が……うちのお店の倉庫に届けられて、もともとは介護施設や診療所していたみたいなんですけど、一時的にあちらには入りきらなくなったとかでうちに……医療用の薬だってお父さんが言ってましたけど、どうして、お祈りで飲むんだろうって不思議なのと、倉庫にいっぱいの量で……』
医療用とはいっても、用法用量を守らないと危険だ。
それくらい、医者ではない俺にだってわかる。
「そんなにたくさん?」
『たくさんです……わたし、悪いことに参加させられてるんじゃないかと思って怖いです』
「倉庫、見せてもらえる?」
『無理です……あ、わたしは入れますけど……あ、もしもし? 先ほどは電話に出られなくてすみません。お店に出ていたんで……』
彩花の話し方がガラっと変わった。
話の内容は教団関係者に聞かれるとまずいので、全く別の話をしているフリをしているのだと察した。
つまり、近くに誰かがいるのか?
途中まで、聞かれてなければいいけど……。
『シフトが終わってから、お墓参りしようと思っていますので、その後で。はい、三時には。わたしの都合ですみません。失礼します』
彩花はそこで、電話をきった。
彼女は、今日のシフトは三時に終わることと、墓地で待ち合わせようということを伝えてきてくれた。
墓地。
たしかに、意外かもしれないが今は盆休みなのでお墓参りをしていてもおかしくはない。
うちは墓参りを明後日の十三日に予定していたので、まだ済ませていなかった。
万が一、誰かに見られていたとして、何度も墓参りをするのはおかしいという指摘をされることもないだろう。
三時か。
-・-・-・-・-
午後二時四十五分。
墓地の駐車場に車を停めて、墓参りの道具入れを手に車を降りた。そして共用水場へ行き、桶に水をためて通路を歩く。
彩花はもう、いるだろうか?
周囲をうかがうも、幾人か墓参りの人たちはいるが違った。
夏の日差しは強く、桶を地面に置いて、ハンカチで首をぬぐう。
何か、嫌な感じだ。
この暑さが原因じゃない。
空気が、淀んでいるかのような……重いというか、なんというか。
例の、神社が玄関で、地中の通路の先がこの墓地の裏側、というオカルト情報のせいかもしれない。
村上家の墓は、三つの墓石が並んでいた。
左から右へと、新しくなり、右側には母さんだけが眠っている。
月命日には、親父が欠かさず墓参りしているので、ゴミも汚れもない。ただ、樒はさすがに元気がなかった。
俺は花立てからくたびれた樒を取り出し、ぬるくなった水を捨てる。そして、桶の水に入れ替えて、買ってきた樒を差す。
右から左へと、順番に同じ作業をして、線香に火を点けた。
「先輩」
声をかけられて、顔をあげると通路をこちらへと彩花が歩いて来ていた。
俺は手をあげて、線香を墓へとお供えしながら彼女を待つ。
「呼び出して、すみません」
「いや、会いたかったからよかったよ」
「……こういう時に、そういうこと言います?」
「迷惑だったら、やめておく」
真面目な顔で言った俺に、彼女は少し表情を柔らかくした。そして、日傘を少し、俺へと近づける。
「焼けますよ。入りません?」
俺が日傘を持った。
彩花が、村上家の墓を見る。
「お参り、一緒にしてもいいですか?」
「え? ああ」
母さんの墓石の前で、いつものように、南無阿弥陀仏と念じる。
母さん、ちょっといろいろと大変だけど、俺はこの村のためになると信じることをします。
それと、この人は俺が好きな人で、なんとか守ってあげたいと思っています。
応援してほしいです。
母さんへお願いをして、目を開けると隣の彩花も顔をあげた。
「電話の件、話しながら歩こうか」
「はい」
二人で共用水場へと向かいながら、例の話となった。
「写真、こっそり撮りました」
彩花が、スマートフォンを見せてくれた。
倉庫に積まれた段ボール箱を想像していたが、実際は全く違った。
保管庫のようなものが、倉庫にずらりと並んでいる。
「開けられないので、写真はこれだけなんですけど……あと、これを拾ったんです。ここ、見てください」
彩花がトートバッグから、空箱を取り出してラベルを見せてくれた。
白い箱は、コミック本を厚くしたくらいのサイズで、モルヒネ塩酸塩錠10mgという表示と共に、取扱注意と赤字で印字されていた。
「これ、どこで」
「店の事務所のゴミ箱に……捨てられていたんです」
これをたくさん?
どうやって……介護施設や診療所を使って、購入しているのか?
「空箱、もらっていい?」
「いいですけど、何かの証拠になりますか?」
「わからない。だけど、彩花が持っていないほうがいいんじゃない? 下手に捨ててもまずそうだし」
「……」
彼女は少し迷った後にうなずき、俺は空箱を受け取る。
共用水場で、桶を水洗いして棚へと戻した。
このまま、別れるのか?
「彩花」
彼女が、俺を見る。
「大丈夫? 教団の経営になって、こき使われていない?」
彼女は少し笑い、首を左右に振った。
「それはないですけど……輝く未来の会に入れってしつこく言われてまして……近藤さんから」
あいつ!
「お父さんとお母さんは、今回の件で入っていて……あとはわたしだけだって」
「ご両親は、何て言ってるの?」
「できるなら、入ってくれって言われています。だけど、気持ち悪くて」
彼女はそう言うと、墓地の出入口を見て言葉を止めた。
白い服を着た男が一人、こちらを見ている。
「じゃ、先輩、偶然会えてよかったです」
わざと大きな声を出した彼女が、俺から離れていく。
白い男は、墓地の入り口付近まで歩いて来たが立ち止まった。
彼とすれ違うように、彩花が離れて行く。
白い男は、俺から視線を逸らして、彩花の後を追うように歩き出した。
俺は、ふたつのことに気づく。
やはり、彩花は見られている。それはきっと、俺との関係を小林や近藤が知っているからだろう。
そして、もうひとつ。
輝く未来の会は、墓地に入って来ない。
さっきの男だけが、そうだとは思えないのは、これだけ村に教団関係者が増えているのに、墓地の中では見かけたことがないからだ。
やはり、ここには何かがある。
あの日、空に穴が開いたように暗くなっていたのは、この墓地の上空だ。
幻覚だったとしても、なかったことにはできない光景だった。
そして、神社が入口ではなく出口になった時、黄泉からそれが通路を辿って、出口から表側に出て来るというオカルト説の件だ。
動画の中の図面で、ヨミと書かれていた場所は、この村に置き換えるとこの墓地になる。
輝く未来の会が、ミライと呼ぶ神様とやらは、この墓地の裏側にいる存在?
墓地を眺めて考えていたが、暑さに耐えきれなくなってきた。
考えるのは、後にしようと駐車場へと向かった。




