第十九話
墓参りを終えて帰宅した後、親父が着信に出た。
「もしもし……ああ、わかった。ん? ……わかった」
親父が電話を終えて、俺を見る。
「トモ、付き合え。高木と飯」
「……ああ」
腕時計を見ると、午後六時過ぎ。
家を出て、親父の後ろで、高木さんの家に向かうのだろうと思っていたが、その通りだった。
居酒屋では、人に聞かれたらマズイことは話せなくなってしまっている。反対派が盛り返してきた今でさえ、やはりまだ、村長派と教団のことは気にしてしまうのだ。
天露神社を挟んで、我が家が北側で高木さんの家は南西側に位置する。
例の、神社の裏側に通じる道に進み、山に向かわない分かれ道の先に高木さんの家がある。
一軒家の前には、親父の車と同じ車種が停まっていて、高木さんの車だ。二人で一緒に同じ車屋に行き、同じ日に同じ車種の色違いに申し込んだと聞いていた。
お邪魔すると、激務で疲れているはずなのに、高木さんは笑顔で俺たちを迎えてくれた。
「いらっしゃい、どうぞ」
「お邪魔します」
ズカズカと入った親父の後ろで、挨拶をしてリビングに入ると、そこには直哉がすでにいて片手をあげる。
「おす」
「あれ? お前も?」
俺が直哉の隣に座り尋ねると、直哉は、当たり前だという顔で瓶ビールを持った。
「おじさん、どうぞ」
直哉に言われて、親父がグラスを持って笑みを作る。
「悪いね……っとと」
「トモ、ほら」
グラスを持ち、ビールを注いでもらい、直哉のグラスに注ぎ返した。そこに、高木さんが冷奴や唐揚げなどを盛った皿を次々と運んできた。
「唐揚げ、お前か?」
俺の問いに、直哉が苦笑する。
「そう」
「他のを作れよ」
「いろいろと味を変えてるんだぞ、これでも」
四人でテーブルを囲み、乾杯をしてからビールを飲む。
うまい。
どんな時でも、キンキンに冷えたビールは美味いのだ。
俺が直哉にビールを注ぎ、親父が高木さんに注ぐ。
高木さんが、親父からの返杯を受けながら口を開いた。
「木下さんという男性の件、渡邊先生の事務所にも話をした。直哉君には、さっき話しておいた」
直哉が俺を見て、小さく頷く。
「もし仮に、彼の死に、輝く未来の会が関与しているとしたら……お互いに気をつけよう……連絡を取り合いながら、なるべく夜は一人で出歩かないようにしよう」
親父が、直哉を見る。
「特に直哉君は、奥さんと宏君を注意して」
「当然、高木さんはここに一人って逆に危なくないすか?」
高木さんは苦笑し、「たしかに」とつぶやくも、こう続ける。
「ま、でも家族を呼び戻すわけにはいかない。戸締まりはしっかりするし、家の電気はつけっぱなしにしておくよ……で、渡邊法律事務所とのやりとりを、この四人で共有しておこうと思ったから、来てもらったんだ」
俺たち三人はうなずきあい、高木さんの言葉を待つ。
「輝く未来の会へ、法的手段をとるにあたり、渡邊先生のところの田坂先生……本件の担当弁護士なんだが、彼女が法人登記をとってくれた。宗教法人の輝く未来の会は、主たる事務所は静岡県だった。東京には事務所がある。そして、代表役員の欄には、小林賢一だ」
親父が、身を乗り出す。
「小林……賢一?」
「そう。少なくとも登記上、代表役員は班目泉典ではない。小林賢一……これは智則君が言っていた動画投稿サイトに出演していた人物と同名だ」
「班目という名前は?」
直哉の問いに、高木さんはビールを一口飲んで、答える。
「対外的な名乗り、あるいは宗教名だろう。少なくとも、この法人の代表者として登記されている名前じゃない」
高木さんはそこで、俺を見た。
「智則君の推理……動画投稿サイトに出ていた小林賢一の息子は、教団の青年部理事の小林宗一郎じゃないかという件……ビンゴだった」
俺は、グラスを手に持ったまま、高木さんを見つめる。
直哉が、高木さんに話を促す。
「本当に? そうなんです?」
「渡邊先生の事務所で、職務上請求で確認した戸籍関係の資料から、小林賢一には息子がいることがわかったと報告があったんだ。名前は小林宗一郎……これは現在、輝く未来の会の青年部理事を名乗っている人物と同じだ」
「つまり……代表役員が父親で、青年部理事が息子?」
親父の問いに、高木さんは頷くも口にしたのは曖昧なことだ。
「まだ断定は避けるべきだけど、かなり可能性は高い」
俺はビールを飲み、この三人にあの夜のことを話そうと決めた。
あまりにも、おかしな光景だったので口にすることを躊躇っていたが、高木さん、親父、直哉になら、あの異常さを話しても伝わると感じたから。
「実は、ちょっと前に神社であいつらの儀式みたいなものを見た」
俺が言い、親父がまず驚き、直哉がビールにむせた。
高木さんは、何も言わずに俺を見つめる。
俺は、見たことをそのまま話した。
天露神社に、百人を超す信者たちが集まっていたこと。
彼らは、小林宗一郎に、このままではまた追い出されると危機感を訴えていたこと。
その後、小林宗一郎にそれを静められ、全員でお祈りを始めたこと。
そのお祈りは、声を低音から高音へと伸ばすようなものだったこと。
「こんな感じ……ぉぉおおおおああああ! て」
俺が彼らの祈りを真似ると、親父と高木さんが表情を消した。
「なに?」
「それ、警蹕に近いな」
警蹕?
俺の疑問に答えてくれたのは、直哉だった。
「警蹕っていうんだよ。神事で神様を迎える時とか、神職がオーって声を出す。参列者に頭を下げさせる合図みたいなものだ。前に、地鎮祭で聞いた」
「ぉおおおお、てその時も?」
俺の問いに、直哉が頷き、高木さんも頷いた。
「神様を、お迎えする時の合図だ」
「……あいつらは、お迎えをしようとしているってことか?」
親父の問いに、誰も答えを口にできない。
それは、論理的に考えるなら、そうだろうと思うのだけど、認めたくないからだ。
彼らが迎えようとしているものがあるとすれば、それは当然、ミライとかいう存在なのだろう。
高木さんがそこで、俺が高木さんに送った木下ノートの画像を、直哉に見せた。
「彼らは、どうやらこの儀式をしているらしい」
直哉は、じっと画像を眺める。
俺は、確証はないけれど、こうなんじゃないかと思うことを三人に話した。
「ミライという言葉は、“未来”じゃない。“見やい”――見なさい、という意味に近い言葉が、変化したものなんじゃないかと思ってる」
俺は、これまでの推理を説明する。
ミライとは、見てはいけないものを見なさい、という意味であること。
輝く未来の会が、天露神社に夜に集まるのは、諏訪大社上社の御頭祭に似た儀式を執り行うためである可能性があること。
これまで輝く未来の会に狙われた自治体は、立地が酷似していること……北側に神社があり、北から南へ川が流れ、南側には墓地がある。
「証拠も何もないことだし、気味悪いから誰にも話してなかったけど」
俺が言い終えた時、直哉に背中を叩かれた。
「イタ!」
「トモ! すげぇな」
高木さんも頷き、親父も目を丸くして俺を見ていた。
「よくもまぁ、調べたな?」
親父の言葉に、俺は真面目な顔で答える。
「ただ、これは完全にオカルトだ。都市伝説とか、そういう類だから、これを世間に訴えたところで、反対派はやっぱり頭おかしいってなると思うけど」
「明るみには出さない。だけど、対応する」
高木さんが言い、彼はビールを飲み干して口を開いた。
「彼らが何かの儀式をしたいのなら、それができないようにしよう。防犯上の理由で、夜間の境内立入を禁止する。木佐の内藤宮司に相談してから神社の役員会で決める。村上、いいか?」
高木さんに意見を聞かれた親父が、珍しくたじろいでいた。
「ま……ああ……お前に任せているから」
違和感は、直哉も感じていたらしい。彼は高木さんと親父を、交互に見ていた。
俺が、高木さんを見ながら疑問を口にする。
「親父も、天露神社の役員か何かなんですか?」
高木さんが、親父を見る。
「話してないの?」
「……」
高木さんが苦笑し、ビールを飲む親父をちらりと見て、説明をしてくれた。
「村上は、養子でな。智則君のお母さんが天露神社の宮司の出なんだけど、神職の成り手がいなくてね。村上という姓も、もともとは村神だったらしい。村の神、と書いて村神。天露神社を守っていた家だ。いつの頃からか字が変わって、村上になったみたいだよ」
……知らなかった。
俺が呆れたように親父を見ると、親父は照れたように口を開く。
「らしくないだろ? 俺が神職なんて」
それは、間違いなくそうだろう。
ただ……今の話で、なんとなく感じたというか、理解できたことがある。
天露神社の裏手……北側には我が家の他に、家がない。
村で最も、奥まったところにある。そして、神社と天露山に挟まれた立地だ。
親父が、手酌でビールを注ぎながら言う。
「ま、木佐呉の木佐神社から内藤さんが来て神事はしてくれているし、母さんも望んでいたわけじゃないから……お前には何も言ってなかったんだ」
高木さんが、苦笑する。
「……にしても、何も言わないってのも罪だぞ」
「まぁな……ショックか?」
親父の問いに、俺は苦笑しつつ、口を開く。
「はは……いや、おかげで、輝く未来の会に反対する理由が、またひとつ増えたよ」
三人が、同時に笑った。
「今度は、村役場からちゃちゃを入れられて撤回しないですむようにしないとな」
親父の指摘で、昨年の看板の件を思い出した。
あの時も、立入禁止の看板は立ててもらったのだ。しかし、それは撤去されてしまった。
「ああ、繰り返されないように気をつける。だけど、当時と今は時勢が違うからな。役場の賛成派だった人たちも、ずいぶんと変わってきた」
高木さんはそこで言葉をとめ、少し考えてから続けた。
「いや、変わったというか、本音を言えるようになったってことかもしれない。前は、しかたなく賛成していたってことだろう」
高木さんはそこで、思い出したように席を立つと、封筒を持って戻ってきた。
「渡邊弁護士のところの事務所から、写しをメールで送ってもらった。輝く未来の会の謄本」
テーブルの上に広げられた書類は、会社謄本に似た書式だった。
それを見ると、もともとは静岡の小さな宗教法人だったが、輝く未来の会になっていく経緯が記されている。小林宗一郎の名刺では、本部は千代田区と記載されていたが、登記上の本部は静岡県の住所のままだった。
「今から十年前に、この宗教法人を買い取ったんだろう」
高木さんの言葉に、親父が疑問を口にする。
「宗教法人の売買はできないはずじゃないのか?」
「本当はな? でも、実際は取引されているケースもある。跡継ぎがいなくなったり、様々な理由で売られることがあるらしい」
十年前……あの動画も、ちょうどその頃だった。
あの時点で、輝く未来の会は準備を始めていたのだと感じた。
-・-・-・-・-
六月三日、水曜日。
仕事をしていると、親父からメッセージが入った。
『来週の水曜日、午後八時、集会所でリコールの署名を集める』
了解、と返信して席を立った。
喉が渇いたので、休憩スペースへと移動してオレンジジュースを冷蔵庫から取り出す。コンビニの飲料コーナーを連想する冷蔵庫には、福利厚生で用意された飲み物がずらりと入れられていて、誰でもいつでも自由に飲むことができた。
休憩スペースのソファに座って、ジュースを飲んでいると近くにいた女性社員たちが俺を見ていることに気づく。
何だろうかと思いつつ、彼女たちを見ると視線を逸らされた。
天露村の件で、いろいろと噂されているんだろうか? というのも、怪文書が定期的に送られてきていて、それは工場長他、総務責任者宛など、部門責任者向けに広がっていたのだ。
工場長や総務部長、俺の上司にあたる品質管理部長はこういうことを無視するどころか、反感を覚えているらしく、応援をしてくれていた。しかし、全員がそうではないのが人の世で、噂好きの人たちにかかると、俺は危ない活動家になるのかもしれない。
ネットでも、移住者側を擁護する声と反対派を支持する声が半々になり、拮抗している。以前は反対派が圧倒的不利だったので、盛り返してきたといえるけど、それでもまだ移住者側についた発言をするコメンテーターやインフルエンサーは少なくない。
飯島さんが、休憩スペースにやって来て、冷蔵庫から麦茶を取り出す。
彼女は俺を見つけると、チラリと周囲を見た後に会釈をして隣に来た。
「お疲れ様です。大変みたいですね?」
何を聞かれているのか、言われなくてもわかる。
「まぁ……当事者だから、俺たちは」
「工場でも、村上主任を知らない人たちはやっぱり、おもしろがって怪文書を広めてるみたいですよ。届くたびに総務で破棄しているんですけど、どこかで漏れたものがあるらしくて、誰かが読んだみたいで……」
仕方ないことだと、諦めるしかない。
「品質管理の人たちは、村上主任のことを知っているし、総務も村上主任や反対派応援なんですけどね……」
「いろんな人が働いているからなぁ。木佐呉だけじゃなくて、周辺から」
この工場だけで、千人近くが働いている。
全員が、天露村の味方ってわけはないだろう。もしかしたら、輝く未来の会の関係者がいるかもしれない。
オレンジジュースのペットボトルに、ペンで「村上」と名前を書いて、キャップをきつく閉めた。それから、冷蔵庫の飲みかけ用スペースに戻す。飯島さんに「お先です」と声をかけ、俺はデスクへ戻った。
その後、来客対応や各部との連絡、調達部との打ち合わせなどをおこなった俺は、午後六時半に仕事を終えた。
バッグに荷物を入れていた時、ジュースを思い出す。
捨てておかないと。
休憩スペースには、この時間は誰もいない。
冷蔵庫から、村上と書いたオレンジジュースを取り出す。
半分ほど残っていて、捨てるにはもったいないなと感じて、飲みながら駐車場へ向かおうとした。
キャップを開けた時、違和感を覚える。
胸が、ざわついた。
なんだろう?
……キャップ、ゆるくなかったか?
嫌な予感。
トイレに寄り、手洗い場でジュースを捨てた。
匂いも色も、おかしなところはない。
ペットボトルをゴミ箱に捨てて、駐車場まで急いだ。
-・-・-・-・-
六月四日、木曜日。
早朝。
部屋のドアを激しくノックされて、まどろみながら返事をした。
「なに?」
「起きろ。俺は出かける」
親父が、慌てた様子で喋る。
ベッドから出て、ドアを開けると黒いスーツを着た親父がいて、ネクタイは手に持っていた。
「どうした?」
「高木が、死んだ」
は?
親父は、何て言った?
「え?」
間の抜けた返事をした俺に、親父が背を見せると階段を降りる。
高木さんが?
ビクっとして、廊下へと飛び出し、階段を降りる親父に叫ぶ。
「高木さんが!? 本当に!?」
「奥さんから連絡があった。首を吊って」
「嘘だろ……」
「奥さんのところに、警察から連絡があった。それで、俺に電話が入った」
親父は玄関で、靴を履く。
嘘だろ。
高木さんは、そんなことするような人じゃないだろ!
階段を降りようとして、足がもつれて慌てて手すりを掴む。
肩越しに俺を見た親父が、「大丈夫か?」と声をかけてきた。
「大丈夫……」
「着替えて、待機していてくれ。俺は木佐呉警察署に行くから」
「わ……わかった」
親父が、玄関から外へと出ていく。
俺は、しばらく立ち上がれなかった。




