第十六話
五月二日、土曜日。
午後九時に、そのライブ動画は始まった。
司会の男性と高木さんが画面に映り、その真ん中に置かれたモニターに、リモート出演の班目が映っている。
『それでは始めます。司会の兵頭です。まず、話題となっている天露村において、移住者側の代表である班目さんです。班目さん、よろしくお願いします』
『よろしくお願いします。班目泉典と申します。ちゃんと本名なんです。ははははは』
白い歯を見せて笑う班目は、白いシャツにネクタイ姿で宗教家というよりも、やはりビジネスマンだ。その印象は、説明会の時と変わらない。
しかし、今日はどうしてか違和感を覚えた。
なんだろう?
『次に、天露村の村議会議員の高木さんです。高木さん、よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
『今日は遠いところ、ありがとうございます』
『いえいえ、東京に出る用事がちょうどあったもんですから』
高木さんの言う、東京に出る用事というのはきっと、渡邊法律事務所を訪れたことだろう。金曜日に打合せをすると、事前に聞いていた。それで一泊、あちらでの滞在を伸ばしたのだとわかる。
親父が、缶ビールをちびちびと飲みながら、テレビ画面を眺めてぽつりと言った。
「パソコンが、テレビに繋がる時代か。すごい時代になった……」
当たり前すぎて、すごいと思えない……。
俺もビールを飲みながら、動画の視聴を続ける。
二人がこれまでの経緯を、それぞれの立場から話し終えたところだ。
俺は、自分のスマートフォンでもこの動画を再生していて、コメントを気にして読んでいたが、高木さんの発言シーンでは、コメント欄が荒れることに気づく。
班目が話している時、コメント欄には乱暴な言葉は書かれない。しかし、高木さんが話す場面では、コメント欄に『差別主義!』『お前らが出て行け』『偏屈!』『危険な思想!』『本当に日本人か? こいつ』といった汚らわしい罵詈雑言が流れる。それはまさに、言葉の暴力だと感じた。
『このコメント欄で、議員を批判してる奴ら、工作員なの?』
その書き込みがされた。
司会者が、そのコメントを拾う。
『えっと、さっきから高木さんの発言に対する、ひどい言葉がコメントされまくってまして。そんな中、工作員じゃないか? という指摘が入りましたが、違いますよね? 皆さん?』
司会者は、カメラに向かって問いかけながら話した。
コメント欄には、『ふざけるな』『もう見るのやめる』『差別野郎の味方か』と書かれるも、先ほどまでの荒れ模様に比べて半分程度になった。
同時接続者数を注視するが、五万人弱のまま減らない。
司会者が、高木さんに尋ねた。
『そもそもなんですが、どうして反対なんですか? これまで説明を聞いてきて、なんでかな? て思う人もいると思うんですよ。班目さんの説明は理路整然としていて、村の役にも立っていて、感謝している高齢者も多いそうですからね?』
高木さんは、頷くとカメラと司会者を交互に見ながら答える。
『まず先にひとつ、述べさせてもらいます。村は今、反対をすることが恐ろしい状況、と言えば伝わりますか? 誰だって、他人から罵倒されたくありません。私であっても、ネットで散々に叩かれていて、気持ちがいいものじゃありません。実害も……家に来る不審者もいて、妻と子供と孫は妻の実家に逃がしましたから……実害も出ているんです』
高木さんは、声を荒げることなく話し続ける。
『お爺さん、移住してきた人たちのおかげで助かっている? と聞かれると、そうだねと答える。そのアンケートをとるのが、村の役場ですからね? 賛成派です。反対しづらい状況……排他主義、宗教差別……レッテルを貼られるのが怖い。これをまず、知っておいてください』
高木さんが続けようとした時、班目が反論しようとした。しかし、司会者がそれを遮る。
『班目さん、少し待ってください。高木さんに回答をもらってから、お願いします。高木さん、どうぞ』
『ええ。最初は、二、三人だった移住者が、一年にも満たない期間で今や村の人口割合の半数に迫る勢いです。そしてそれは、これからも増えると言われる……そして村では、教団のルールが村の生活に影響を与え始めている。食品店から肉が消えた……教団が定めた方法でしめていない肉は出せないからだそうです』
高木さんは、カメラを見つめて訴え続ける。
『自販機も、自然に反するとすべて撤去された……しかし村では、都会のように深夜も営業しているコンビニがない……ゴミ出しルールも、教団の教えに準じるものに変わった。さらには、教団は土葬を推奨しているということで、村では土葬をしなければいけなくなるかもしれない』
高木さんがそこで、一呼吸おいた。
『こういうことに嫌だと反対するのは、排他主義ですか? 差別ですか? これまでの生活を続けたいから、反対しているんです。そして、恐ろしいことに、これらの変化は民主主義の手続きによって進められています……村長が賛成派で、さらに村議会選挙で賛成派が圧勝したからだ。皆さん、これは民主主義を利用した乗っ取りだと、私たちは感じているから反対なんですよ』
親父が、拳を握る。
俺も思わず、前のめりになっていた。
スマートフォンを見る。
コメント欄が、止まっていた。
パンク?
『俺も、嫌だな』
そのコメントが、ポツンと投稿された。
『私も』
『怖いよな、それは』
『選挙、行かなきゃダメだな』
『お前ら、影響されすぎw』
『騙されるな』
『俺のところも、過疎だからなー』
高木さんが、そこで司会者に言う。
『そして、班目さんを信用できない理由があります。反対派が批判されていることと、教団の活動は無関係で、世論の動きだからどうしようもない。自分も心を痛めていると、先ほど仰いましたね?』
『……ええ、本当に心が痛みます』
班目はそこで、目を伏せて頷くと続ける。
『私たちは、一日も早く、あなた方が歩み寄ってくださるのを待っています』
高木さんは、ジロリとモニターの班目を睨むと、首を左右に振った。そして、カメラをまっすぐに見て、口を開く。
『班目さんは嘘つきです。だから私は、彼を信用しないし、彼が代表を務める輝く未来の会を、決して信用しないのです』
『嘘? ついてませんよ。いや、体重を誤魔化したりはしますけどね』
班目がおどけて言うも、声のトーンが少し怪しい。
そこで俺は、ずっと抱えていた違和感に気づく。
班目の、顔だ。
目元。
鼻の形。
笑う時、上唇だけがわずかに吊り上がる癖。
俺は、この顔を見ている。
もちろん、説明会ではない。
どこで……?
……あ!
「あ!」
声に出ていた。
「どうした?」
親父が、驚いたように俺を見ている。
「この人、小林だ」
その名前を、口にしていた。
わかった。
昨日、あの動画を見ていたからだ。
班目という男は、昨日の動画に出てきた小林という男だった。
眼鏡と髭がなく、髪型もスタイリッシュになっているから別人のようだが、間違いない……俺はスマートフォンを操作し、再生履歴からその動画を再生する。
やっぱり……班目は、小林だ。
『班目さん――』
高木さんの力強い声で、意識が動画へ引き寄せられた。
『――あなたは反対派を潰すために、動画制作を海外に拠点を置く法人に依頼をしていますね?』
『……何の話ですか?』
反論した班目だが、明らかに動揺しているとわかる。目をきょろきょろとさせて、瞬きが増えたのだ。
高木さんは、冷静に話を続ける。
『私の代理人弁護士が、動画を投稿した複数チャンネルに対して法的措置の通知をしました。そのうち一名から、謝罪と共に、案件依頼のメール、支払記録、提供された動画素材の一部について回答を得たのです』
『……』
『発注元は、輝く未来の会の関連法人です』
司会者の兵頭は、強張った表情で口を開く。
『ま……班目さん、いかがですか?』
『ね……捏造だ』
班目は、感情を押し殺すように、声を絞り出していた。
『いえ、嘘ではありません。私の弁護士が調査し、少なくともその疑いを示す資料を確認しています。これからさらに、証拠は増えるでしょう』
『嘘をつくなぁ!』
班目が、激昂した。
司会者が、喚く班目を注意する。
『班目さん、まずは高木さんの主張に反論を――』
『嘘なんだよ! こいつが言っていることは大嘘なんだよ!』
『ですから、それならば反論――』
司会者が制止するも、彼はとまらない。
『おい! 高木! 今すぐ発言を撤回しろ! そんな作り話はやめろ! でたらめなことを言うな!』
『班目さん、お静かにお願いします』
司会者の制止にもかかわらず、班目は怒鳴り続けた。
『茶番だ! この番組は私を陥れるためか!? お前らはグルなんだな!? 付き合っていられるか!』
プツン、とモニターが消える。
討論中に、班目が接続を切ったのだ。
コメント欄は大荒れとなった。
『マジか!』
『すごいスクープだぞ』
『あのユーチューバーもグル?』
『逃げた』
『www』
『嘘つき』
『高木は嘘つき』
『その議員は嘘つきだ』
『そいつが嘘つきだ』
『工作、おつ』
画面の中で、高木さんが静かに口を開いた。
『金を受け取って意見を言っただけなら、私たちはここまで言いません。問題は、虚偽の動画を、事実であるかのように広めたことです。その結果、私の家族は避難し、村の人たちの仕事にも実害が出ています。名誉毀損と業務妨害で、告訴する予定です』
親父が立ちあがった。
ビールの缶がその手から落ちて、床を転がってビールがこぼれる。
「高木! やったな……」
親父は、画面を見つめたまま力強く声を出す。
俺も、画面の高木さんから目を離せなかった。




