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Ep.09 広島

ご訪問ありがとうございます

※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています

チェックアウトの準備を終えて、相棒の液晶に目を落とす。

昨日、工房で撮ったデニムが織られている写真。

完璧ではないけれど、必死に向き合おうとした証に、光が写り込んでいた。

光と影、藍色の布の凹凸、職人の指先の動き。

迷いながらも模索したこと、そして職人の手元から感じた時間や覚悟。

それらが、わずかだが俺の中に灯をともしている。


「下手でも、向き合った証だ」


小さく呟く。

肩の力が少し抜け、これまで抱えていた不安や焦りが、朝の光に柔らかく解けていくようだ。

液晶に写った織機を見つめながら、この地で触れた光景と人の営みを反芻する。

写真を撮ること。

向き合うこと。

それはまだ怖い。

でも、昨日一日で感じた手触りや光の感覚は、確かに俺の中に残った。

少しずつでも、また前に進める気がした。

それらが、これからの旅の力になることを願って。

昨日買ったデニムのキーホルダーの一つをカメラバッグにつける。

揺れる藍に触れ。

大きく深呼吸して、荷物を手に取る。

整理をつけるべく、次の地へ。

倉敷駅のホームに上がると、朝の空気はすでに少しだけ温度を帯びていた。

列車を待っていれば、接近メロディが鳴った。

彼女が口ずさむ声が聞こえる。

滑り込んできたのは黄色い車体。

塗装のくすみや細かな傷が、ここを行き来してきた時間をそのまま残しているようだ。

ドアが開く。

半自動のボタンに触れて乗り込むと、車内にはまばらな乗客。

ボックス席の一角に腰を下ろす。

ゆっくりと電車が動き出す。

ホームが流れ、街が後ろへと引いていく。


 ガタンガタン


規則的な揺れ。

その単調さに、さっきまでの思考が少しずつほどけていく。

視線を上げると、窓の外に朝の光。

低い建物の屋根、干された洗濯物、まだ動ききっていない街。

後ろへ流れていく景色を眺めていれば。

しばらくして、車内アナウンスが次の駅を告げる。

入れ替りの流れに交ざって乗り換える。

同じ黄色の車体でも、さっきとはどこか違う空気。

座り直し、深く息をつく。

まだ旅の途中だ。

けれど、昨日までとは違う足取りで進めている気がした。

海が見えたのは、不意だった。

視界の端に光が揺れて、顔を上げる。

瀬戸内の水面が、細かく砕けた光を返していた。

海は続いているはずなのに、どこまでも開けている感じはしなかった。

小さな島が、浮かんでいる。

波間に光が揺れ、潮の匂いまで届きそうだ。

島々の大きさや距離が微妙に違うことに、視線が軽く止まる。

どこかへ抜けていくわけでもなく。

ただ、その場に留まるような景色だった。

島が完全に主役になるわけじゃない。

でも、視線の先に必ず引っかかる。


──面白い


相棒を取り出し、パッと撮った。

シャッター音は、あまりにも軽い。

確認するでもなく、膝に戻す。

今の一枚が上手く撮れているかどうか、気にならなかった。

ただ、視線が引っかかった場所を、そのまま切り取っただけだ。


──それでいいのかもしれない


窓の外の島々をもう一度目でなぞる。

均等じゃない距離。揃っていない高さ。

なのに、どこか落ち着いて見える。

しばらく、ぼんやりと景色を眺めていれば車内アナウンスが現実へと引き戻そうと声をあげた。


「今日もJR西日本をご利用くださいましてありがとうございます。次は終点・広島です。新幹線・山陽線・呉線・芸備線はお乗り換えです」


座席を立つ人、荷物を整える音。

さっきまでの揺れに溶けていた時間が、少しずつ現実に戻っていく。

窓の外の景色も、いつの間にか街の密度を増していた。

建物の高さが揃いはじめ、線路の数も増える。

遠くに見えていた海は、もう視界から消えていて。

およそ三時間の移動を終えるために、列車がゆっくりと減速する。

ブレーキ音が加わり、やがて滑るようにホームへと入っていく。

ドアが開く。

朝とは違う空気が流れ込んできた。

人の足音、アナウンス、行き交う視線。

カメラバッグに触れる。

揺れる藍のキーホルダーが、わずかに指に当たる。

確かに、自分の中に残っているものがある。

小さく息を吐く。

人の流れに身を任せながら、その感触だけは手放さずに歩き出す。

駅を離れて少し歩くと、ふいに視界が開けた。

川だ。記憶していたよりも、ずっと駅のすぐそばにある。

橋の上で足を止める。

水面が、細かく光を返していた。

さっき見た海と、どこか似ている。

でも、ここでは流れている。

まっすぐに駅前通りに踏み出す。

稲荷町を右折すれば、また川。

今度は足を止めずに、そのまま渡る。

光だけが、視界の端に残った。

音がして、来たな、と振り返る。

路面電車は、一瞬でザッと抜けていった。

空気が少し引っ張られる感じがある。

去っていくのを目で追って、あんな色だっただろうか?と首を捻る。

昔、二人で乗った時はもっと古めかしい緑色だった気がする。

でも今、目の前を通り過ぎたのは正面のガラスが大きく、新しい型の車両だった。

機会があれば乗ってみよう。

あれこれ考えている間に、目的地に着いた。

ホテルに入り、フロントで声をかける。


「チェックイン前ですが、荷物だけ預かってもらえますか?」


了承にお礼を告げて、スーツケースを差し出す。

カメラは手元に残した。

預け札を受け取り、ポケットに滑り込ませ、外に出る。

さっきよりも、街の音がはっきりと耳に入ってきた。

時刻を確認すれば正午を過ぎている。


 「のりくん、お腹すいたね?」


声に誘われるように、ぐぅと主張する腹に苦笑。

風に混じって届く香りに引き寄せられるように、少し歩く。

青い暖簾のかかった店。

ドアを開けば、鉄板の熱気とソースの匂いが一気に押し寄せてきた。


「いらっしゃいませー!」


声に軽く頷いて、少し混雑している店内の空いた席へ向かう。

鉄板を前にしたカウンター。

隣には先に座っていた大学生くらいの青年。

黒いTシャツ、日に焼けた肌。

視線が一瞬だけ交差する。


「隣いいですか?」

「っす」


それだけの短い挨拶。

でも、その距離は思ったより近い。

そば玉を注文し、しばらく待つ。

鉄板の上で、ソースが静かに焼けていく音と香りが空腹を直撃する。

次々と焼き上げられていくお好み焼きを眺めながら、その仕事ぶりに思わず見入ってしまう。焼きのパフォーマンスが楽しい。

油が弾ける音。

キャベツが蒸される甘い匂い。

ヘラが鉄板に当たる、乾いた音。

ひとつのリズムみたいに、店の中が動いていた。

クレープのような薄さの生地にキャベツやもやし、豚バラが乗せられていく。

鉄板の上で焼かれていく層。

ヘラで押さえる手の動き。

焼かれた生地で挟まれ、蒸し焼きにされる横でそばが焼かれている。

差し込まれたのは天ぷらだろうか?

トッピングすればよかったか、とメニューを見る。

次の機会に覚えておこう。

卵のパフォーマンスも面白かった。

卵を割るごとに双子が現れるとは思わなかった。

彼女が好きそうだな、となんだか幸せな気持ちになる。


「はい、結城(ゆうき)くんおまちどおさま」

「あざっす」


天ぷらトッピングは隣の青年のもとへ。

常連なのだろう。

とても美味しそうに食べている。

いいなぁ。と思っていれば、お好み焼きが目の前に。

コテで細かく取り分け、ひと口。

鉄板の熱がまだ残っていて、思ったよりも熱い。

じわっと広がるもやしの水分、キャベツの甘み、麺の食感、焦げと魚粉の香りが一体となっていく。

もやしもキャベツも食感があって口のなかが面白い。

噛むごとに層がほどけて。

さっき見ていた手の動きや、重ねられていた工程が、そのまま口の中で再現されるような感覚。

自然と、もうひと口。

今度は少し冷ましたためか、さっきよりもちゃんと味が分かる。

ミツワソースを掛けて更にひと口。


「……うま」


奥深い甘み。

さらにそれが鉄板の上で焦げる香りは、鼻腔をくすぐるというより、脳を直接ノックしてくるよう。

隣では、結城くんが迷いなく手を動かしている。

結城くんの迷いのない手元を眺めながら、また一片を口に運ぶ。

鉄板の熱はまだ引かない。

ソースの焦げた匂いが、記憶のなかの甘い感傷を少しだけ焼き飛ばしてくれるような気がした。


ご一読いただき、感謝いたします

引き続きお楽しみいただけましたら幸いです

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