Ep.12 結城
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※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています
真っ白な光の中で、自分だけが真っ暗な絶望の中にいた。
バシャ、という乾いた音が遅れて届く。
光のあとに来るその音だけがやけに現実的で。
逆に、自分が置いていかれているみたいだった。
光に包まれているはずなのに、胸の奥だけが、底のない暗闇みたいに沈む。
広島、じゃない。
その事実だけが、網膜に焼き付いたフラッシュの残像みたいに、いつまでも消えてくれない。
ほんの十数分前まで、俺に向いていたのは天井からの電光と窓からの光だけだったのに。
ドラフトを見守るために用意された部屋には、必要以上に人がいた。
監督とチームメイト。
そしてカメラを持った、知らない大人たち。
その全員が、俺じゃなくて、テレビを見ていた。
「そろそろだな」
誰かが言った言葉は、そわつくざわめきのなかでも目立っていたように思う。
画面の中で、球団名が表示される。
名前が呼ばれるたび、部屋の空気が少しだけ動く。
テレビの音は一定なのに、誰かが息を呑むたびに、微妙に揺れるような。
「第二巡選択希望選手、」
そこで一瞬、世界が止まる。
呼ばれないと分かっているのに、耳だけが勝手に期待している。
すぐに別の名前が続く。
「……まだある。大丈夫」
また誰かのフォローみたいな言葉。
それを何度か繰り返して、ようやく分かる。
──ああ、これ、俺の番来ないやつだ
何が足りないのだろう?
選ばれたやつにあって、俺にないものはなんだ?
思い描いたドラフトの現実は、夢とは異なっていた。
ただただ一人ずつ、淡々と。
画面の中で、良く知らない誰かの人生が決まっていくだけ。
悔しいかって聞かれても、分からない。
自分は届かなかった。それだけだ。
グルグルと落ち込むなか、急に静かになった。
なにも変わっていないのに、全部遠くに引いたみたいに。
なんだ?と視線を上げて。
自分の名前が飛び込んできた。
「ありがたい話だと思うぞ」
囁くような監督の声に、頷く。
そうっすね、とは言えない。
だって、赤じゃないから。
返事はもう、決まっている。
「おめでとうございます!」
バシャバシャ、と無数のフラッシュに襲われる。
それはまるで、俺を焼き尽くす攻撃だ。
「プロ入り確定だ!」
盛り上がるチームメイトの声が遠い。
息が苦しい。
「ご指名ですが、今のお気持ちは?」
マイクを向けられ、咄嗟に何かを答えた。
どんな言葉を並べたか、自分でも覚えていない。
評価していただき、ありがとうございます、とか。
そんな中身のない言葉だったと思う。
自分の声なのに、誰か他人が喋っているのを聞いている気分だった。
熱狂は、思ったよりあっさりと引く。
おめでとう!の祝いも、背中や肩を叩く手も。
気づけば全部、遠くの出来事だったみたいに薄れている。
あれだけ騒がしかったフラッシュも。
嘘みたいに消えている。
残っているのは監督と、まだ熱の残る空気だけだ。
「……落ち着いたら、連絡が来ると思う」
監督がそう言ったタイミングで、電話が鳴る。
先に対応してくれた監督が二三言話して、受話器を向けてくる。
一度、深く息を吸ってから受け取った。
「はい」
球団名を聞いた瞬間、少しだけ背筋が伸びた。
内容は、分かりきっている。
指名の意志があること。
契約条件と今後の流れ。
「…はい……ありがとうございます」
一通り聞いてから、ほんの少しだけ間を置いて。
「すみません」
自分でも驚くくらい、声はいつも通りだった。
震えても、掠れてもいない。
「今回は、進学しようと思ってます」
電話の向こうで、少しだけ間があった。
それでも切られたわけじゃない。
向こうも、言葉を選んでいる。
少しだけ視線を落とす。
答えは決まっているのに、言葉にすると安っぽくなる気がした。
「まだ、足りないんで」
相手は丁寧だった。
ありがたい言葉をいくつか受け取って、通話を切る。
電話を切ったあと、しばらく受話器を見ていた。
「本当にいいのか?」
「ありがたい話だって、分かってるんですけど……カープじゃないんで」
監督の言葉に、ゆっくり頷く。
赤じゃないなら、意味がない。
今、行けないなら、次に。
「もったいないぞ」
「そうっすね」
でも、ここで妥協しても通用しないかもしれない。
野球をやめる理由もない。
だから、もう一回やる。
それだけだ。
生意気だ、とか。
せっかくの指名を蹴るなんて、とか。
色々な言葉を投げられた。
でも、仕方ないじゃないか。
目指す、夢があるのだ。
否定的な意見はすぐに落ち着いた。
来年度は大学の最高学年。
秋には、二度めのチャンスがくる。
そんな三月の下旬のある日、行きつけの店で昼食を取っていたら、隣にいた観光客らしき男に聞かれた。
「……怖くないの?」
カメラを持っていたから記者かと思っていたが、どうやら俺のことは知らないらしい。
「怖いっスよ」
選ばれなかった悲嘆。
周囲の喜びを裏切る苦しさ。
もう一度味わうかもしれない地獄を、覚えている。
「だから、やってるんだと思います」
「……無理かもしれなくても?」
「無理かもしれないけど、やるんスよ」
愚問だった。
無理だと諦めるくらいなら、きっとあの時妥協してた。
「結局、“やる理由”なんて後付けなんじゃないすか?」
笑わないと、やってられない。
苦しい顔をすれば、諦めれば良かったんじゃないかと言われかねない。
夢を追いかけようとしたのは、俺だ。
決めたのなら、追い続ける義務がある。
「やってるやつは、やめてないだけなんスよ」
緊張でもしているのか、喉がカラカラだ。
水を一口飲む。
「……ありがとう」
突然の感謝に驚いた。
お礼を言われるようなことなんて、なにもしてない。
困惑しながら否定したが、男は笑って頭を下げた。
「いや、勉強になった。ありがとう」
店を出ていく背中を呆然と眺める。
何の、お礼なんだろうか?
分からないまま、俺も店をあとにして。
しばらく胃を休ませてから、走り込みを始めた。
いつものルーティン。
平和大通りを抜け、川沿いを大きく回る。
ただ走るだけでなく、途中でダッシュも数本挟む。
そうして、およそ一時間かけて家に戻り、バットとタオルを持ってゲートパークへ向かう。
そこは平日でも家族連れや観光客で賑わう華やかな場所だ。
広場について目を閉じて、大きく深呼吸を繰り返す。
弾んでいた呼吸を整えて、ゆっくり瞼を持ち上げる。
今、俺の目にはスタンドの熱気の幻影が見えている。
素振りやシャドーピッチングのセットをこなしていると、ふいに音が聞こえた。
視線を動かした先には。
──あの人だ
昼の男が、カメラを構えていた。
一瞬、あの日の、俺を焼き尽くすようなフラッシュが蘇る。
すぐに視線を外して、大きく息を吐いた。
プロになるなら、慣れなければいけない。
平常心で、と自分に言い聞かせる。
幻影は現れてくれない。
こういう、メンタルの弱さが選ばれなかった理由なのだろうか。
一度深く息を吸う。
肺に目一杯溜めてから、スイング。
雑に振らないように、軌道を意識する。
バットが空を裂くたびに、カメラが気にならなくなっていった。
予定したセットを終え、一息ついて視線をズラしたら。
まだいた男と目が合った。
「勝手に撮ってすみません。今、消します」
「え、なんでっすか。消すのもったいないっす」
急に下げられた頭に、驚く。
嫌なら最初に気づいた時に断れた。
この人のカメラは、あの時のカメラとは違う。
うまく説明はできないけど、それだけは分かる。
「それ、今しか撮れないやつっす。入団前の俺の練習風景なんて、数年後にはプレミアもんっすよ」
笑顔で嘯く。
あえて無邪気な憧れに偽装するように。
けれど、この人はまるでそんなことが通用しないかのように眉を下げた。
すぐにデータを渡せないと悄気る姿に目を剥いた。
真摯に向き合ってくれている。
願望を妄想のラベルで差し出した俺を、レッテル無しで見てくれている。
「なら……俺がプロになったら、球団の事務所宛に送ってください」
バットの先が、地面を軽く叩く。
本心を伝えるのには、勇気がいる。
地獄が、近付いているような。
「今は、いいっすわ。まだ、“ただの一般人”なんで」
ドキドキと、鼓動がうるさい。
大言壮語だと、思われないだろうか。
「分かった…応援してる……ありがとう」
まただ。
笑顔で返された感謝に、呑まれた。
お礼の意味は、まだ分からない。
頭を下げて、場を辞する。
風が、汗の冷えた首筋をなぞっていく。
分からない。
選ばれなかった。
断った。
まだ足りないと思った。
それだけのことだ。
なのに──誰かにとっては、それでも十分だった?
胸の奥に、言葉にならない違和感が残る。
選ばれることだけが価値じゃない。
成功だけが意味じゃない。
そんなことは分かっているつもりだった。
でも、自分の中ではずっと、“結果がすべて”だった。
ありがとうって、何に対してだ?
俺は別に、何もしてない。
ただ食べて、走って、練習して、写真を撮ってもらっただけだ。
なのに、なんであの人は“ありがとう”って言ったんだろう?
応援されてる側って、こんなに無自覚なんだろうか。
──あれ、俺……、身内には何も言ってなくね?
見られてるのは分かるのに、見てなかったのは俺か。
応援は常にそばにあった。
弁当を作ってくれた手。
送り迎えしてくれた背中。
試合を見に来てくれた声。
全部、当たり前みたいに受け取ってきただけじゃないか。
風が少し強くなる。
喉の奥が、やけに乾く。
「……言ってねえな、俺」
はああぁ、と息を吐いて頭を抱える。
こんなことで、選ばれる側になれるわけじゃない。
でも。
「……ありがと、くらいは言っとくべきっすよね」
ポツリ、呟いて頬を張る。
今さらだとか、照れくさいとか。
そんなのは全部後でいい。
気づいた今が、行動の時だ。
「うっし!」
足は自然に前へ出ていた。
これからも、駆けていこう。
あの写真が、届くまでずっと。
ご一読いただき、感謝いたします
引き続きお楽しみいただけましたら幸いです




