天国に最も手が届きやすい街、地獄に最も急落下する街
かの魔王はある時、この世界を手中に収めた。
幾たびの犠牲を越え、遂に世界に勇者が生まれた。
劣勢となった魔王は策として、強力な味方の召喚を試みる。
しかし、呼び出されたのは非力で、体躯は矮小、魔法はおろか言葉も通じぬ人間が魔法陣の中心に十程出現した。
異世界に呼び出された人間達は魔物達に虐げられ、差別を受け、生き地獄をその身に受ける。
三日経ち、人間達は簡素な武器を持たされ、獰猛で残酷で冷徹だと評判の勇者に、神風の如く特攻を命じられる。
人間達は勇者と対峙をするやいなや、きっと斬りかかられると確信していた。
それに恐怖し、地面が脚を離してくれないと他責する。
いざ勇者に突撃すると、勇者はその慈愛でその地獄に灼かれた心を女神の息で包帯を包んであげたようだった。
絆された人間達は勇者から言葉を教わり、魔法を教わり、闘い方を教わる。
終には勇者とその人間達一行は魔王を前にする。
勇者一人に劣勢な魔王軍は、仲間を作った勇者に苦を強いる事なく惨敗。
しかし魔王は一矢報いた。
魔王は死の直前、異世界の人間達を呼び出した魔法を逆流させ勇者と相打ちになる。
人間達は怒り、嘆いた。
それから人間達は、力をつけた。
もう再び、不幸な人間を生まないように力をつけた。
法を作り、利便を加速させ、より異世界の人間の地位を上げる。
いつしか、勇者は忘れられる。
異世界の人間の地位は止まることを知らず、最期には一人になる。
手を取る友がいなければ、彼は時が進むに連れ暴君と化す。
暴君はやがて悪魔となり、今、それすら超える魔王と成ろうと企む。
〜
「これが、儂が知る歴史であり、そして今じゃ。まぁ、多少隠させて貰ってるところはあるがな。.....これで満足かい?外の者よ」
「いや、充分だご老人よ。感謝する」
まだ付け始めたばかりなのか、人差し指に嵌められた一雫の宝石の指輪を直す。男は直しながら次いで質問をする。
「あなたのお名前を聞いても?」
「バルト.....これだけ覚えてくれれば良いです」
「ふむ...承知した。バルト殿、ここでは物々交換なのだろう?肉か魚か液体か。好きなものを選ぶといい」
男は宙に手を翳すと、魔法陣が現れ中を弄る。
「.....水を少々頂けると助かる」
要望を聞くと、男は500mlのペットボトルを机に置きその家を立ち去った。
「やはり歴史はその土地に住む者に聞くべきだ。五十嵐哲治.....彼は世を救う『勇者』となるか、はたまた世を地の獄へと堕とす『魔王』となるか。...少なくとも後者になるのを止めねばな」
〜
その街はこの世界で最も陽に近く、この世界で最も高い街。人々は薄くしかし煌びやかな装いだ。踊るように街を歩き、聴こえる声は笑い声の多さやいなや。
エレベーターが着き、陽の光に目が慣れてきた頃、周囲を見渡したショウタとルカは自分の場違い感をひしひしと受け止めていた。
「なぁ、気晴らしに飯でも食べに行こうと思ってたけどよ...まずはTPOに則った服装になろうぜルカ。この砂塗れの服をいい加減脱ぎテェよ。暑いし」
「そ、そうですね。TPOが何だか分かりませんが、この場に適した装いが必要なのは確かです.....」
肩を落とし、誰の目にも明らかなこの場に適さない装いを脱しようと二人は企む。肩を落とした理由はいくつかあるが、少なくともショウタは暑さを逃すことを最優先にしているようだ。
ー
しばらく歩くと、京都の着物屋の様な店を見つける。店の前には幾つもの織物が展示されており、道行く女性達の視線を一度は奪ってしまう、そんな美しさを秘めている。
「すげ〜なこれ、ここで服買ってこうぜ。ここならちょうどいいもんあるだろ」
「ええ、周りの服を見た感じここならそれなりの物で揃えられそうです」
ショウタとルカは店の前でなんとも失礼な雑言をたれる。ショウタはこの世界の価値が麻痺し、ルカは物々交換しか知らないので店や物の価値を捉えられていない。
「おやまぁ随分可愛らしいお客さんどすなぁ。こーんな可愛いお客さんに合うお着物は「つむぎ」にありはりましたかなぁ〜?」
店の中からはんなりとした、京都美女がひょっこりと出てくる。着付けられたお着物は、展示されてるどの絹よりも艶やかで細やかに見える。スタイルも良く、彼女が近づいてくるまで自分と同じくらいの身長だとは気付けなかった。
「あ、あぁそうだな、こういう大人の店には子供服は置いてないんじゃないか、ルカ?」
「あっ!ひどい!さっきまで一緒に買おうとしてたじゃないですか!」
ショウタはルカを軽々と裏切り、美女の方へと体を寄せる。
「そうやなぁ...お兄さんも随分賑やかな格好しとりますなぁ.....」
「いやぁ〜なかなか山あり谷ありでここに来たもんな.....」
何処かで聞いた事がある.....。
京都には京言葉なる、上質な悪口があると!
この店、この言葉遣い、もしかして.....!!
「い、いやぁ...こんな地味な格好.....このお店ではんなりさせて欲しいなぁ...なんちゃって...」
「お兄さんおもろいこと言いますなぁ。おもろすぎて腹の虫を沸かすとこやったわぁ」
つまらな過ぎて変に言葉を混ざらせてしまった.....。
そんな時、店の奥から一人の女性が突き飛ばされ店の外へと出された。
しかし女性側も食い下がらず、突き飛ばした女性店員に抱き付き言い訳を始める。
「さっさと出てって下さい!」
「絶対.....絶対稼いだら返すから!だから今だけ貸して?!お願い!!私は...綺麗でなくちゃいけないの...!稼がなくちゃいけないの!!だからお願い!お願い!お願い!お願い!お願い!!!」
側から見れば、実に惨めな者だった。既にそこそこの身なりはしていたのに、欲に溺れ、さらなる欲へと自らを浸からせる、そんな様に思えた。
ただ一人、ここにいるただ一人だけはそうは思わなかったらしい。
「お.....母.....さん...?」
二度目の再会は、より醜悪な方へと歩みを加速させる.....。。。




