『大人一名、子供一名』
辺りには撃たれた銃弾が転がっている。この風景だけを切り取ったら、西部劇かなんかのセットに見えるだろう。
一連の諍いを退けたショウタは、買ってきたべいせんを皆んなで机を囲み食べていた。
これからの作戦会議と称しているが、1枚、2枚と思いの外べいせんが進んでしまう。これはいけないと自戒し、つまみがてらショウタがバルトに質問を投げる。
「なぁじいさん、あんた上に行く方法なんか知ってないか?」
「じいさんなんてよそよそしい。これからはバルトの名を呼んでくれ。...質問に対してじゃが、ヒントくらいは伝えられるかもしれまい」
「ふーんそうか。ヒントってことはバルトじいさんは知ってるけど教えたくない感じか?」
「知っているわけではない。ただ上に行く連中が通う酒場がある。そこでならなにか情報が得られるじゃろうて。.....もっとも、ルミナリエに住む光の民が上に行きたがることなどあるまい」
バルトは返事の合間にズズズッと茶を啜り肩を落とす。ショウタもバルトの声のトーンが落ちていることは理解できたが、その理由がすぐには分からなかった。
「.....でもお父さんとお母さんは上に行ったよ」
二人の間に割って入ってきたのは、ムスッと膨れた顔をしたルカだった。
「.....それが分かってるなら、2人を連れ戻してくるんじゃ。金などいらん、すぐに戻れと伝えねば」
最後の一枚を食べ終えたバルトは、席を立ち上の階の自室へと戻ろうとする。部屋を出る前、思い出したかのようにドアに手を掛け顔は向けずに伝える。
「そうそう、店の名前はアルタという酒屋じゃ」
ー
切り立った崖のような山の麓。そこはいつ上からの被害を受けるか分からない場所になっている。そんな場所には治安の悪い店や、故意的に破壊されたような家が混在している。
そんな麓にある酒場もまた、例に漏れず看板は斜めにかけられ、サルーンドアは右側はもう外れている。中から聴こえる客の声は悪声と表現できる。絶えず怒号を発し、内容も下劣なものばかり。そんな酒場に、群を抜いて自慢げに話す者が一人.....。
「それで言ってやった訳よ!『なんだ、ただのカモか』ってなっ!」
これでもかと主張するモヒカン、熊と間違う程発達した見せ掛けのガタイ、パンクな衣装を見に纏う彼は決め台詞を放った後仲間達と笑い声で店を破壊するほど声量を張り上げる。
「ワハハハハ!ったくクギャーゾのその話は何度でも笑えるな!」
その笑いに追撃をかけるように仲間が合いの手を入れる。
「あぁ!この指輪を手に入れてから全てが上手くいきやがる!リュウジ様の部下になれるわ、たまたま立ち寄った街で大金を手にするわ、さらにそれを手柄にさらに昇進!俺の快進撃は止まらないぜぇ!」
酒場のテーブル席全てを貸切状態、カウンター席は半分以上が奴等の物になっている。
残り半分のカウンターには、彼らの悪声をうざったい顔をしたショウタとルカが右から左に流す。
「あ、あの野郎.....!ここであったが百年目.....」
しかし聞くに絶えないあの出来事を話されたショウタがやはり、言い返そうとしたした瞬間、何者かに手を重ねられた。
「見ず知らずのあなたがその拳を振るう必要はない。それに、あれは私が蒔いた種だ」
壮年期の終わりかけな見た目をした男が、ショウタの怒りを安らぎを覚える低い声で宥める。ショウタの腹の底から湧き上がった怒りの火を、男は大きな厚い布で覆い被せるようにすぐさま鎮火させた。
「...悪いなおっさん。あれは俺の話なんだ。だからここは引き下がる訳には.....」
「合理的じゃないな、その判断。他人の厚意は素直に受け取るが吉だよ」
驚くべきことに2億の力を持ってしても、重ねられた手を振り解くことは出来なかった。
それだけで力の差を覚えたショウタは座り直し、様子を見ることにする。
「そう、それが合理的だ。回収後は好きにしてくれて構わない」
回収後って.....奴から回収するものなんてあるのか?
「よぉ若者。それは私の物なんだ。返してくれないか?」
壮年の男は悪声の中心へ自ら赴き、ペットに話しかけるように優しく声をかける。
しかし、酔いも周り昂る彼は聞く耳も持たず優しく投げられたストレートを場外ホームランで返す。
「あんだってジジイっっ!!!ここはお前みたいな年寄りが来るところじゃないんだよ!!!」
酒をぶっかけられ、壮年の男が着ていたポンチョは濡れてしまう。その姿にまた周りの仲間は高笑う。
ショウタ達は急いで加勢に行こうとしたが、男は濡れたポンチョをその場で絞りながら気怠げに喉を振るわせ始める。
「はぁ.....いいか?お前が拾ったその指輪。それは幸運の指輪でも夢を見させる指輪でもない。それはな、運を先取りする指輪、『天の借』。今の君の運は常人の人生3周分ってところか?全く運が良い」
「運だぁ?こいつは俺の実力だァ!」
何度目かとため息を吐きたくなる様子で男は説明する。クギャーゾはそんなこと知ったことかと吐き散らし、持っていた木製のジョッキを投げつける。
しかし.....
「ぐはぁっ!」
そのジョッキは男から外れ、偶然店の中に張られた布に跳ね返され、丁度その力のまま返されると.....気づけば攻撃を喰らったのはクギャーゾの方だった。
それから近くにある物を男に向け、ひたすら物を投げるが、どれも奇跡的な確率でまたクギャーゾの元に返ってくる。
「ギャハハハ!クギャーゾの奴自分の事攻撃してやがる!」
「笑ってんじゃねぇ!お、おかしい.....何でこんな事に.....!」
最初の威勢とは裏腹に、張り上げられた声は震え、指先は汗ばむ。近くに物が無くなったと同時に、男は床を軋ませながらクギャーゾに近づく。
「く、来るな!俺のそばに近寄るなぁっ!」
すでに怯え切ったクギャーゾは目を瞑り、身を屈めていた。しかし、意外にもクギャーゾの横を男は横切っただけに納めた。
「.....頂戴したぜ、この指輪」
それを見切れたのは、ショウタだけだった。その場のほとんどの人間は、男がクギャーゾの隣を横切るだけに見えた。
それは、間違いだった。
男はすれ違う一瞬、屈むと同時に構えられた右腕に完璧な技術で機能停止させる。力の入らない右手から指輪がスルスルと外れ、男が通り過ぎそうになると、指輪を踵で蹴り上げ、見事に自分の指に嵌める。
「凄すぎんだろ.....あんた、名前は.....?」
「adiós!.....さよならの言葉だ。お互いこれで会うのは最初で最後だろうさ。人生という長い旅路の中で、すれ違った旅人同士。名前なんて交わさねぇ、交わすのは酒一杯までだ」
男はキザな台詞を残し、近くにあったジョッキを飲み干すと、店を後にする。
この世界の男はキザな台詞を言わなきゃ死ぬのか?
男が立ち去った後は、また最初と同じ様に酒場の連中は騒ぎ始めた。
.....一人を除いて。
腰が抜け立ち上がることもできなくなったクギャーゾに向けて今の自分の力を存分に振るえる気がしない。
ただこのやるせない気持ちをこのままにしておけないショウタは近くに寄り、目線を合わせる。
「.....おい、俺を覚えてるかこの野郎。今謝ったら許してやるよ」
「お、お前は!お前みたいなカモに誰が———」
その言葉を聞けて安心した。
謝る気がさらさらない奴の言葉を、途中で遮るように額に手痛いデコピンをくれてやった。
それを喰らったクギャーゾはひっくり返るように床に頭を打ちつけ、気絶してしまった。
「やべっ、つい力入れすぎて床壊しちゃった。こりゃ弁償しなきゃか?」
個人的な復讐を済ませたところで、俺はトボトボとルカの席へと戻る。
ルカの前にはグラスを拭いているマスターらしき人物が、ルカと談笑を初めていた。そこに割り込むように謝罪を入れる。
「ごめんマスター、なんか勢い余って床壊しちゃったみたいで.....」
「いや、いいんだ。あいつの姿を見て清々したよ」
そうか、と乾いた返事が思わず出る。
マスターの今までの苦労が言葉に表れている様で、なんだか人助けをした気分だ。
「マスターに話をつけておきました。ショウタさん、どうやら知っている様です」
「話が早くて助かるぜ。.....そういうことだから教えてもらいたい、マスター」
効率的に時間を使ったルカのおかげで、話が早く済みそうだ。
ショウタとルカは席に座り、マスターの方へと身体を向ける。ショウタは、騒ぎ散らかす輩達とはまた違ったカスハラを押し付けている様になっている。
「.....ここにくる奴なんて、それしか目的が無いんだ。最初からな」
言葉を終わらせると、先程まで拭いていたグラスを置く。マスターはこちらへ来るよう軽く首を動かして促す。
ショウタとルカがカウンターの内側に入ると、マスターがあるお酒を取るように引く。それを幾つか繰り返すと、酒場の喧騒に紛れて機械音が微かに聞こえてくる。
確認しながら操作しているのを見るとなにか決まった動作が必要なのか?海外のスパイ映画みたいでかっこいいな。
ルカは正面を警戒してる中、ショウタは余裕ありげにマスターを観察する。そして最後の瓶を引く前に、マスターが呪いのように言葉を吐く。
「大人一名、子供一名.....入国」
瓶を引いて開いたはずの隠し扉が、俺には何故かマスターの怨念で開いた様に聞こえた。




