第21話ー3
「ソフィア様は、お生まれはどちらなのですか?」
ラーナが尋ねると、ソフィアはパンを手にしたまま答えた。
「私は、ここからずっと遠い田舎の出身です。家族はもう誰も生きていません。以前はメルワン地方の伯爵家で、ご奉公をさせていただいていました」
「そこで白い鳥教団の方々と出会ったのですね?」
「はい。最初は、私の趣味で作っていた木彫りを買っていただいたのが始まりでした。皆さんは、どちらのご出身なのですか?」
四人は食事をしながら、それぞれの生まれ育った場所や、これまでの暮らしについてを語り合った。葡萄酒の力もあったのだろう。ラーナとミルコが同い年で、ソフィアはその二つ下、そしてオクトが一番年下ということもわかり、年齢が近いこともあって、四人はすぐに打ち解けていった。
やがて食事もひと段落し、葡萄酒を囲んでゆっくり話す時間になった頃。
ラーナから、改めて本題を切り出した。
「ソフィア様は、どうしてそんなにつらい思いをしてまで、嘘をついて黙っていなければならない白い鳥教団で、彫刻を作り続けているのですか?」
ソフィアは手元の葡萄酒を見つめ、少し考えてから答えた。
「他では売れないと思うので……」
「他のお店で売ってみたことはあるのですか?」
「いいえ。ありません。でも、私のような汚い者が作ったものを売ろうとしても、きっと誰も買ってくれませんし……ご飯を食べることも難しいと思います」
「そんな!ソフィア様は、決して汚くなんてありません。あれほど美しい彫刻を作れる方なのですから。ご自身の作品をほかのお店に持ち込んだり、売る方法を探したりしたことはないのですか?」
「はい……。どこへ行っても売るのはとても難しいと思います。今はようやくパンをいただけるようになりましたし、聖女様には感謝しています。でも……」
「でも?」
ラーナは急かさず、彼女の言葉を待った。
「やっぱり、苦しいんです。もう七年もずっと……。嘘をつき続けるのも苦しいですし、この暮らしも……。本当は、何かがとても苦しいんです。私、本当は……」
そう話しながら、ソフィアは親指と小指をぎゅっと握りしめた。やがて、その爪の付け根を強く押し、今度は何度も引っ掻き始める。自分でも気づいていないのか、無意識のうちに同じ動作を繰り返していた。
その様子を見たミルコとオクト、そしてラーナは、胸の奥が締めつけられるような思いになった。
「本当は、どうしたいという希望がありましたか?」
ラーナがそっと尋ねると、ソフィアはしばらく黙っていたが、やがて小さな声で答えた。
「いつか、自分の彫刻を自分の手で売ってみたいです。ただ、正直に生きたいんです……。でも、私にはお金もありませんし、何の力もないので……稼がなければ出ていけないので……」
「白い鳥教団から離れることは、考えられないのでしょうか?」
「……みんなから、無理だと言われていますし、そうかなって」
その言葉を聞き、ラーナは少し身を乗り出した。
「もしよろしければ、私たちと一緒に首都の大神殿へ行ってみませんか?あなたの技術が、何かに活かせるかもしれませんよ」
「でも……そんなに都合良く何かできるとは思えません」
「一度、試してみませんか? もちろん、すぐにうまくいくとは限りませんし、これからあなたの力で何ができるのか、私たちにもまだわかりません。でも、あなたには本当に素晴らしい技術と腕、そして魔術の力があるように思えます」
「ええ、僕たちも、何かを保証できるわけではありません。もちろん、白い鳥教団は物を売る方法に長けているのでしょうし、販売の仕組みも、とても洗練されているのかもしれません。ですが、それはあなたが本当に望んでいる生き方とは、かけ離れているように思えます」
「それに、そもそも今のやり方は、あなたの作品を別人のものとして売る偽装行為ですから……」
オクトとミルコが身を乗り出すようにして話すと、ソフィアは黙り込んでしまった。三人の熱意は伝わっていても、彼女の表情から迷いが消えることはなかった。
「もし、ここで白い鳥教団を離れることになったら……もう、戻ってこられるとは思いません」
ソフィアは慎重な面持ちで、ぽつりと呟いた。
「大神殿へご挨拶に行くと伝えたら、きっと聖女様からお叱りを受けてしまうと思います……」
「聖女の教団に所属しているのに、王国の大神殿に行けないというのですか?国家は他宗教を尊重しているのに、どうして?」
「すみません……」
ミルコの言葉に、ソフィアは申し訳なさそうに目を伏せた。その様子を見たラーナは、間に入った。
「慎重になるのも無理はありませんよね。急にいろいろなお話をしてしまって、ごめんなさい。今の暮らしをやめるのも簡単ではないでしょうし、私たちも、今日初めて会ったばかりですから、すぐに信じていただくのは難しいと思います。これからの生活への不安もあるでしょうし……」
「はい……」
ラーナが優しく声をかけると、ソフィアは大きく頷いた。
「一度、ゆっくり考えてみてください。私は、あなたの技術と力を信じています。私たちは明日か、……遅くとも明後日にはこの街を出る予定です。もし、一緒に行きたいと思ってくださったら、そのときに声をかけてください」
「僕も、ソフィアさんと一緒に大神殿へ行けたらと思っています。あなたが持っている技術も、魔力も、本当に素晴らしいものです。まずは大神殿で、専門の方々から助言をいただくことが大切だと思います」
ミルコもまた、真っ直ぐな眼差しでそう伝えた。
ソフィアは二人の言葉を、今度は冗談も笑顔も交えず、真剣な表情で聞いていた。
「はい……。明日、お返事させてください」
そう答えた彼女は、まだどこか重苦しいものを抱えているような表情を浮かべながらも、最後には小さく微笑んだ。そして席を立つと、テーブルの上に残った食器や道具を片付け始めた。
三人はそんなソフィアの様子を見守りながら、互いに目を合わせ、静かに頷き合った。




