第18話:甘い夜をのぞく者 (オクト目線)
ラーナとオクトが二人で旅を始めてから、十一日が経過していた。ミルコと合流してからは、夜になる前に何度も休憩を挟み、そのたびにオクトがラーナへ白魔術や施術を施していた。そのおかげか、魔王が夜になって彼女の身体を乗っ取ることは、ほとんどなくなっていた。
しかも、優秀な魔馬のククルに乗って移動できたおかげで、旅は順調に進んでいた。ボンス大神官のいる神殿が建つ首都オーブにも、明日には到着するだろうと思われる頃ーー。
三人は首都にほど近い大きな街、ハルフィンへとたどり着いた。
馬小屋を見つけると、ククルとミルコの馬を預け、三人は宿を探すために広場へ向かった。広場では神殿に関係する何かの催しが開かれているらしく、華やかな花飾りで彩られていた。人通りも多く、街全体が祝祭のような賑わいに包まれているはずなのに、なぜか人々の表情や街の空気には、どこか暗く、薄気味悪いものが漂っていた。
「白い鳥の女神神殿の使いです」
「こちらでは、女神像を授けています」
神殿のすぐ脇では、愛らしく美しい衣装を身にまとった女性たちが、通りを行く人々に声をかけていた。すると、その呼びかけに応じるように人々が次々と集まり、あっという間に長い列ができていった。よく見ると、並んでいるのはほとんどが女性だった。
「何が行われているのですか?」
ラーナが列に並ぶ女性たちへ声をかけると、振り向いた一人が嬉しそうな表情で答えた。
「女神様のご聖像を授けていただけるのです」
「こちらの教団が配っているのですか?」
「いいえ、購入するんですよ」
その会話を聞いていた前の列の女性も、誇らしげにラーナへと振り返った。
「あなたも並ばれた方がいいですよ。聖女様がご自身の手で彫られた、それはそれは美しい女神像ですよ」
「そうなんです。素晴らしい芸術品なんですよ」
「私は大丈夫です」
ラーナがきっぱりと断ると、女性は少し驚いたように目を丸くした。
「なんて勿体無い!この機会を逃したら、もう二度と手に入らないですよ?」
ラーナは胸の奥を激しく掻きむしられるような嫌な予感を覚えていた。 女性たちの熱狂的な列からすっと距離を置き、ラーナとオクトが歩き出すと、ミルコも別の人に話をしていたようで、二人に少し遅れて追いついた。
「聞いたか?そこの教団の催し。女神像は一体、千クラウンらしいぞ」
「ええええ?」
「世も末だな。そんな金額を払ったら、多くの家が破産して、村も崩壊してしまうんじゃないか?」
「都市部だからな。大金持ちしか相手にしていないんだろう」
「そうか……」
三人はあまりの金額に驚き、しばらく列の様子を眺めていた。すると、ラーナが突然、オクトの袖をぎゅっと強く掴んだ。その行動に驚いたオクトが、すぐに彼女の顔を覗き込むと、唇が真っ青になっていた。
(大変だ!!!)
「ラーナさん、この空気にやられましたか?今日、もう少し足を伸ばして別の街まで移動しましょうか?ここ以外で泊まった方がいいですよね?」
「いいえ、大丈夫ですが……」
「どうかしましたか?」
二人の様子に気づいたミルコも、何か異変を察したように、心配そうにラーナの顔を覗き込んだ。
ーーその直後だった。
「「「きゃあああああ!!!」」」
「聖女様!!!」
「こちらを向いてください!」
「聖女様!!」
「ばんざーい!」
広場を埋め尽くす女性たちの歓声と、黄色い悲鳴が爆発する先を、一組の男女が優雅に通り過ぎていく。 高身長でモデルのように美しく着飾り、ジャラジャラと絢爛な宝石と最高級のシルクを身に纏った女性と男性。二人は群がる民衆へ向けて慈悲深い笑みを振りまきながら、手を振って神殿の奥へと消えていった。
「なんだ、あれは……」
「有名人なんだろうか?」
ミルコとオクトは、周囲の人々の様子を確かめるように視線を巡らせた。そして、ふとラーナの方へ目を向けたとき、二人は同時に異変に気づいた。ラーナはオクトの袖を掴んだまま、小刻みに震えていた。顔色までみるみるうちに青ざめ、何とか落ち着こうとするように、一生懸命に深呼吸を繰り返している。
「過呼吸になってる!ゆっくり息をして!」
「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「しっかりしてください!」
二人が声をかけるも、ラーナの意識は次第に遠のいていって、とうとう彼女の身体から力が抜けた。
「ラーナさん!」
オクトは、ガクリと膝から崩れ落ちる彼女の身体を瞬時に抱きあげた。
ミルコがラーナの腕に指を当てて脈を確認すると、幸いにも拍動は正常だった。
二人は顔を見合わせ、短く頷き合った。
オクトの手から二人分の荷物を引き受けたミルコは、周囲を見回しながら、早口で尋ねた。
「この街からは一刻も早く離れた方がよさそうだが……彼女をこの状態で馬に乗せるわけにはいかない!」
「ああ……すぐに泊まれる場所を探して、明日の朝イチで脱出しよう……!」
二人は広場の目の前にあった、大きな療養所兼温泉付き宿泊施設へと駆け込んだ。ところが、その高級宿の女将は、オクト達を一瞥すると露骨に顔をしかめた。
「うちは今、満室だよ。裏通りにもっと安い宿がたくさんあるからそっちへ行きな」
「失敬な! こちらは国の正規の医師団で——」
「ミルコ、行こう。この街で騒ぎを起こすのは避けたい」




