第3話:温かな食卓と夜の診療 (ラーナ目線)
修道院の奥にある、小さな客室を用意してもらった。そこには小さなテーブルと、荷物台、ベッドが置いてあって、患者用の病室のようだった。ラーナは荷解きをすませ、部屋のすぐ側にあった水場でさらに身体を清めた。
「ラーナさん、よろしければ食堂の方へどうぞ」
オクトに導かれて食堂へ行くと、夕食まで用意してくれていた。
「何から何まで、本当にありがとうございます」
ラーナが頭を下げると、オクトは手を振って笑った。
「作り置きのものですから、大したものではありませんが……根菜は身体を温めますよ」
テーブルには、温かいお野菜がたくさん入っているスープ、ふかしたじゃがいもやパンが並べられていた。久しぶりに、落ち着いた場所でいただけるご飯に、ラーナは心の底からホッと安心できた。
「いただきます」
食事を囲みながら、彼は目を細め、胸に手を当てて彼女を向いて改まった。
「僕は二十三歳です。去年、R国からこちらに派遣されてやってきました。ラーナさんは、おいくつで、どちらのご出身ですか?」
「私は二十八歳で、マール地方からやってまいりました」
「わあ、ラーナさんは隣国からいらしたのですね……?この足で一ヶ月も……?」
その労いの言葉が、一ヶ月の孤独な旅を癒してくれるようで、鼻の奥がツンとした。既に右手と足の調子は、驚くほど良かった。
「はい。私はこの病気について、きちんとご相談できる方にお話を伺いたいと思ったので」
それでもオクトは目を丸くして首を傾げていた。
「こんなひどい激痛でずっとびっこを引きながらいらっしゃるなんて……!普通、遠方の方はご家族が薬をもらって行くとか、付き添い人が必ずいるのですが……」
彼の驚嘆の問いかけに、ラーナは少し目を伏せた。
「家族には、とても迷惑をかけられないので、ちょっと旅行をすると手紙を置いて参りました」
「そんな……!!」
「本当に大切な人たちなのです!愛情深くて、優しくて。……私は、どうしても家族を絶対に守りたいのです」
真剣に思っていたあまり、思わずトーンが強くなってしまっていた。
「だからと言って……病気の場合、仕方ないじゃないですか」
一度、彼女の言葉を遮ろうとしたオクトは、ふと動きを止めた。ラーナの必死な瞳や声色から、彼は何かを感じ取ったに違いなかった。
「もしかすると、生活に負担をかける以上の、何か心配事があるのですね?」
「……」
言葉にすることを躊躇うラーナを見て、彼は優しく、ゆったりとした声をかけてくれた。
「大丈夫ですよ。無理に話さなくても」
「ありがとうございます」
「ご家族や、育った環境をとても愛されているのですね。そして、何かとても大きなものを抱えていらっしゃる……」
「……」
「上の者達が戻ったら、ご相談に乗れると思いますよ!」
硬い表情のラーナの沈黙をやわらげるかのように、オクトはわざと抑揚をつけて、おどけた声で話した。
「本当は……僕にも?できれば?教えていただきたいですが……。まだ、一番下っぱで未熟者ですし、まあ、僕のような者に話さなくても……大丈夫ですが」
「そんな……」
彼が自分を強く卑下する様子を見ていて、ラーナは胸が痛くなる。
「本当ですよ。誰にも、僕の処置が効いた試しなんてないんです」
(あんなに素晴らしい処置を施してくださって、今、私はかなり手足の痛みがひいているのに?)
それでも、オクトは目を伏せて、とても深いため息をついた。
とても鋭い半月眼とシャープな輪郭の彼だけれど、まつ毛は長く、柔らかそうな肌や、細い指は、明かりのもとで見るとフェミニンでエレガントだった。彼のため息すら、優しく、儚げに見えた。
「あのう……先ほどの処置を、左の手足と両膝にもしていただけませんか?」
ラーナは恐る恐る、思いを言葉にしてみた。
「ええ?」
「実は先ほどの治療が、右手も右足も、ものすごく効いてるんです」
「そんなはずは……」
驚いてすぐに否定しようとするオクトの言葉を、今度はラーナが遮った。
「正直な気持ちをお伝えすると、オクト様は本当に素晴らしい技術をお持ちです。今までどんな薬も痛み止めも効かず、湿布ももちろんダメで、白魔術も何も効いたことがありませんでしたが、今本当に楽になりました」
「ええーー?!!」
オクトは大きな声をあげてのけぞった。
「見てください。私、今、右手をぎゅっと握れるんです」
握手を求めるラーナの指先に、オクトの細長い指がスッと滑り込んできた。思い切り、ぎゅっと握ってみる。
「すごくないですか?こんなに力が入って、痛くないなんて久しぶりなんですよ」
「ええ?!」
オクトはさらに目を丸くして、呆然としていた。ラーナの手を握ったまま、何度も指先を見ていた。




