第17話ー3
デイシアを出てからは、街道が続いていた。十キロ以内には村や集落、宿場町が点在しており、比較的ゆったりとした心持ちで旅を続けることができていた。ククルに無理をさせて速度を上げる必要もなく、穏やかなペースで移動できるうえ、街道沿いに集落があるおかげで、その日の目的地に着くまでに二度ほど休憩を挟むこともできるらしい。
立ち寄った町の休憩所で、朝の宿でもらったパンや干し肉を広げて食事をしていると、ミルコは首都へ向かう目的について、ラーナに改めて詳しく説明していた。シアールやワイマー村のように、医師が不足している場所へ派遣できる人材を国に要請するために、首都へ行くのだという。
「ミルコ様も、とても素晴らしい志を持って活動されているのですね。少し前までの医師たちは、大学に籠もるか、王族や大貴族の専属となって、なかなか外へ出ることはなかったはずですが……。村々や町を救うために、ご自身で旅をされているだなんて……」
「そんなに大したものではないですよ」
ラーナがミルコへ尊敬の眼差しを向けている様子がどうにも面白くないオクトは、二人の会話を聞きながら不機嫌そうに、ひたすら硬いパンをガツガツとかじり続けていた。ミルコが居座っているせいで、ラーナとの大切な会話を邪魔されているような気がして、オクトのイライラは募る一方だった。
食事を終え、出発の準備を始めていたときだった。一度立ち上がったラーナが、ミルコの正面まで歩み寄り、真剣な表情で彼を見つめた。自分の方ではなく、ミルコのところへ向かっていく彼女の姿を見た途端、オクトの胸がズキっと痛んだ。
(彼女があいつの方を頼るようになってしまったら、どうしよう……)
そもそも、ラーナの病気が悪の魔王による呪詛とはいえ、ミルコの指摘通り、精神的な病と関係している可能性も否定できない。まだ病の本質には何ひとつ触れられておらず、魔王の正体についても、分からないことばかりだ。
オクトがラーナを見ないフリをしながら荷物を手にして立ち上がろうとしたその時——ミルコの隣に立った彼女の、凛とした声が聞こえてきた。
「恐れ入りますが、オクト様と二人できちんとお話ししたいことがありますので、私たちは少し遅れて、こちらを出発したいと思っています。先に出発していただいても構いませんし、後ほど待ち合わせる形でも大丈夫です」
「えええ?」
あまりにもまっすぐな申し出に、ミルコは驚いたように声を上げ、ふとオクトへ視線を向けた。オクトも、ラーナが何を話しているのか分からず、少し戸惑いながらもミルコの方を見て頷いた。
(ラーナさん……。確かに、さっき二人で話そうって言ったからかな……?二人の時間を作ってくれようとしてる……)
そう思うと、オクトは胸の奥で爆発的な歓喜と嬉しさが込み上げてくるのを止められなかった。だがもちろん、そんな彼とは裏腹に、ラーナはごく真剣な面持ちでミルコに話を続けていた。
「私は彼の『患者』ですので、今後も、私とオクト様とで二人きりで話し合う機会が必要です。そのための時間を毎日いただけますか?」
「はあ……。では……今日はこの村で待つことにします。ちょうど、必要なものも買いたかったので」
「はい。それでは、一つ目の鐘が鳴る時間に時計台の下で」
「……分かりました」
完全に仲間外れにされた形となったミルコは、面白くなさそうな顔でオクトをひと睨みしつつ、皮肉めいた半笑いを浮かべて外へと出て行った。ミルコを見送ったラーナは、どこか満足そうに微笑みながら、オクトのところへ戻ってきた。
「容態のことや、夜のこと、それにミルコさんについても、ククルに乗っている間には落ち着いて話せないと思ったので」
「そうですね。場所を変えましょうか。広場から少し離れた川辺なら、人も少ないかもしれません」
「はい!」
オクトは、まさかこの小さくて可愛らしい患者の方から、邪魔者を遠ざけて二人きりで話せる時間を作ってくれるとは思ってもいなかった。胸の中がぱっと晴れ渡ったようで、口元も目元も、どうしてもにやにやと緩んでしまう。




