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第17話:変化する旅の形(オクト目線)

明け方。

まだ薄暗い早朝の静寂を破り、部屋の扉を小さくノックする音が聞こえてきた。

ラーナのベッドの傍らで浅い眠りについていたオクトはハッと目を覚ますと、足音を殺して扉を開けた。そこには、険しい表情のミルコが立っていた。


「……何の用だ?」

「ラーナさんは?」

「まだ休んでいる。……外で話そう」


オクトは廊下へ出て後ろ手にそっとドアを閉めた。水場を抜けて宿の裏手へ出ると、周囲に誰もいないことを確認したミルコが声を低く潜めて口を開いた。

「君たちは、早いうちにこの宿を出た方がいい」

「……どうして?」


ミルコの突然の忠告に、オクトは警戒感を剥き出しにして鋭く睨みつけた。ミルコは気に留める風もなく、さらに距離を詰めて囁いた。

「昨晩、隣の部屋の客が、『寝巻き姿の女が廊下を歩いていた!』と大騒ぎしそうになっていたんだ。俺が『それはこの宿によく出る、幸運をもたらす幽霊だ。誰かに言うと幸運を逃すという噂だぞ』と適当に吹き込んで引き留めたが……もしまた騒がれたら、色々と厄介だろう?」


「……!!!?」

驚愕のあまり絶句するオクトへ、ミルコはさらに言葉を重ねた。

「それに……俺も、そのあと階段のあたりで君とラーナさんのやり取りを見たよ……」

「……!!?」


オクトはさらに衝撃を受け、思わずのけぞったけれど、ミルコはどこまでも冷静だった。

「そこまで驚かなくてもいい。彼女の『夜の姿』を見るのは、これが初めてじゃない

「……どういうことだ?」

思わずミルコの胸ぐらを掴みかかりそうになる拳を、オクトは必死でぐっと堪えた。


「実は、少し前、彼女と宿場で一緒になったことがあるんだ。今思えば、彼女はヌジーニへ向かう乗合馬車を待っていたのだろう。宿の食堂でラーナさんを見た。……他の宿泊客から『狂乱の悪女』という噂を聞いていたし、特に会話も交わさず、近寄るつもりはなかったが……その夜、おかしなことが起きたんだ」


オクトは拳を固く握りしめたまま、黙ってミルコの話を聞いていた。


「真夜中、水場から部屋へ戻ろうと廊下を歩いていたら、ある部屋の中から大きな音が聞こえて……。事件かと思って驚いて解錠したんだ。そうしたら、彼女が床に倒れていて。俺も慌ててしゃがみ込んで、『大丈夫か?』と声をかけた。すると彼女は『お前、いい匂いがするな』とか言って、俺の方へぐいぐいと迫ってきた」


ミルコは当時の様子を思い出すように、わずかに眉を寄せた。

「俺は、精神に異常をきたしているか、夢遊病患者かと思った。それで、すぐに麻酔の魔法を使って眠らせたんだ……」


ミルコが明かした彼女との衝撃的な過去に、オクトは眩暈を覚え、呆然と立ち尽くした。脳裏を激しい怒りと焦燥、そして嫉妬が渦巻く。

(ミルコに……よりによってこんな男に、彼女のあの無防備な姿が見られていただなんて……!あの悪魔が迫っていたなんて……最悪すぎる!)


「でも、シアール村で見かけた時も、川辺で再会した時も、彼女は至って普通に見えた。ワイマー村での振る舞いなんて、驚くほど立派だったし……もしかして、何か深い事情があるのではないかと思って……」

「……」

オクトはどこまで真実を明かすべきか悩みながら、確実な思いを告げた。



「……貴方がどういう人間なのか、僕はまだわからない。しかも、ラーナさんは患者だし、守秘義務もあるから俺から話すわけにはいかない。でも……彼女の病に関わることなら、何をどこまで見たのか、詳細を教えてほしい」

その言葉に、ミルコは深く頷くと、胸に手を当てて真っ直ぐな態度で向き直った。

「君が彼女に『絶対に行かせない!』と叫んで抱きかかえた後、彼女に『そこにいるのか』と語りかけたり……ラーナさん自身が、男のような低い声を張り上げたりしていたのを見たよ……」

そこまで語ったミルコの口を、オクトは大慌てで手で思い切り塞ぎ、周囲を見回した。


「そこから先は喋るなッ! 誰が聞いているか分からないだろう……っ!」

「うう……どうするんだ? 俺はもう知ってしまったし、目指す目的地も同じだ。やはり一緒に首都へ向かった方が得策ではないか? 向こうには高度な医療体制も整っている」

「……」


「もちろん、簡単に信用してもらわなくてかまわない。でも、俺も一人の医師だ。知っての通り、少し前まで『悪魔憑き』と忌み嫌われていた現象も、昨今では脳や神経の病の一種だと証明されつつある。もし彼女の夜の異変が、彼女の生命を危険に晒すものならば……俺の知る限りの見解と処置法を伝えたい。君と一緒に、彼女を助けたいんだ」

「……」

彼の言葉を聞き、この医師は本当に純粋な医学的関心と善意から、夢遊病や精神疾患の可能性を考えているのだとオクトは察した。


「俺がいれば、君と一緒に彼女のことを見張ることもできるし、万が一の事態を止めることもできる。……まさか、君たちの修道院は、未だに精神の病を『悪魔の所業』だなんて古臭い迷信で片付けているわけじゃないだろう?」


そこまで食い下がってくるこの医師の意図が、オクトにはどうにも理解しきれなかった。

「……全くの他人であるあんたが、どうしてそこまで僕たちを気遣うような提案をして、食い下がってくるんだ?」


オクトが低い声で威嚇するように睨みつけると、ミルコはどこまでもフラットな表情で、当たり前のように両手を広げてみせた。


「君だって、ほんの少し前に知り合ったばかりじゃないのか? 彼女がヌジーニに到着してから出会ったんだろう? ならば、君も全くの他人だ。……けれど、君も一人の神職者として、彼女の心身を救いたい気持ちと、彼女の変貌を見て、何か病気における大きな問題を感じとってるからこそ、ここまで付き合ってるんじゃないのか?」


あまりにも的確すぎる指摘に、オクトはぐうの音も出なくなった。 そして同時に、この男もまた、病理の異常さを察知し、直感的に彼女の謎を解き明かしたいと願っているのだと悟った。

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