第16話ー2
「やあ、偶然会ったんだよ。宿が見つからずに困っていると聞いたよ。……俺はすぐ裏手の宿を見つけたのだが、君たちももう見つかったかな?」
「ええ……僕たちも、裏手の宿が取れました。……ラーナさん、大丈夫ですか!?」
オクトの切実な声に笑顔で応えようとするラーナだったが、その可憐な唇からはすっかり血の気が引いていた。
「急激に冷えてしまったようだ。一応、身体を温める白魔術を施したけど……俺の術ではあまり効かないようだ」
ミルコが労わるようにラーナの細い肩へ手を伸ばそうとした——その瞬間。オクトはすかさず二人の間に割り込み、ミルコの手を遮るようにしてラーナの肩をしっかりと抱き寄せた。
「すみません! 僕が処置をしますのでっ……!」
オクトは彼女の細い腕や肘の裏、足首へサッと触れ、簡単にツボ押しだけしてみた。
「五、四、三、二、一——。……とりあえず、今は簡易的な処置ですが……すぐに宿へ行きましょう」
「……はい」
今度は、ラーナもハッキリと頷いてくれた。彼女はオクトの支えで立ち上がると、ふっとミルコの方へと視線を向けた。
「ミルコ様、温めてくださって、ありがとうございました。では、これで」
ラーナが丁寧にお辞儀をすると、二人は宿へ向かってゆっくりと歩き出した。
重い荷物を背負ったオクトが、倒れそうなラーナの肩をしっかりと抱きかかえて宿の敷居を跨いで、店主の案内を受けようとした——その時。なぜか後ろから、当然のような顔をしたミルコがついてきていた。
「……なんでお前がここにいるんだ?」
「ん? 俺の宿もここなんだよ」
「……」
「あからさまに嫌そうな顔をするな……」
ミルコの軽薄な声がラーナの耳に入ってしまうのが嫌で、オクトは咄嗟に彼女の両耳を自分の手でしっかりと塞いだ。
「ええ、嫌です」
「 はははは、可愛いやつ」
素直すぎる拒絶に、ミルコは口元に拳を当ててクスクスと笑っていた。ミルコを三白眼で激しく睨みつけたオクトは、知らないふりを決め込んで先を進んだ。ラーナは限界まで疲れ切っているのか、今にも目を閉じてしまいそうな様子で、二人のやり取りを気にする余裕すらなさそうだった。
そのままついてくるミルコを廊下に放置し、部屋へ入ったオクトは、すぐに彼女をベッドへと座らせた。
「ズボンのままでは寝苦しいですか? 一度、お着替えになられますか? でも……もう限界ですよね?眠たいですよね? 僕も荷物を置いたらすぐにセッティングをしますが……」
「はい……すみませんが……」
オクトの言葉にコクリと小さく頷いた彼女は、疲弊した手つきで旅鞄を開け、生成りの薄い寝巻きを取り出していた。
(おっと……! すぐに着替えられるということだな……!?)
荷物をベッドの両端へ運んだり、間に荷物のバリケードを築き上げる前に、オクトは一度、部屋の外へ出て、彼女が着替える時間を稼ぐことにした。
(思っていた以上に疲労が蓄積しているようだ。……長距離の乗馬疲労が全身に溜まっているんだな。彼女が布団に入ったら、すぐに手足の本格的な施術をしてあげないと……!)
オクトはそんな思考を巡らせながら、腰に巻いていた手ぬぐいをほどいた。
(今のうちにサッと、汚れだけ落とすか)
大急ぎで水場へ走っていって、手早く冷水を浴びて汗を流すと、また駆け足で部屋へと戻ってきた。
そう、オクトにとって、それは一瞬の、ほんのわずかな時間だと思っていた。
それなのに——。
部屋に戻ってきたオクトの目に飛び込んできたのは、力なく開け放たれたドアと、人っ子ひとりいなくなった静まり返る室内だった。
(大変だ!!ラーナさんはどこ行ったんだ?――もしかして水場へ行ったのか?)




