第15話ー3
それからしばらくして、二人が大勢の患者たちの診察を終えた頃。手際よく進んだおかげで、日が傾き切るまでに少しばかりの余裕が生まれていた。村の各所からは、依然として道路を補修する石工たちの威勢の良い掛け声とハンマーの音が響いている。
「もう村の患者は一通り診られたようだし、経過観察が必要な重症者もなさそうだ。この村の山場は越えたな。そっちはどうだ?」
オクトがサッと立ち上がり、ミルコの方を覗き込んだ。
「俺は明日から、首都へ向かい、この村に定住してくれそうな医師がいないか探しに行く。これほど大きな村で、道路が舗装されれば、これからさらに旅人や行商が増えるだろう。常駐する医師の一人くらいは必要だ」
「なるほど……」
オクトは深く納得しながら彼に耳を傾けていた。
「……ところで、あなた方も首都へ向かわれるのだろう?」
突如、投げかけられたミルコからの問いに、オクトは一瞬詰まった。
「え……? ええ、まあ……」
ミルコからからの質問に、なぜかオクトは素直に頷くことすら嫌で、ましてや「せっかくなら一緒に行きましょう」などと誘う気には到底なれなかった。
(……むしろ、できる限り別行動で移動したい……っ!)
その固く拒絶する感情が顔に露骨に出ていたのか、ミルコはまたニヤニヤと意地悪そうにこちらを見つめてきた。
「俺も同行したいと言ったら……お二人のお邪魔になりそうで困るかな?」
「何を……そんなわけは……っ!」
怒って否定しようとすれば、完全に相手の思惑通りになってしまう。
「ですよね! では、ぜひ同行させていただこうかなぁ」
「……すみませんが、少しラーナさんを探しに行ってまいります」
オクトは承諾の返事すら拒み、ただその場を早足で離れると、ラーナを探すために踵を返した。
(失礼な態度を取ってしまったのは分かっているけれど……なぜか妙に嫌だ)
「いってらっしゃーい!」
背後から能天気な大声を出して手を振るミルコに振り向くこともなく、オクトはスタスタと歩みを進めた。
(お前のところになんて、誰が戻ってくるか……!)
心の中で毒づきながらラーナを探して宿へ戻ると——すっかり宿の女将と意気投合したラーナが、食堂の裏手でパンやスープをずらりと並べ、女将と一緒に楽しそうに口に運んでいた。
「まさか……今、昼食なのですか!?」
「ええ」
「もうすぐ夕暮れになるというのに……っ!」
オクトは大慌てで、急いでご飯を食べている彼女のすぐ横へ滑り込むように腰掛けた。
「何だい? 神官のお兄さんは、この可愛いいお姉ちゃんの恋人かい?」
「違います! 彼女は僕の大切な患者です! それにあなた、この方は侯爵家のご令嬢ですよ!? そんな気安すぎる態度が許されるとでも?」
オクトは優しい声音の割に、かなり鋭く厳しい口調で女将を一瞬で叱りつけ、冷たく睨み据えた。それから、ラーナの細い手のひらをまじまじと観察し始める。
「おー怖っ! ふふふ、これは失礼しました~」
女将はおどけた調子で眉をひょいと上げて、苦笑いした。ラーナは「申し訳ありません」と言わんばかりに女将へ柔らかく微笑み返し、温かなスープを一口飲んだ。
「手元が真っ赤になっていますよ……冷たかったでしょう? 大丈夫ですか……? お食事 が終わったら、すぐに施術しますからね」
「ありがとうございます、オクト様」
「ゆっくり食べてもらって構いませんけど、もう何しでかすのか心配なので、ここで見張っています!」
「はい……ふふ。オクト様って、とてもお優しいお声で、穏やかなトーンでお気持ちもお優しいのに、口調だけがすごく激しくて笑ってしまいますわ。ふふふ」
ラーナの可憐な微笑みと無防備な言葉に、オクトは面食らったように目を丸くしたが、最後は参ったように溜息をつき、目元を緩めた。
「まあ……何でもいいですけれど……」
オクトは、シャープなラインの割に柔らかな頬を少しだけプクッと膨らませながら、テーブルに肘をついて彼女の横顔をじっと見つめた。その仕草があまりにも幼く愛らしくて、ラーナは焼き立てのパンをひとつ、オクトの前へそっと差し出した。
二人はそのまま、女将が振る舞ってくれたたくさんの温かな料理をいただき、昼食兼夕食の穏やかな時間を過ごした。 食後、オクトがラーナの手足へ丁寧に白魔術と指圧を施したあとは、その日も何事もなく、ゆったりとした穏やかな夜が更けていくのだった——。




