第15話:奔走する令嬢 (オクト目線)
朝、目を覚ましたオクトは、即席のバリケードの向こう側で、彼女がまだ大きな布団に丸まって包まれている気配を確認すると、胸を撫でおろした。
(よかった……。昨夜は魔王が現れなかったな……)
ラーナをもう少し休ませてあげたくて、オクトは足音を殺して先に部屋を出た。宿の水場で身支度を整えると、受付で配られていた朝の食料を多めにもらって、表の石段に腰掛けてパンをかじった。ふと見渡すと、前の道では早朝から大勢の職人たちの活気ある声が響き渡り、大量の資材や石畳の石が次々と運ばれていく様子が見えた。
(もう工事が始まるのか……! ラーナさんが動かしたとはいえ、なんと素早い……)
あまりの仕事の早さに感嘆したのも束の間、背後から突如、オクトの腕を強い力で掴む者がいた。
「今日も忙しくなるぞ!今日はそこの広場の真ん中で診療を行う!」
「あ、ちょっと待ってください! 僕はラーナさんと今日の行動をまだ話し合ってないので——」
オクトが言いかけると、医師ミルコはその言葉を強引に遮り、大通りの中央を指差した。
「彼女なら、あっちでもうせっせと働いているよ! 今日この村にいるんだろ?」
「ええええっ……!?」
ついさっきまでベッドで丸くなって眠っていたはずの彼女が、手早く作業着に着替え、大工たちに混じって大きな道具や荷物を運んでいたのだ。
(さ、さっき布団の中にいると思ったのに……!? というか、侯爵令嬢ともあろうお方が、なぜあんな肉体労働を……っ!?)
困惑する間もなくミルコに腕を引っ張られ、オクトは口に咥えていた大きなパンとチーズを慌てて飲み込み、水筒を手にして移動した。思わず、むせて水を吹き出す。
「ちょっ、そんなに急がなくても……っ!」
「さあ始めるぞ。こちら側が皮膚炎の患者たちだ!」
医師であるミルコの診療スペースには怪我人や急患が並び、神官であるオクトの側には慢性の皮膚疾患や手足の痛みを抱える人々が並ぶよう、すでに完全な分業体制が敷かれていた。
「ま、まだ手を洗っていませんし、水も用意して……」
オクトが焦って言いかけたすぐ横へ、ラーナがなみなみと水の入った大きな木桶を抱えて現れた。
「こちらをどうぞ! 今日の水汲みは私が担当しますので」
「そんな、ラーナさんにはさせられません! というか、お身体に障りますから今すぐやめてください!」
「オクト様のおかげでせっかく手足が動くようになったのですもの、動くうちに働きたいのです!」
「そんな無茶な……っ!」
ラーナがくるりと背を向けてサッと立ち去ろうとするのを止めようと、オクトも慌てて立ち上がった。だが、その瞬間、目の前に大柄な男性患者が切実な顔で割り込んできた。
「神官様、俺もこのようにひどい発疹と手足の痛みが……」
ざっと見渡せば、ミルコとオクトの目の前にはすでに二、三十人ほどの村人たちが列をなして待っており、ラーナの姿は人ごみの向こうへと消えてしまっていた。
(……ラーナさん、本当に大丈夫なのか?ああ、どうか、せめて、昼まで身体がもちますように……!お願いだから……!)
オクトは昼の休憩かどこか手が空く瞬間を狙い、急いで彼女を捕まえて施術を行おうと腹を括ると、目の前の村人たちの診療を開始した。
「発疹だけでなく、手足に痛みはありませんか? かなり腫れているようですが……」
オクトはこの村の人々の酷い健康状態と衛生環境の悪さを目の当たりにしながら、何度も綺麗な水で傷口を洗い流し、手持ちの薬草と白魔術の光を施していった。
ふと気づけば、ラーナが絶え間なく清潔な水を運んで用意してくれているだけでなく、診察待ちの列の先頭に四、五脚の木箱や椅子が整然と並べられ、あれほどごった返していた人だかりが綺麗に消えていた。
二人ほどの診療を終えてパッと顔を上げると、ラーナが広場を駆け抜け、離れた場所で待機していた次の患者に声をかけて椅子へ誘導している姿が見えた。
(あらかじめ順番を決めて呼び出し、その場で長時間立ち尽くさなくて済むよう配慮しているのか……!)




