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第14話ー3

「男爵は、これまでまったく首を縦に振ってくれなかったと話されていたのに、明日からもう工事に取りかかれるなんて!本当に素晴らしいことです!この村の恐ろしい問題が、あなたのお陰で全て解決しますよ!!」


ミルコは心から感心したように、満面の笑みをラーナに向けた。しかし、彼女はどこか気まずそうに小さく会釈しただけで、それ以上何かを話すこともなく、そのまま宿の中へと入ってしまった。


 ようやく三人が受付までたどり着くと、オクトはどうにか冷静さを取り戻し、ラーナを椅子に座らせてから、今晩の部屋について宿主に確認を始めた。


「僕と彼女は一部屋でお願いします」

少し離れたところでその様子を聞いていたミルコは、オクトの言葉に驚いたように急に近寄ってきた。そして、オクトのすぐ近くまで顔を寄せ、眉を吊り上げ、意味ありげな視線で睨んできた。

「お前……」

「……な、なんですか?」


ミルコは口元を片方だけ持ち上げて笑った。

「患者と神官というだけの関係なのに……同室だなんて」

「何かあったときに、すぐ対処できるようにする必要があるのです」

「まるで、『何か』が必ず起こるような、言いっぷりだな?」

「いちいち何ですか?気づいたらタメ口になってるし……他人の事情に首突っ込んできて……」

青筋を立てて怒るオクトに対し、ミルコは半笑いで「おっと」と両手を上げておどけてみせた。



預けていた荷物を手にして部屋へ向かう廊下でも、ミルコの悪戯心は止まらなかった。宿主に案内されるオクトの背後で、ミルコは執拗にラーナの顔を覗き込み、まじまじと意味ありげに笑いかけていた。


「この状況で、この状態の俺を見ても、まだ思い出せない?」

「……え?ええ?」

ラーナが戸惑っているのを見て、ミルコはますます楽しそうに笑いながら、もう半歩、距離を詰めた。

「ほら、このくらいかな?これくらい近くで俺の顔を見ても、まだ気づかない?」

「……?」


ついに壁とミルコの身体に挟まれ、壁ドンされそうな距離まで追い詰められたラーナに、彼は甘く囁くように言葉を重ねた。

「俺の顔、好みだって言っていたのに……」

「一体、何をおっしゃって……」

ラーナが驚いて固まった、その瞬間。

すっと二人の間に割って入るように、オクトが立ちはだかった。


「ちょっと、何をしているんですか?性犯罪で訴えますよ!!」

声そのものは冷静に抑えられていたものの、その表情には今日一番と言っていいほどの怒りが浮かんでいた。それを見たミルコは、ついに耐えきれず腹を抱えて爆笑した。


「ふははははは!なんて言い草だ!」

いたずらっ子のように身を捩って笑うミルコを、オクトとラーナは、ただただ冷ややかな表情で見つめていた。


「うーん……なんだか俺は、惜しいことをしたみたいだ……。君たち二人は、実に面白いね!」

「……はあ」


結局、何が言いたかったのかよくわからない医師を廊下に残したまま、オクトとラーナは軽く会釈だけして、自分たちの部屋へと入っていった。



 部屋に入るなり、オクトはもらったパンと肉を口に咥えながら手早く荷物を整理し始めた。

「侯爵令嬢様の前で、大変お見苦しい姿で、申し訳ありません……」

「いいえ、どうぞお気になさらないでください。お腹空いてましたよね……」


パンを急いでかき込み、水をゴクゴクと一気飲みしたオクトは、慣れた手つきで二つのベッドの間にテーブルをセッティングし、その上に荷物や棚を高く積み上げて完璧なバリケードを作り上げた。


こうして、ちょっとした二部屋のような空間ができあがると、二人はそれぞれ着替えや身繕いを済ませ、必要なものを整えてから、ようやくベッドに横になった。

今日は二人とも、心身ともにすっかり疲れ切っていた。ラーナがランプの火をさっと消して眠ろうとしたとき、オクトはどうしても気になって仕方のなかったことを、とうとう口にしてしまった。


「……ところで、ラーナさん」

「はい」

「ミルコ医師の顔が好みだというのは、本当なんですか?」


暗闇の中で、オクトはポツリ、とつぶやいたかと思うと、さらに言葉を続けた。

「あんな、目が大きくて、鼻筋がはっきりしていて、彫りも深くて、頬はふっくらしていて、まるで彫刻みたいな顔立ちで……確かに、白い肌に緑の目も、金髪も目立ちますし……がたいよかったですよね?背も高いですし、医者だし……」

再び捲し立て始めたオクトの言葉を遮るように、ラーナは思わず吹き出した。

「ふふふふ!!」

「ふふふって……。やっぱり、ああいう顔立ちがお好みなんですか?」

「いいえ、真逆です。私は、半月のようにきりっとした目元で、黒髪で、輪郭もすっきりとしたシャープな方が好みです。……それに、ミルコ先生は私たちをからかって遊んでいらっしゃるだけで、本気でおっしゃっているわけではありませんよ」


「えええ?」

ラーナが口にした好みの顔立ちが、どこか自分自身と重なっていることに、オクトが気づいたのかどうかはわからない。彼がそのことを考える間もないうちに、ラーナは枕に頭を預け、素直な声で謝罪した。


「オクト様、今日は……突然、色々とご心配をおかけしてしまって、すみませんでした」

「突然、ではありません。あなたと出会ってから、毎日、毎分、ずっと心配しています」

「オクト様が急に口うるさくなられたので……何にせよ、すみませんでした」


「急に口うるさくなって申し訳ありませんが……嫌ですか?嫌なら、やめますけど、それならあなたはもう、これ以上、変なことをしないでください!そもそも、ただでさえお身体が大変な時に……」


オクトがまた早口になるのを遮るように、ラーナはつぶやいた。

「オクト様が口うるさくしてくださるのは、なんだかおかしくて……ふふふ」


「ええ?」


そのラーナの言葉が、オクトの耳に届いた瞬間、彼は思わず息を止めた。

ラーナのその声は、いつもよりずっと甘く、優しい抑揚を帯びていた。まるで、これまで一度も耳にしたことのない、天空の音楽の旋律のように響き、オクトの胸の奥をそっと揺らしていく。


驚いた彼は、思わず上半身を起こし、二つのベッドの間に築いたバリケード越しに、ラーナの方を覗き込んだ。けれど、彼女はもう、すっかり眠りについていた。穏やかな寝息を立てながら、枕に頬を預け、安らかな表情を浮かべている。


「……ラーナさん」

オクトは小さく彼女の名を呼んだ。胸の奥底から、ぎゅっと熱いものが込み上げてくる。



本当ならば「様」をつけてお呼びしなければならないほど高貴で、莫大な富を持つ侯爵家の令嬢だろう。そんな彼女が、過酷な病と旅を強いられながらも、己の身を削って見知らぬ村人のために動き、大切な宝石まで手放して尽力している——。

(こんなにも小さくて華奢なのに……まるで奇跡のように美しい人だ)


本人は、その稀有な行動力や優しさが、どれだけ崇高なものであるかということに、まるで気づいていないようだけれど……。

(僕は、この人に何をしてあげられるのだろう。これから先も、彼女のそばにいて、僕にできることは何だろう……)


そんなことを考えながら、オクトは静かに横になった。

明日もまた、彼女の身体を診て、村の人々を助け、旅を続けなければならない。

その先に何が待っているのかは、まだわからない。それでも今夜は、ラーナの穏やかな寝息を聞きながら、オクトもゆっくりと眠りに落ちていった。


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