第14話:長い夜の訪問者たち(オクト目線)
宿の中を見回してもラーナの姿が見当たらず、オクトは慌てて店主のもとへ駆け寄った。
「ラーナ・ミネル嬢でしたら、土地の大工の家と、ここいらの地主で農園主でもある男爵家へお出かけになりましたよ」
彼女はドレス姿に着替えて、一人で出掛けてしまったようだった。
「えええっ!?」
「ラーナ様が『きちんとした行き先ですので、どうぞご安心くださいませ!』とおっしゃってました」
宿主の呑気な言葉を聞いて、オクトはガクリと力なく肩を落とした。
「いいえ、余計に心配ですっ……!!」
男爵家の方向を聞き出すと、オクトは大慌てで宿を飛び出した。ちょうどその時、これから宿に入ろうとしていたミルコと入り口で鉢合わせる。
「おい、どうしたんだ?そんなに慌てて……?」
「ラーナさんが外へ出かけてしまったんだ……! 急いで探して連れ戻してくる!」
「待て! 俺も手伝おう!」
「……助かります!」
二人はそれぞれ動物油のランプを片手に持ち、消えかけそうな炎を揺らしながら夜道を駆け抜けた。
「二手に分かれた方がいいでしょうか? あなたは石工師の家へ、僕は男爵の家へ」
オクトの提案に、なぜかミルコは首を横に振った。
「いや、まずは一緒に男爵家へ行こう」
一瞬の戸惑いはあったものの、今は悩んでいる暇などなかった。
結局、二人は揃って男爵家の方角へと再び走り出した。
ようやくたどり着いたその屋敷は、想像していた以上に立派な豪邸だった。 門の前に立っていた厳めしい門番へ、オクトは息も絶え絶えの状態で声を張り上げる。
「すみません、こちらに……侯爵令嬢が訪ねて来ませんでしたか?」
男装から着替えていたはずのラーナのことをどう説明すべきか一瞬迷ったが、オクトの必死な気迫に押されたのか、門番はすぐに反応を示した。
「ああ、はい! 隣国の高名な侯爵家の令嬢様でしたら、ただいま館内で男爵様とご歓談中ですが?」
「えっ……!?」
オクトはすぐに中へ入れてもらおうとしたが、門番は困ったように首を振った。
「もう夜遅いですし、こんな時間にお客人を取次ぐことは致しかねます。医師の方や神官様との面会は、どうか明日以降にお願いいたします」
「俺は、今日、男爵を見た医師だ。至急、話さなければいけないことがある!」
「……分かりました。では、お呼びして参りましょう」
ミルコの頼もしい様子に、オクトは真剣な眼差して彼を見た。
「ありがとう」
「いや……」
門番が慌てて館の中へ消えてしばらくすると——開いたテラスの扉から、ラーナが男爵夫妻と共に、優雅に微笑みながら姿を現した。
「では、明日の朝に広場前でお待ちしておりますわ」
「ええ、本当に頼もしいお方だ! ここまで素晴らしいご提案をいただけて、心強い限りです」
「明日の朝一番からすぐに動き出せるよう、石工資材も、現場の職人たちも……何より修復のための資金まで、ラーナ様がすべて手配してくださるなんて……!」
(——一体、何の話をしているんだ……?)
遠くから聞こえてくる会話の内容に、オクトは自分の耳を疑った。
「では、また明日!」
三人がそう言い交わして別れの挨拶を交わすと、ラーナはドレスの裾を揺らしながら、
男爵たちと共に、門の外へと歩み出てきた。
彼女が門をくぐり抜けるなり、オクトは駆け寄り、仕えている従者のように深々と頭を下げて見せた。
男爵がふとミルコの方へ向いた。
「今日のお医者様ですね?何か……」
「お薬をお渡ししていなかったので」
「ありがとうございます」
ミルコが薬を手渡すと、彼は妻と共に、屋敷へ引き返していった。
それを横目で見送ると、オクトはさっと立ち上がり、大きな身体を丸め込むようにラーナの前に顔を寄せて猛烈な勢いで質問攻めにした。
「ラーナさんッ、一体どうしてこんなところにいらっしゃるのですか!? いつの間にドレスに着替えたのですか!? 宿の椅子に座っておいてくださいと言いましたよね!? お身体は本当に大丈夫なのですか!? 無事なのですか?……って、そもそもどうしてこんなお身体で夜道を出歩いているんですか……っ!」
早口でまくし立て、唇を尖らせながら、手も足も派手に動かして必死に説教するオクト。その姿は、怖いというより、まるで手のかかる子どもを叱る小うるさい母親のようだった。
しかし、当のラーナはすっかり慣れっこなのか、どこふく風という感じで、にっこりとした笑顔で彼の慌てぶりを見上げていた。ミルコは今にも吹き出しそうになる。
「ふふ、ご心配なく。全然大丈夫ですよ。ちょっと、こちらの男爵様にご挨拶と思いまして……」
そう言いながら、ラーナはドレスの裾を持ち上げ、泥道を避けるように大通りの端を選んで歩き始めた。汚れていない場所を探しながら、小さな足で一生懸命に進んでいる。オクトは彼女の足元を照らすようにランプを差し出し、空いている方の手を貸そうとした。
けれど、ラーナはまたしても小さく首を振り、にっこりと笑った。




