第13話ー3
オクトが頷くと、ミルコが最初に促してきたのは、まだ十歳ほどの幼い男の子だった。
すぐ横で、母親が不安そうに身を縮めている。
「この子を診てください。亡くなった方と同じように、全身に発疹や傷ができているんです」
男の子の手足には、いくつもの発疹が見られた。膨らんだ部分の上には、掻きむしったような傷がいくつもできている。
「初めは虫刺されだったんです。でも、夏が終わってもずっとこの状態で……」
「わかりました。身体も診せてもらっていいですか?」
「はい、お願いします」
母親の許可を得て、オクトは男の子の身体全体を確認した。全身をくまなく確認すると、発疹が密集している部分と、まったく出ていない部分に分かれていた。
オクトは綺麗な水で少年の肌を拭いながら、母親へ力強く語りかけた。
「傷薬をお渡しします。それから、一度沸かしてから冷ました清潔な水でしっかりと洗い流して、清潔な布で患部を包んでください。絶対に傷口へ泥や動物の糞尿や錆びたくぎを近づけてはいけませんよ!」
オクトは病名の違いを伝えることよりも、正しい処置を守って、二次感染を防いでもらうことの方がずっと大事だった。男の子の腕や足の傷口を丁寧に洗い流し、汚れが残らないように確かめてから、オクトは清潔に洗ってある布で、包み込んだ。
「ちゃんと洗って、汚れが入らないようにすれば、あんなに苦しんで急に亡くなることはないでしょうか?」
母親が不安そうに尋ねた。
「はい、清潔にすることが大切です。深い傷に汚れが入り込んでしまうと命に関わります。いいですね?」
「わかりました……」
母親は神妙な顔で頷いた。オクトは、大げさな強い言葉で説明したけれど、今はそれでいいと思っていた。これくらい念を押さなければ、日々の仕事に追われる人々は、傷を気にしない。
「それから、しばらくはこの道を歩いたり、動物の世話をしたりするのも控えてください。傷が落ち着くまでは、できるだけ休ませてください」
「そんな……。でも、私たちは毎日働かないと生活できませんし……」
「お気持ちはわかります。でも、命が何より大切でしょう?今はどうにか休める時間を作ってください。傷が治るまで無理をせず、少しでも身体を休めることが必要です」
オクトは母親の不安そうな顔を見つめながら、きっぱりと言い切って、男の子の方へ向き直った。
「それじゃあ、今度は君の身体を少し楽にしてあげよう。痒いんだよね? 腕や足、それから肩にも少し触れるけど、大丈夫かな? これから白魔術と処置をするよ」
「うん」
「お願いします」
「五、四、三、二、一」
オクトがいつもの手順でツボを押し、白魔術の光を優しく巡らせると、少年の強張っていた表情がスッと和らいだ。
「ありがとう、神官様!痒くない!」
「これからは自分の身体を大切にするんだよ。君はとにかく、ご飯を食べるときはゆっくり三十回噛むこと。一度沸騰させて冷ました綺麗な水をしっかり飲むこと。そしてしっかり眠って休むこと。汚いものには絶対に触れないこと。いいね?」
「はい!」
「ありがとうございます!」
母親と男の子が揃って頷くのを見て、オクトはようやく少しだけ肩の力を抜いた。
(僕の術でも、小さな傷や炎症を洗って対応するくらいならできる。それより、今回の問題は衛生面の影響がかなり大きそうだ……)
その後も、同じような症状を抱えた人々が次々とオクトのもとへやって来た。オクトは一人ひとりの傷を確かめ、同じように洗浄と処置を繰り返した。たらいの水がなくなるたび、新しい水を運び、何度も傷口を洗い流さなければならなかったけれど、手を止めるわけにはいかなかった。
一方、隣で診察を続けるミルコのもとには、さらに傷の深い患者や、高熱を出している人、流行している病気にかかった人たちが次々と運ばれてきていた。二人がそれぞれの患者に向き合ううちに、村の空はゆっくりと夕暮れから夜へと変わっていった。
どれほどの時間が経ったのだろう。
周囲がすっかり暗くなり、家々の窓や道端に動物油のランプが灯る頃には、ようやく多くの人の診察が終わっていた。オクトは手を止め、濡れた指先を布で拭いながら、目の前に並んでいた人々の数を思い返した。
「十五人くらいは診られたかな……」
「俺は二十五人だ」
すぐ隣から、ミルコが何やら張り合うような口調で答えた。
(いちいち突っかかってくるなあ……)
オクトは横目で彼を見たが、ミルコはそんな視線には気づいていないのか、すでに興味を失ったように満天の星空を見上げていた。
「オクト神官は、明日もこの村に滞在されるんですか?」
「ええ。少し、うちの患者を休ませたいので」
「ああ、その、あんたの患者さん、待ってるんじゃないか?」
その言葉に、オクトはハッと我に帰った。
「では、僕はこれで失礼します!」
オクトは慌てて薬草をしまって、タライを担いで宿へ駆け戻った。
——ところが。宿の受付の椅子で静かに座っているはずだったラーナの姿は、どこにも見当たらなくなっていたのだった——。




