第13話:恐怖の噂が広がる村(オクト目線)
日差しがだいぶ傾き始め、地面に落ちる影が少しずつ長くなり始めた頃。
二人は大きな村へとたどり着いた。そのワイマー村は、これまで通り過ぎてきた村々とは比べ物にならないほど規模が大きく、村全体が頑丈な丸太でしっかりと囲われていた。
郵便馬車の中継地点になっているせいか、厩舎の周辺は馬と旅人たちでごった返していた。ラーナとオクトは、互いにはぐれないように気をつけながらククルを厩に預け、宿へ向かった。その宿のすぐ目の前に、何やら大勢の人が集まっているのが目に入った。
「もうまもなく、日が沈むのに、こんなに人が集まって……何かあったのでしょうか?」
ラーナは心配そうに人だかりへ目を向けた。
「何かあったのかもしれませんね……」
そう答えながらも、オクトの心は別のところにあった。
(すぐにラーナさんの治療を優先して、宿のベッドで休ませてあげたいのに……)
彼女の体調を思い、胸が締め付けられるような焦燥感でいっぱいだった。
「それより早くあなたの治療を……」
オクトがラーナに声をかけて引き止めるより早く、二人の間に押し寄せる人々が割り込んできた。
(——いけない、はぐれたら一巻の終わりだ……!)
焦ったオクトは、人混みをかき分けてラーナのすぐ背後へと滑り込み、はぐれないようそっと彼女のマントの裾を優しく掴んだ。そして彼女の後ろにピッタリと張り付いて、群衆の隙間からそっと覗き込んでみた。
——すると、その一番先端で、今日、出会ったばかりの医師・ミルコが診察を始めていた。ちゃんとした椅子や机すらなく、井戸の脇の冷たい段差に腰掛けたまま、次々と詰めかける病人を診ているようだった。
「おい、早くしてくれ……! このままじゃ俺も死んじまうんだ!」
「手遅れになる前に、どうかうちの子を見てくれ……っ!」
悲痛な叫びをあげる人々で、その場は騒然としていた。ラーナは痛ましいものを見るような目で、人だかりの端にいた村娘の袖をそっと引いた。
「あの……何か、村で何があったのですか?」
ラーナの柔らかな声に、村娘は怯えたように眉をひそめ、小さく肩を丸めながら耳打ちした。
「前から、多くの村の人が皮膚炎に悩まされていて……最初はみんなよくあることだって、誰も気にしていなかったんですけど……先日、ついに身体中、激痛に苛まれて、そのままスーっと急死されてしまう方まで出てきてしまって……!」
「ええっ?」
ラーナとオクトは、その恐ろしい言葉に思わず息を呑んだ。
(皮膚炎や風土病で、人が突然急死するなど通常ではあり得ない。一体どうして……)
オクトは村の様子を見渡し、現在の状況と環境から原因を推察した。
(——ここへ来て一番気になったのは、雨や嵐でもないのに酷くぬかるんだ、ヘドロのような道だ。衛生的にいくらなんでも悪すぎる。あちこちに菌が蔓延しているし……そうか!)
オクトの表情の変化に気づいたラーナは、そっとすぐ隣へと歩み寄ってきた。そして、誰にも聞き取れないよう、オクトの耳元へ口元を寄せる。オクトも彼女に合わせるように背をかがめた。まるで、抱きかかえるかのように……。
「オクト様……もしかして、何か原因に気づかれたのですか?」
「はい……。ひどい悪臭のある村ですよね……。道の衛生状態が絶望的に悪いです。しかも、すぐそこで大きな家屋の建て壊されてます……もし、解体現場の古びた錆びた釘などを足で踏んだら、深刻な急死に至る病を引き起こす可能性があります」
「さすがはオクト様……! 」
ラーナは彼の洞察力に心底感嘆しつつも、自分の前世の知識を繋ぎ合わせた。
「それって……『破傷風』の可能性ですよね……?特に、この道路に関しては、今し改善しないと……。もしかして、何か砂利や灰でも持ってきて敷き詰めた方がいいですか?」
流れるように返ってきたラーナの言葉に、オクトは少し驚いた。破傷風という病気についても知っているらしい。彼女の知識の広さには、時折こうして驚かされる。
「よく、そんな病気のことまでご存じですね!!ですが、ただの応急処置だけではすぐに菌が蔓延してしまいます。結局のところ、大工事をして道を石畳に舗装し直すしか根本的な解決法はありません」
ラーナもオクトの話を真剣に聞きながら、改めて周囲の道路や建物に目を向けていた。そして、ハッとしたようにオクトの袖をキュッと掴む。
「わかりました。それについては、何か対策を考えなければいけませんね……。それから、オクト様も……皆さんの診察をされた方がよいのではありませんか?」
「えっ?」
思いがけない言葉に、オクトは驚いて背を伸ばした。ラーナは両手を祈るように組んで、まるで神に祈るような真剣な眼差しで、彼を見つめていた。
(自分の身体のことより、村の人たちの心配をするなんて……!)
「何を言って……! あなたの身体の治療を最優先にしないと、また大変なことになりますよ?人の心配をしている場合ですか……っ!」
心配のあまり、オクトは思わず、口を尖らせてぶっきらぼうに、強く言い返してしまった。それでも、ラーナは引くどころか、むしろ両手を組んだまま、目をうるうるさせて、オクトへぐいぐいと迫っていた。
「お願いします……! どうか、皆様をお助けください……!」




