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第12話:奇妙な追跡者(ラーナ目線)

 悪の魔王に取り憑かれている状態が、根本的に良くなったわけではない。オクトの優れた施術によって、ほんの一時的な痛みに対処する方法が見つかっただけでもありがたいけれど——やっぱり急いでどうにかしなければ。ラーナは胸の奥で、静かな焦燥感を募らせていた。


(よく考えたら、そんなに時間がないわ)


前世の記憶をたどれば、タイムリミットは長くてもあと一年。しかし、すでに発症から一ヶ月と二週間ほどが経過しようとしていた。

(それに、夜、悪魔が出てくる発作が初めて出てから、まだ三日くらいのに。昨夜また現れてしまったなんて……。乗馬の姿勢を変えることで、どうかこのまま発作が落ち着いてくれたらいいのだけれど……)


◇ ◇ ◇


 旅立ちの日の朝。

宿での支払いを済ませたあと、オクトは一人で厩舎へ向かってククルを連れ出し、村はずれの待ち合わせ場所で男装したラーナと合流した。男装が宿の人や村の住人たちに見られないよう、二人はあらかじめ時間と待ち合わせ場所を決めていた。周囲に人影がないことを確かめると、そのまま森へ少し入ったところで、ククルに乗る準備を始めた。


 前日までに大急ぎで仕立て直した男装用の服は、どうにか形になっていた。ラーナがオクトの背後へまたがると——見違えるほどしっかりと安定して座れることが分かった。

「よかったです!これならしがみつきやすいです」

「もし、きつくなるようでしたら、すぐに体勢を変えますので仰ってくださいね」

「はい! ありがとうございます、オクト様」


前方にまたがるオクトが、一度大きく振り返ってラーナの様子を細かく観察する。鞍の取手に必死にしがみついている彼女の姿が心もとなく見えたのか、彼は少しだけ真剣な口調で説明を付け加えた。


「ククルの揺れは大きいので……遠慮せず、僕にしっかりと捕まってください。ラーナさんのお身体の負担を生まないことが最優先ですからね……!」

「た、確かにその通りですね……」

オクトはククルの首元に括りつけてあった荷物から、一枚の少し厚手で丈夫な上着を取り出すと、それを自分の腰回りにしっかりと巻きつけた。


「こうして、僕の腰にしっかり捕まっていただいた方が安全です」

「はい……! ありがとうございます」


(ぎゅっとしがみついても気にならないように、気遣ってくれたのね……優しい!)


「おそらく、次のワイマー村を過ぎれば、民家や集落が途切れず続く街道に入ります。一日しっかり走り抜ければ、今後全て、野宿することなく、きちんとした宿場に泊まって首都まで辿り着けるはずです——」


そう優しく諭すように語りかける彼の長いまつ毛が、差し込む朝日に照らされてキラキラと眩しく輝いていた。彼は前を向いたかと思うと、再びラーナの細い手を取り、自分のお腹のあたりへとしっかりと引き寄せてくれた。ラーナはやはり、身体の熱が一気に上がるのを止められなかったけれど、それでも以前よりも安心した気持ちでいられた。


「では、出発しますね」

「はいっ!」

ふわりと漂う優しいウッディムスクの香りに包まれ、ラーナの胸の奥にじんわりと温かな感情が込み上げてくる。


(こんなにも辛くて過酷な旅なのに……オクト様のお心遣いのすべてが、私の心底の救いになっているわ……)


この人と共に旅をすることになった奇跡に、神さまへ感謝してもしきれなかった。

(この世界のすべての精霊や、神々の皆様。どうか、オクト様のこともお守りください)


心の中でそう祈りながら、また風を切るような物凄い勢いで駆け出すククルの背で、ラーナは激しい揺れに耐えながら、必死にオクトの背中へとしがみついた。

(ひゃーーーっ……! 今日もどうか、無事に一日を過ごせますように……っ!)



◇ ◇ ◇

朝ごはんをしっかり食べてきた二人は、昼を過ぎる頃まで、ククルに頑張って走ってもらっていた。静かな池のほとりに差し掛かって、 少しだけ手綱を緩めた頃。

——オクトはふとラーナの方へ振り返り、わずかに眉をひそめた。


「ラーナさん、もう少し先まで、走り抜けても大丈夫ですか?」

「はい、私は大丈夫ですが……どうかされましたか?」


オクトは不安そうに背後を振り返り、何かを探るような鋭い視線を木々の奥へと走らせた。そして、ラーナの耳元にそっと顔を寄せ、声を潜める。

「実は、今日の朝からずっと、誰かにつけられているような気がするんです……」

「そんな、まさか! 私たち、別に追われるようなことはしていませんよね?」


ラーナが驚いて身を引くと、オクトも険しい顔で頷きながら、再び背後を振り返った。

「確かにそうですが……」

「『悪女』だと噂されていた頃だって、避けられることはあっても、尾行されるような物騒な経験はありませんでしたし……」


「確かに、その通りなのですが……」

オクトは一度前を向き、何かを深く思案する素振りを見せたが

——次の瞬間、森の奥から響いてきた不穏な物音にハッと気づき、再び鋭い視線をラーナへ向けた。

「——今の音、聞こえましたか……?」

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