第2話:はじめましての二人の夜
ラーナが戸惑っている間に、オクトは軽快に礼拝堂に入り、木製の長椅子へ大きなブランケットのようなものを敷いて彼女を座らせた。
「少し待っていてくださいね」
しばらくして戻ってきたオクトは、布巾とお湯の入った桶を差し出してくれた。
「どうぞこれを使ってください。足をしっかり入れて、温まってくださいね」
ラーナがお礼を告げると、彼はまた奥へ入って行った。話の通りに、ラーナは足湯に浸かって、周りの手足の汚れをキレイに拭き取る。ほんの数分の時間だったけれど、少しだけ足が温まってきて、しっかり水気を拭き取ってまた靴を履き直した。
(じんわりしてる……)
オクトはさらに奥から湯気が立つ茶器を運んできてくれた。そして、目の前で丁寧に優しく淹れてくれた。
「どうぞ」
「いただきます」
カップを両手で包むように持って、温まりながら一口飲むと、それだけで喉がずいぶん楽になった。身体の中の冷たく固まってしまっていたものが、少し解けたようだった。
「何から何までお世話してくださって、本当にありがとうございます。私は、ラーナ・ミネルと申します」
今度こそ、深く頭を下げ、自己紹介した。すると、彼はラーナの椅子のすぐ目の前の床に跪いて、胸元に手を当てていた。
「そんなに構えなくて大丈夫ですよ。よろしくお願いします」
彼は穏やかに笑った。
「これが僕たちの仕事ですから。国や村からの支援もありますし、どうかお気を楽にしてください」
慈愛に満ちた言葉に、ラーナの張り詰めていた心の糸がふっと緩むのを感じた。
「お顔や髪も拭いてくださいね。それから身体も温めてください」
そう言って、彼はさらに、少し温かな蒸らし布巾や、身体に巻く毛布も差し出してくれた。
「温かくなってきた季節だからといっても、夜は冷えるので」
本当にきつい身体で、長旅をしてきた今。彼のような優しい心遣いに、ラーナは本音や笑顔だけでなく、涙までこぼれてきそうなくらいだった。
「……なんて、素晴らしいお仕事なんでしょう。本当に、ありがとうございます」
(うう、しかも、こんなにも早く咳が落ち着くなんて……。ありがたい)
「そんなに構えなくて大丈夫ですよ。よろしくお願いします」
彼は穏やかに笑った。
「これが僕たちの仕事ですから。国や村からの支援もありますし、どうかお気を楽にしてください」
慈愛に満ちた言葉に、ラーナの張り詰めていた心の糸がふっと緩むのを感じた。
「お顔や髪も拭いてくださいね」
そう言って、彼は少し温かな蒸らし布巾も差し出してくれた。
「……なんて、素晴らしいお仕事なんでしょう。本当に、ありがとうございます」
本当にきつい身体で、長旅をしてきた今。彼のような優しい心遣いに、ラーナは本音や笑顔だけでなく、涙までこぼれてきそうなくらいだった。
(うう、しかも、こんなにも早く咳が落ち着くなんて……。ありがたい)
オクトもまた、鋭い瞳を細めて微笑み返してくれた。
「足、かなり痛むようですね。腫れも熱も強いです。一度、手当てさせていただけますか?」
「はい。ありがとうございます」
「少し失礼しますね。薬を塗ります」
オクトはしゃがんだまま、手際よく、腰の巾着から薬を取り出した。
ラーナの右足首をそっと支え、一度、優しくお湯で拭うと、ひんやりとした薬を丁寧に塗り込んでくれた。さらに薬草を当て、ツルで固定すると、くるぶしの下や足の外側を確かめるように指でぎゅぎゅっと押していった。
「五、四、三、二、一」
彼はまたツボ押しをするように、数えていた。
「……足をくじいたのかと思いましたが、指先まで真っ赤ですね。ラーナさん、もしかして普段は、ウリの薬草を使っていますか?」
右足を診ていたオクトは、その真っ直ぐな眉や三白眼をしかめて彼女を向いた。
(……転んで捻挫したんじゃなくて、病気だって気づいたのかしら)
「はい。どうしてそれが分かるんですか?」
「修道院の多くの患者さんも、少し似た病気の方がいらっしゃるので」
そう答えながら、彼は何事かを確信したような目つきになり、今度はラーナの右手にそっと触れた。
「っ……!」
指先が触れた瞬間、逃げ出したくなるほどの激痛が走って、思わず腕を引いてしまった。
「ごめんなさい、かなり痛むようですね」
「はい……」
失礼しますね、と呟いて、オクトはラーナの袖を少しだけ上げ、触れないように右手を観察していた。
「指も、手首までひどい腫れだ……。かなり熱を持って赤くなってますね。一応、応急処置しますね」
右足と同じように、右手にも薬草を巻いていたオクトは、ラーナの顔をまじまじと見ながら、首を傾げていた。
「まだ、痛みが強そうですね?毎回、お薬があまり効かないんですか?」
「はい……」
「そう……ですよね……」
オクトの表情を見て、やっぱり、これしかもう治療法がなさそうなのか、と思いつつ、状況や病気について、どう情報を聞き出そうか、様子を伺っていると……。
彼はラーナの右手に、ゆっくりと触れた。手の親指の付け根や、手首のポイントをそーっと押したり、マッサージしたりしてくれていた。
「五、四、三、二、一」
同じように、両足首のくるぶしの下や指先の数点を押したかと思うと、今度は彼の指先を華麗に振り、祈るように囁いた。
「――ハルウィロ」
ふわりと、温かい息を吹きかけるような言霊。
その瞬間だった。
彼の細い指先から、見たこともないほど透き通った、淡く美しい花のような粒子が溢れ出た。まるで、世界を構成する淀んだ空気が、一瞬で浄化されていくように——。
手首と指先を焼き続けていた、あの黒い炎のようなチリチリとした激痛が、一瞬ふわりと溶けてなくなった。
(あれ……? どうして、痛みがだいぶ和らいでる……!?)
恐る恐る、右手を握りしめてみる。
(わああああ!!!嘘みたい!!こんなに力が、……入るのに痛くない!!!)
今までどんな鎮痛剤も効かなかったのに、まるで魔法のように手や足首が軽くなった。もちろん、これで病気そのものや悪の憑依が治ったわけではない。それでも、今まで何を試しても変わらなかった激痛が、こんなにも和らいでいた。
(この村の修道院の噂は本当だったんだ! !すごい!!この人なら、何かわかるかもしれない!右手足だけじゃなくて、左にもお願いしなきゃ!!)
ラーナが希望に胸を弾ませてパッと顔を上げると、そこには意外な表情のオクトがいた。 彼はしゃがみ込んだまま、眉間に皺を寄せて、ひどく申し訳なさそうに、海のように深い溜息をついた。
「すみません。……僕の治療なんて、所詮はその場しのぎの気休めにしかならなくて……」
(えっ!?気休め!?)
目が飛び出るかと思うほど驚いたラーナは、慌てて言葉を返した。




